二章28話 偉大なるミーフェパーティー
……やはり、そう来たか。しかし、なぜだ? 理由が思いつかない。いや、まあたぶん俺の事を高く評価しているのだろうが、その理由が分からない。俺は二度ホフナーと会話しているが、そのどちらからも彼女がこちらを評価するような印象は受けなかった。
というか二回目話をした時の感じからして、一回目の出来事すらホフナーは忘れているのだ。なのでホフナーから俺の評価というか、第一印象みたいなものはかなり低く忘れても仕方ないレベルのものだと考えられる。それなのに、何故だ? ギルドがなにか情報でも流したのか? いや、ホフナーみたいなやつには流石に流さないだろうし……うーん?
「ミーフェさんと、ですか……? ええっと、すみません。突然の事でとても混乱していて…………自分はあまり優秀な探索者ではなくて、それが、どうしてミーフェさんのようなリデッサス遺跡街でも有数の方と組むという話になるんでしょうか? 理由を教えていただけると、ありがたいのですが」
適当な言葉を口にし、思考する時間を稼ぎながら情報収集を行う。
「有数? ミーフェ、リデッサスで一番強いんだけど」
自信満々に言い放つホフナーからは有益な情報は得られなかった。
「あ、いえ、そうですね。すみません。ミーフェさんのような――リデッサス遺跡街で最強の探索者から、パーティーという話が来て、とても驚いています。なぜ、自分なのでしょうか?」
仕方が無いので、言葉を修正して再度疑問を提出する。なんか大学の個性的な教授にレポート提出するみたいだな……
「だからさっき言ったでしょ。お前が、まあまあ『できる』みたいだから特別に組んであげるって言ってるの。聞いてなかったの?」
その『できる』がよく分からないから聞いているのだが……
「なるほど……? 『できる』ですか、でも、自分はまだランクも高くないですし、確かミーフェさんはソロA級の方だったと思いますが……ええっと、ミーフェさんのような偉大な方に『できる』と思っていただけれるのはとても光栄なのですが、やはり自分とは釣り合いが取れないかと思います。ミーフェさんの足を引っ張てしまっても申し訳ないですし……」
実際問題、本当に合わないと思う。彼女はたぶんソロで中層以降に潜ってるだろうし、今までの情報からしてホフナーは戦闘が得意なタイプだろう。『準備を重ね、逃げ隠れし、安全を確保する』タイプの俺とは相性が悪いだろう。
まあ、それ以前に俺は低層で『感覚』を使うだけだしパーティーを組むメリットがない、というか情報漏洩の可能性を考えるとデメリットしかない。特にホフナーのような『信頼できそうにない』タイプとは、一緒に行動することすら害になる可能性すらある。
そして何より、俺はホフナーがあまり好きではない。
言葉を並べて断れないかを試してみる。まあ、ホフナーに通じるかどうかは微妙なところだけど……
「ん。別にミーフェと釣り合わなくていいよ。というかミーフェと釣り合う探索者とかリデッサスにはいないから。それより、お前、中々見る目あるね。ミーフェの事もちゃんと分かってるし、良い感じに躾けられてる。ミーフェが『できる』って思った探索者はみんなミーフェに対する態度がなってなかったから、お前の事も、ミーフェが一から躾けてあげなくちゃって思ってたけど、これならそんなに躾けなくてもいいかな」
ホフナーは僅かに頬を緩めている。どうやら俺の態度が気に入っているようだ。
……駄目だ。効果ない。情報がまったく得られない。切り口を変えた方が良さそうだな。さて、どうするか?
