二章29話 ゴリ押し
「それでしたら自分の役割は何になるのでしょうか?」
「カイはミーフェのサポート全般をやって。戦闘のサポートも頼もうと思ってたけど、どうしても無理ならそれはいいや。その代わり採取と地形把握はガチでやりなよ。そっちは得意でしょ」
採取と地形把握か……ん? ちょっと待て、何でそれが得意だと思っているんだ? それはちょっと気になるぞ。
「なぜ、自分が採取と地形把握が得意だとミーフェさんは思うんですか?」
「いや。見てればわかるよ。前、ギルドに良い素材いっぱい売ってたでしょ。見た感じ雑魚だし、他の探索者のパシリってわけでも無さそうだから、鼻が利くタイプなんでしょ。偶にいるんだよね。戦闘はからっきしだけど、採取物だけ妙に良い奴が」
ホフナーは得意げにそう語った。思わず表情が硬くなりそうになるのを堪える。
……ギルドで素材を売却していたところを見られたようだ。恐らく、それが原因で今こうしてパーティーに誘っているのだろう。売却していた素材から、有用な人物だと思われたのだ。
かなり注意を払って活動していたが、気づく者がついに来てしまったか……こうなると、いっそのことリデッサスを離れることも方針の一つとして考えても良いかもしれない。
ただ、今はそのことよりも目の前の情報源に集中しよう。
「あ、えっと、採取物だけ良いですか……それは、他にもいたんですか? そういう人が」
採取物だけ良いというのは、まさしく俺の特徴だ。そして、それは俺が『感覚』を持っているから発生することだ。もしかして他にも俺のような人がいるのだろうか。今までかすりともしなかった俺の能力の秘密が分かる可能性が急に出て来た。まさかホフナーとの会話が有益になろうとは……!
「ん。他にもって言うか、いるでしょ? 地形とか無駄に詳しいの。あと、採取が上手かったりする奴。まあ鼻が利く奴だね。たまに見るよ。だいたい大したことないけど、カイは今までミーフェが見た鼻が利く奴の中では一番鼻が良さそう」
うむ?
「鼻が利く、ですか」
「分かるんでしょ? 前、雑魚の癖に妙に調子が良いやつがいて、絞めた時に全部ゲロったよ。『遺跡に入って魔獣とか他の探索者とか見たら、自然とどこで採取物が取れるか匂いで分かる』とか言ってたかな。他にも上位の……まあ、上位って言っても雑魚が群れてるだけだけど、その雑魚パーティーの中に偶にそういう奴がいて、それが遺跡の中で採取物を上手く見つけられたりするっていうのを聞いたことがあるよ」
……うーん、それはどうなんだ? 俺の能力に近いような遠いような。なんか、『感覚』のような特殊な技術ではなく、経験とか測量とか統計分析といった技能を合わせているように感じられる。俺の期待している情報ではない気がする。それに実際にホフナーが見た話ではないようだ。
「聞いた話でしたか……」
思わず、小さな言葉が漏れてしまう。少し不味かったかもしれないと想い、僅かに目を動かしホフナーの様子を窺う。
「は? 今、ミーフェのこと甘く見た?」
ホフナーは少し低い声を出して、じっとこちらを睨んだ。
「あ、いえ、そんなつもりは……すみません」
瞬間湯沸かし器みたいなやつだな……
「はぁ~。分かってないなー。ミーフェが、調子乗った雑魚や雑魚の群れの言う事を、馬鹿みたいに信じると思った? ミーフェは、カイに気を使って言わないであげたんだけど、ちゃんと本当かどうか調べたよ。調子乗った雑魚絞めた後、そいつの首に縄付けて両手縛って遺跡に連れてって、言ってることが本当かどうか調べたから。まあ、全部が全部ガチってわけでは無さそうだけど、ミーフェが普通に遺跡回るよりはモノも取れたから、鼻が利く奴がいるって事は確かだよ」
