二章26話 スイの手紙
気が付いた時には大聖堂を出て、宿屋に戻っていた。
宿屋のベッドの上でぼんやりとしつつも、記憶を掘り起こす。
宝物庫でのリュドミラとの一件で、感覚が許容値を超えて、頭と心が破壊された。
それを、リュドミラは俺が彼女の案内で疲れてしまったと誤解したようで、今日のところは解散となった。体の方はまだ無事だったため、リュドミラに連れられて宝物庫を出て大聖堂の出口まで案内されて、見送られたのはギリギリ覚えている。なんだか記憶が曖昧だ。
ああ、それにしても、リュドミラは今日も綺麗だったな。あんなに綺麗な人は前の世界でもこちらの世界でも見た事が無い。息遣いの一つすら美しかった気がする……
なんだか、ぼーっとしてしまう。たぶん、まだリュドミラに破壊された頭と心が治っていないのだろう。
これは駄目だと思い、何か作業をしようと考え、なんとなく荷物整理を始める。
数分ほどして、見た事もない紋章が入った手紙を見つけた。
これは……?
「あ、そうだ。忘れてた……」
スイからの手紙をリュドミラ経由で貰ったのだった。色々ありすぎて完全に忘れていた。中身を確認しよう。
封蝋を破ろうとして、なんとなく手が止まる。
なんだか特殊な紋章だ。スイの紋章なのだろうが……
なんだろう? 雰囲気があるというか、格式があるというか……気のせいだろうか? 正直ちょっとスイのような不真面目な聖導師に似つかわしくないような気がするのだが。ああ、いや? 彼女も一応聖導師だし、特殊な力を持った権威ある特別な存在だ。だから、特別な紋章が入った印璽を持っていても、別に変ではないか。もしかしたら、聖導師は特別な印璽を使うという決まりがあるかもしれないしな。
気を取り直して封蝋を破り、中身を確認する。
【お兄さんへ
最近は寒くてスイちゃんは眠いです。早く用事を済ませたら帰って来て下さい。串焼き係兼まくら兼話し相手としての役目を果たすのです……
さて、季節の挨拶も書いたので、本題に入ります。
お兄さんが無事リデッサスに着いて何よりです。
あとなんか羽振りの良さそうな生活をしているみたいですね、これはスイちゃんへの還元も期待したい所です。また一緒にデートするのです……するのです……するのです……
お兄さんがリデッサスでも人気のようで心配です。ユリアみたいな怖い聖導師に絡まれないように気を付けましょう。
かわいいかわいいスイちゃんより。
追伸。
リュドミラには会いましたか? リデッサス聖堂にいる性悪聖女です。
欲深く残忍で聖導師の風上にも置けないまぐれで聖女に選ばれた、卑しいメス豚です。
銀髪キャラでスイちゃんと被っているのもマイナスポイントです。きっと『正統銀』であるスイちゃんに被せてきたに違いありません……! リュドミラの銀髪は『ニセ銀』です……!
しかもスイちゃんが知る限り聖女の中では一番……いや、惜しくも二番目に意地悪です。
しかもしかも、いつもエロい事ばっかり考えてます……! これは確固たる情報です……!
メス豚のくせに、女王様気取りの頭がおかしいクッキーマウント女なので気を付けましょう。
念のため書いておくけど、惚れたりするなよ! 絶対だぞ~!