「ええっと……それは、どうも。ところで、ミーフェさんは普段は何層あたりで活動されてるんですか? あ、そもそもリデッサス遺跡街の中のどの遺跡で活動してますか? 七つも遺跡があって複雑ですよね、この遺跡街」
「ミーフェは普段は十五層くらい。本当は三十層くらいまで余裕で行けるけど、あんまりミーフェが本気出すとギルドのやつらが煩いから加減してあげてるんだよ。どの遺跡も大したことないから余裕で攻略できるけど、まあリデッサス遺跡とニノウォ遺跡によく行く」
リデッサス遺跡とニノウォ遺跡か。どちらも開拓が進んでいて、人気の遺跡だ。つまり俺はあまり行かない遺跡だ。しかし、十五層か。やはりソロで中層以降を安定させているようだ。三十層という話に誤りがなければ、本人の言うように、かなりの腕前なのだろう。
「十五層ですか……お強いですね。自分はまだそこまで行けてないものでして……やはりミーフェさんの足を引っ張ってしまうと思うので、パーティーの話は自分には中々難しいかと……」
「もう十二層は行ってるでしょ。三層分くらいミーフェがいるから余裕だよ。というかミーフェがいれば足手まといがいてもニ十層は余裕だから」
……いや、行ってない。しかし、何か確信があるような言い方だ。これはもしかして何か見られたか……?
「……どうして、自分が十二層に行ったと……?」
「ん? この前、純度がそこそこの『トーライト鉱石』をギルドに売ってたでしょ。リデッサスの三流探索者には分からないだろうけど、ミーフェが見ればどこから拾ったかくらい余裕で分かるよ。ニノウォ遺跡の十二層でしょ?」
ハズレ。
「………………流石はミーフェさん。やはり一流の方は何でもご存知なのですね」
ハズレだが、指摘するのは厄介な事を呼びそうだ。ここはどうとでも取れる内容を口にしておこう。
「ん、当然。お前も弱そうに見えるけど、ソロで十二層まで行けるなら結構『できる』方かな。ミーフェの足元には及ばないけど、他の三流どもに比べれば全然マシ」
歩きながら話をしていたからだろうか。ホフナーの妄言に付き合っているうちにギルドに着いてしまった。そろそろ上手く別れたいところだ。
「なるほど。ありがとうございます。ところで、ギルドの方に着いてしまいましたが、ミーフェさんはどうします? 自分は依頼を見て良いものがあれば引き受けて無ければ今日は、まあ終わりにしようかなと思っていますが」
依頼を引き受ける気などない。さっさと依頼を流し見してから『良いのが無いので今日はやる気がしません。帰ります』といって宿に籠ろうと思う。それで今日のホフナーとの関りは終わりだ。明日以降も何か言われたらそれを繰り返せばよい。ホフナーが諦めるまで。
消極的な方法であり、時間を無駄に浪費してしまうことになりそうではあるが、ホフナーは過去にギルドでナイフを抜きそうになった『やばい』奴だ。真っ向から逆らうのは得策では無いだろう。特に、リデッサスに留まっている間は真っ向からは逆らわず相手の気が変わるのを持とう。まあクリスクに帰る前日くらいなら多少煽っても何とかなりそうではあるが……いや、特にホフナーを煽ってもリターンは無いし、高飛び前提でも煽る必要性は無いか。
まあリデッサス遺跡街にいる時間の一部を無駄にしてしまいそうなのが損失だが……その辺りは天災にあったとでも思って諦めよう。いや、一応、遺跡やギルドに行かないだけで、調べ物をしたり、あと普通にリデッサス遺跡街を観光するという手もあるな。うん。ある意味良い機会かもな……
「特に無いけど、お前も……そういえば、お前、名前何? 同じパーティーになるんだから名前教えてよ」
……そういえば、名乗って無かったかもしれない。
「………………カイ・フジガサキです」
一瞬、偽名を名乗ろうかと思ったが、この後ギルド職員と話をする可能性もあり、そしてその場にホフナーがいるパターンも考えられるので止めておいた。というか、俺の宿屋がバレてるし、最悪名前を照合されかねない。ん? そもそも何でホフナーは俺が泊ってた宿を知ってるんだ?