野蛮すぎる検証の仕方だ。
「そ、そうでしたか……それは、その大変失礼いたしました。ミーフェさんの事を決して疑ったつもりはなかったのですが、配慮が足りない言葉を出してしまいました。すみませんでした」
「はぁー。躾ができてるって思ったけど、ちょっと足らなかったかな? まあ、ミーフェは優しいから気にしないけどね。ところで、今、『調子乗った鼻だけが良い雑魚を、首に縄付けて引きずり回した』って言ったけど、この雑魚どうなったと思う?」
ホフナーは大物のように軽く手を払った後、小物のように武勇伝を始めた。
「え、いえ……思いつきませんが……ああ、もしかして、その雑魚の方は亡くなら――ああ、いや、リデッサスからいなくなった感じですか」
最初、やっちゃったのかと思ったが、流石にホフナーもそこまではしないだろうと思い、むしろ最初に殺した前提でこちらが喋ると、ホフナーがこれから話す武勇伝のハードルが上がってしまい良くないと感じ、途中で言葉を正した。
「本当ならそいつは深層に放置して魔獣のエサにする予定だったけど、惨めに泣いて命乞いしてきたから、見逃してやったよ。ミーフェ優しいから。まあ勿論、その気になれば余裕で殺せたけどね。ミーフェ超慈悲深いから。リデッサスで一番心が広い探索者だから」
ホフナーの捲し立てるかのような話し方からして、武勇伝のハードルを上げなくて正解だったようだ。
ああ、いや? 『リデッサスからいなくなったか』という質問に対して肯定か否定かせずに捲し立ててきたという事は、まだその人はリデッサスにいるかもしれないな……まあ、単にホフナーがその人物がどうなったか知らないだけかもしれないけれど。
「はい。ミーフェさんはとても慈悲深い方だと思います」
「ん。まあね。ミーフェ優しい上に超強いから。リデッサス最強のソロ探索者だから。カイも、その鼻の良さでミーフェの事しっかりサポートしてよね」
ホフナーは勝気な顔でそう言い放った。
……うん、思ったよりホフナーは鋭いかもしれない。俺が、採取だけのやつという事を見事に当てている。実際はホフナーの考える『鼻が利く奴』の定義にはきっと合わないだろけれど、方向性としては間違ってはいない。
少なくとも俺の事を一流の魔術師と考えたユリアや才能ある人物だと考えたルティナよりは真相に近い。ソロ一流って自称は伊達ではないのかもしれないな。
「やはりミーフェさんは何でもご存知のようですね……だからこそお伝えしなければいけないことがあるのですが……」
それ故に一歩だけ、いや正しくは半歩踏み出そうと思う。ホフナーを信頼しているわけではないが、しかしある程度手の内が分かってしまったのならば、それを利用してみたいと思う。
「なに?」
「実を言うと、その鼻が利くというのは、自分の場合少々特殊な技術なのです。なので、他人には見せられないというか。なので自分はパーティーは組めないのです」
言葉を選びながら慎重にホフナーを観察する。
「他人? 違うでしょ。ミーフェとカイは同じパーティーメンバーで、仲間でしょ。だから手の内だって見せられるでしょ。ミーフェだって見せられるし」
……?
いや、ん……? 何言ってるんだ?
パーティーは組めないって言ってるんだから、それは同じパーティーメンバーじゃないって前提があるだろ。
それにもし仮に仲間だとしても、手の内を全て見せるのか?