追伸の追伸。
はよ帰ってこい。ひま……】
手紙を読み終え一度息を吐く。僅かに手が震える。
苛立ちのような感情が走る。そう、苛立ちだ。
文頭を読んだ時は、ぼんやりとした気持ちで、そして読み進める毎にクリスクでのスイの振る舞いを思い出し笑みが零れ、最後に追伸を見て目が止まった。
追伸を何度も読み、疑念とそして苛立ちが表れた。疑念を解消しようと、苛立ちを抑えようとするために、スイが書いた文章を理解しようとして、益々苛立ちが表れる。
――なぜ? こんな事を書くんだ。
今の俺にとって、とても重要な人物になりつつあるリュドミラの事を、悪し様に語るスイへの苛立ちと疑念が心に溢れる。
必死に理解しようとする。そう、理解しよう。
スイは元々、人を悪く言う人だ。あの人格者たるユリアのことも悪く言っていたのだ。それならば、リュドミラのことを悪く言っていてもおかしくは無いのだ。
いや、『リュドミラの人格がユリアに劣る』と推測するのはそもそも正しいのだろうか。俺は、そうは思っていない。リュドミラもまた親切な少女だ。彼女は親切で丁寧で、俺の事を気にかけてくれていて、何度も慌ただしい態度を取ってしまっている俺の事を許してくれていて、そして俺の事を特別だと――いや、落ち着こう。リュドミラの人品に関しては一旦置こう。それに、よくよく考えるとリュドミラとユリアの人品をまるで物のように比較するのは、二人に対して失礼な気がする。
そうだ。良くないことのような気がする。一度落ち着こう。そう、それにだ。一応、俺はリュドミラに一目惚れした身だ。その俺が何を言ってリュドミラを庇おうが、それはどう取り繕っても一目惚れしたという要因が関わっている。だから、落ち着こう。
落ち着いて、もう一度、今度は追伸だけではなく頭から読み直す。そして思う。やはり、リュドミラの事をかなり悪く書いていると。クリスクにいた頃、スイはよくユリアの事を悪く語っていた。
けど、それはどこかじゃれ合いのような言い方であった。勿論、言葉を口にするのと、言葉を文にするのでは受け取る印象は違うし、比較はできないかもしれないが……それでもユリアに対してとは違い、スイはリュドミラに対しては容赦なく罵っている。嫌っていると言っても良いかもしれない。それに確かスイはユリアの事は『嫌っていない』と言っていた。
まあ、リュドミラのこともこのように書いた上で『嫌っていない』と抜かすかもしれないけれど。ん? いや、待て。そもそも、何でスイはリュドミラを知っているんだ? リュドミラはスイを知らないと言っていたが……スイが一方的にリュドミラを知っているのだろうか?
しかし、一方的に知っているだけの人を、ここまで悪く書けるだろうか? リュドミラの悪い噂がクリスクに流れていて、それをスイが信じている……とか、だろうか? かなり無理やりな解釈だが、とりあえず整合性的にはなんとかなるか? ああ、でも噂で聞いただけの評価で『二番目に性格が悪い』などと書くだろうか? 思うに、『N番目に性格が悪い』という表現は、『相手との交流関係がある』人が使う気がする。まあ、一般論ではなく勝手に俺がそう思っているに過ぎないのだが。
…………スイとリュドミラに交流があるが、リュドミラがスイのことを覚えていないという可能性はあるか? さらにその上で、スイが『リュドミラに覚えられていないこと』を知っているという状況なら、今回の件を説明できる気がする。リュドミラの認識としては整合性は保たれるし、スイの方もある程度納得できる。スイは『自分が覚えた相手が、自分の事を忘れていたら』怒るタイプだろう。だから悪し様に語っている。納得はできるな。
ただ、このケースの場合は、リュドミラは『スイのような個性的な聖導師』を忘れているということになり、それが引っかかる。スイのような個性的な美少女は忘れるのは難しい。今までリュドミラと話をした感じ、彼女は記憶力が良さそうに感じた。だからスイを忘れているとは思えないが……
駄目だ。全然分からない。いや、というか、スイはかなり個性的だし、考えるだけ無駄かもしれない。何と言うか、適当に書いているだけかもしれない。手紙の空白を埋める話題が無かったから、リデッサスの地にいる俺が知ってそうな有名人の名前を書いて、それを悪し様に語りマウントを取ることで存在感と手紙の空白を埋めたかっただけかもしれない。
なんか、これが一番当たっているような気がしてきた。うん。きっとスイとリュドミラに面識はないだろうし、たぶんこれが正解だろう。
なんとなくため息が漏れた。しょうもないことで一喜一憂し過ぎた。
今日はあとはのんびりとしつつ明日に備えよう。
明日は、まあ、ギルドを回って遺跡にでも入るかな?