「ん。カイね。名前覚えたよ。知ってると思うけど、一応教えておくね。ミーフェはミーフェ・ホフナー、リデッサス遺跡街最強のソロ探索者。あと、分かってると思うけど、ミーフェの事を呼ぶときは『ミーフェさん』ね。本当は格の違いを考えると『ミーフェ様』なんだけど、まあ、ミーフェも堅いのは好きじゃないし、威張る気は無いから『ミーフェさん』でいいかな。念のため言っておくけど、呼び捨てで呼んだら裏路地でボコボコにするから気を付けなよ。前ミーフェに舐めた口利いた三下はボコボコにしたし、ミーフェの靴舐めるまで許さなかったから」
勝気な眼差しでこちらを見ながら、ホフナーが自己紹介と過剰な注意点を口にした。
「はい。勿論です。尊敬するミーフェさんことを呼び捨てだなんてできません。それとミーフェさんの名前は実は存じています。以前――あ、いや。ミーフェさんはとても強いですから、自分のような下級の探索者でも有名です」
今、つい、『前回、会った時に名乗ってただろう』と思い口にしようとして気付いた。たぶんだが、ホフナーは前回俺と会って話をしたことを忘れている。これで二回目だ。俺の印象はだいぶ薄いようだ。いや、ここまで来たら、これはホフナーの記憶力の問題のような気がしてきた。
「うん。やっぱりちゃんと躾けられてるね。ミーフェも初日からパーティーメンバーを裏路地でボコりたくなかったから嬉しいよ」
思ったよりガンガン仲間アピールしてくるな……これだとストライキ作戦を行いにくいな。ちょっと伏線でも撒くか。
「ところで……あー、ミーフェさんと自分ってもう組む感じなんですかね……? もし組むとするなら、試用期間とか色々考える必要がありますし、お互いの探索のペースとかも考えないといけませんから、すぐには組めませんよね」
「いや、もう組んでるしょ。ミーフェが組みたい――ん、違うな。ミーフェのような超一流が、一緒に遺跡に潜ってあげるって言ってるんだから、当然、カイはミーフェと組みたいでしょ。試用期間とかはいらない。使って見てどうしようないほどの雑魚なら追放するし、探索のペースはミーフェが決めるからカイはそれを聞いてればいいよ。一流のミーフェが言う事の方が正しいに決まってるんだし」
……ほう。『どうしようないほどの雑魚』なら追放してくれるのか。良い事聞いたな。これで抜けるルートが一つできたぞ。
まあ、そもそも探索をせずに抜けるのが理想っていうか、いや本当の理想は『パーティーを組んだ』という事実すら無い事が理想だ。だって、ホフナーと組んだことがあるなんてギルド的には悪評だろうし。
「なるほど……確かに、ミーフェさんと組めるというのは非常に稀な機会ではありますね。ただ、すみません、どうしても一つ伝えなければいけないことがありまして……実は自分は戦闘が苦手でして、先ほどミーフェさんが仰っていたように『かなり弱い』ので、ミーフェさんが活躍される場所では、おそらく自分は何もできないかと思います。最悪の場合、魔獣に怯えてしまうかもしれません。ミーフェさんが余裕で倒せるレベルの魔獣でも、おそらく自分にとってはとても恐ろしいものですから……」
実際、戦闘では俺は役に立たないと思う。特にホフナーと比較すると、かなり見劣りするだろう。
というか、たぶんホフナーはかなり戦闘技術が高い可能性がある。なぜならホフナーは単独で魔獣と戦闘する『やばい奴』だからだ。
クリスクやリデッサスで探索者を見た感じ魔獣と本格的に戦闘をする層――概ね五層以降は、かなりの確率でパーティーを組んでいた。ホフナーの『よく行く層』が十五層ということなので、一人で魔獣と戦闘をするにはかなり危ないラインだ。それを普通にやってのけている。ホフナーと最初に会った時から今までの間、怪我をしているような雰囲気も無理をしているような雰囲気もない。
考えれば考えるほど、ホフナーが俺を誘った理由が分からない。タイプが違い過ぎるだろ。
「戦闘はミーフェがやるから大丈夫」
……?
それ、俺がパーティーに必要ない気がするのだが……