疑念と同時に不快感を覚える。
「いえ、まだ厳密には同じパーティーメンバーではないですし、他人では」
そして気付かぬうちに硬い声が出てしまった。言葉を選べていない気がする。なんだろうか。ホフナーの言葉に対してなぜか反射的に言葉出てしまった。
今度はかなり不味いなと思い、ホフナーの反応を見ると、意外にも怒っているようには見えなかった。それどころか、彼女はじっと俺を真剣に見つめると、
「なら、これから仲間になる」
と、強い意志を瞳に宿して言葉を放った。
ホフナーの言葉は鋭く、そして妙に熱かった。その言葉が、俺の体に当たって、逆に体が冷たくなるのを感じる。体が冷たくなり、少し熱くなりかけていた頭が急に冷えた気がした。
――変な事で、むきになりすぎたな。
「いえ、なるほど……まあ、確かに将来的にはそういう感じになるかもしれませんね。ただ、やはり突然のことですから、今は少し待って欲しいのです」
冷めた頭で適当な言葉を並べる。
「将来的っていつくらい?」
俺が冷めたからだろうか、ホフナーも先ほどのような鋭さが消えていた。
「それは、まだはっきりとは……お互い理解し手の内をさらけ出せると思えるようになってからかと。ただ、ミーフェさんのような偉大な方が相手ですと、それは思ったよりも早いかもしれませんね」
本来なら千年かかるところを、ホフナーなら10%割引で、九百年みたいな感じだ。なお、俺とホフナーの寿命に関しては考えないものとする。
「ん。まあいいや。今日は機嫌が良いし、特別ちょっと待ってあげるよ。ミーフェの器のデカさに感謝しなよ」
……大物なんだか小物なんだかよく分からない少女だ。いや、まあたぶん俺よりは大物だとは思うけれど。
「ありがとうございます……ああ、そういえば、話がだいぶ移ってしまいましたが、ミーフェさんは結局どうしますか? 自分は今から依頼の確認を行いますが」
散らかりすぎた話を元に戻す。元々、『今ギルドで何をするか』という話だったのだ。ホフナーが名前を聞いてきたりして、話が散らかっていったのだ。
「ん。カイに付いて行くよ。カイがどんな依頼受けるか気になるし」
「あ、わかりました」
それから、ホフナーと一緒に依頼コーナを見て回った。とは言っても、特に依頼を受ける気はないので、適当に見ながら、「うーん、これは……」とか「これは少し違うか……」とか呟きながら歩くだけだ。ホフナーは、ずっと俺と俺が手に取る依頼書を横から見ていた。
幾つか依頼を見た後、偶々すれ違ったギルド職員が、ホフナーを見てぎょっとしていた。そして、その後、ホフナーの隣にいる俺に気付き心配そうな視線を送ってきた。その視線を受けて、気付いたことがある。周りにいる探索者やギルド職員から憐みのような視線を送られている気がする。やはり、ホフナーは要注意人物として有名なようだ。ちなみに、当のホフナーは基本的に気にしてはいない。
稀に、不幸にもホフナーと直接目が合ってしまう探索者がいて、そういう時だけ、ホフナーは勝気な顔で睨み返し、睨まれた探索者はそそくさとその場を離れる。そして、それが済むとホフナーはまるで武勇を誇るように俺の方を見る。俺はそんな傍迷惑なホフナーの行為を適当に賞賛しつつ、やる気のない依頼巡りを続ける。実に不毛である。
「すみません。ミーフェさん。あまり良いものは無かったので、今日のところは依頼は受けない方向にしようと思っています。わざわざ付き合って下さったのに、申し訳ないです」
十分アリバイもできたいし、これ以上ギルドや同業者に迷惑をかけるのも忍びないと思った俺は終了の言葉を口にする。
「はぁー。ミーフェの時間は貴重なんだけどな~。まったく。カイが仲間候補だから特別見逃してあげてるけど、これ違ったら本当に裏路地ボコボココースだったよ」
言葉とは裏腹に機嫌は良さそうだ。まあ目が合った探索者に迷惑をかけたり、それを褒めてもらえたりして楽しかったのだろう。
……他人事みたいに今思ったけど、半分以上俺のせいでもあるな。反省しよう。
「いや、本当にすみません」
「まあ、いいよ。ミーフェ優しいから」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、依頼もなかったし、遺跡、行く?」
…………
……この少女は、さっき俺がした話をもう忘れているのかもしれない。




