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二章25話 輝かせてはいけない


「ああ、やはり、そうでしたか。触った時の感じからして、数人ではとても動かせるようには思えなかったので、これは聖導師の方でもないと難しいのかなと思っていたのですが……もしかして、聖導師の方じゃないと開かないような造りになっているんですか?」


 さきほど考えていた疑念をなんとなく口にする。そして口にしながらも、この宝物庫にある貴金属の山を思い出し、もしかしたらという仮説を話す。


「ご明察の通りです。この宝物庫は聖導師に由来するものや聖具――儀式に使う道具を主に保管しているのです。一応、教会の富も併せて保管はしておりますが、基本的には聖導師由来のものが中心になります。ですから、聖導師のみが出入りできるように、聖なる術の行使により入口の扉は開け閉めできるようになっています」


「聖導師のみが出入りできる……えっと、すみません、自分は入ってしまっているのですが、大丈夫でしょうか……?」


 淀みなく答えるリュドミラに対して、少し気になったことを指摘する。


「聖導師が認めたものの入室も許されますので、ご安心ください。それに、どうしてもお見せしたいものがあったのです」


 そう言うとリュドミラは懐から小さな石を取り出した。


「ええ、先ほど仰っていましたよね。それは……?」


 小さな黒い石だ。特別変わった感じはしない。これが見せたかったものだろうか? 何か特殊なものだろうか。それとも、『このような貴重品溢れる宝物庫で、あえて石ころを見せること』に特殊な意味があるのだろうか。


「こちらは、少し特殊な光を帯びている石です。本当は赤色の石なのですが、今は石に込められた『力』が落ち、黒くなっています。この石に聖なる術を込めますと、石は元の赤色に光り輝きます。この時、少し強めに聖なる術を込めますと石の表面が黒から赤へ変色しながら飛散します。飛散した石は空気の中で燃え尽きて消えてしまうのですが、それがとても美しくて、ぜひフジガサキ様にも見ていただきたかったのです」


「そう言う事でしたか。あ、石が飛び散るとなると離れていた方がいいですか?」


「いえ。そのままで問題ありません。飛び散ると言っても、薄い表面が細かく崩れますので、一つ一つの粒はとても小さく、危険はこざいません」


「あ、そうでしたか」


「ええ。それでは、力を込めますね……ふふっ、一体どうなってしまうのでしょうか」


 リュドミラの紫色の瞳が妖しく輝いた。

 ……?

 まるで何が起こるか分からないかのようなリュドミラの言い方に疑問を感じる。リュドミラは、この石がどうなるか知っているのではないのか?

 しかし、俺が疑問を全て考え切る前に、リュドミラの掌の上にあった石が赤く光始め、そして次の瞬間小さく爆ぜる。リュドミラの言葉通り、石の表面のみが崩れながら飛散し俺とリュドミラの周囲を飛び交う。一粒一粒は小さいが、小さいながらも確かにそれぞれが赤く輝く。太陽の届かない、光の少ない地下室では赤く輝く光点たちが確かに綺麗で――


――ふと、視界の一部が青く輝いた。


 先ほどまで赤かった石たちが急に青く輝いたのだ。赤から青へ、俺の傍で漂っていた光の光点が次々と移ろっていく。不思議に思い左右を見て前後を見る。俺の周りに浮かぶ石の粒のみが青く輝き、リュドミラの近くにあるものは赤く輝いている。二人の中心あたりでは赤と青の粒が交互に重なり合うように輝いている。とても幻想的な光景だ。

 しかし、青色なのは何でだろうか? しかも俺の周りだけ……ん? いや、よく見ると段々と青の割合が増えてきた。リュドミラの周りにも青い粒が徐々に増えていっている。俺の方に流れて青く変化した石の粒が空気の中で流れてリュドミラの方へ向かっているみたいだ。

 一方でリュドミラの方から流れてきた赤く輝く石の粒は俺に近寄ると青くなってしまう。赤から青へ変化しても、青から赤へは戻らないようだ。黒、赤、青という順に変化する石なのだろうか? いや、でもリュドミラは赤くなるとは言ったが、青くなるとは言わなかったし……それに、偶々なのかもしれないが、俺の周りに寄った時に青くなるのが不思議だ。

 この疑問を解消するためにリュドミラに声をかけようとして彼女を見て、思わず動きが止まる。

 リュドミラが真剣な顔つきで、じっとこちらを見ていたからだ。


「やはり、そうでしたか……」


 呟くようなリュドミラの声が耳を撫でる。なぜだろうか、どこか既視感を覚える。こちらをじっと見るリュドミラの雰囲気が何かと被るのだ。


「どうか、しましたか?」


 彼女の真剣な空気を感じ、少し緊張しながらも言葉を促す。


「いえ…………ふふっ、少し興奮してしまったのかもしれません。この石を使ったのは本当に久しぶりですから、見とれてしまいました。フジガサキ様にお見せして興味を持っていただこうと思っていたのですが、私の方が夢中になってしまうとは……ふふっ、いけませんね。自嘲ばかり出てしまいます」


「ああ、いえ、そんなことは……とても綺麗でしたし。その、リュドミラさんが言ったように輝きながら舞う石粒はとても綺麗でした。夢中になるのは分かります。自分も正直、見とれてしまいましたから。こんなものを見たのは初めてで、見れて良かったです。ありがとうございます」


 自責のような彼女の言葉を否定しつつも、感想と感謝を告げる。実際とても綺麗で、良かったと思う。良い物を見れた。なんか感動した。

 俺のぼんやりとした感想に対して、リュドミラは先ほどと同じようにじっとこちらを見つめると、


「初めてですか?」


 と、探るようにこちらに問いかけた。


「え、ええ……こういった体験は初めてで。今の石も初めて見たと思います。いや、まあ砕ける前はただの黒い石なので、もしかしたらどこかで見ているかもしれませんが……少なくとも赤く変化したりするのは見た事が無いですね」


 リュドミラの問いに答えながらも、ふと疑問が生じる。リュドミラは『どうしても見せたい』と言ってこの石の輝きを見せたのだ。それは自然に考えれば、『俺がこの石の輝きを知らない』という前提でリュドミラは行動しているのではないだろうか? それなのに、初めてかどうか聞いてくるのは少し不自然なような気もする。

 しかし、その疑問はリュドミラの次の言葉で解消した。


「それは良かったです。今の儀式は聖導師にしかできないことですから。件の二人の聖導師よりも、――どの聖導師よりも先に、フジガサキ様にお見せすることができて、これ以上無いほどに喜びを感じています」


 真剣な表情でこちらを見つめるリュドミラの視線に、またしても胸が高鳴る。

 どうしても彼女の言う言葉の意味を考えてしまう。やはり、自分と同じ気持ちを共有しているのではないかと。


「え、ええ。それは、その、こちらこそ大変光栄で……ありがとうございます。あの、ところで、儀式というのは?」


 俺を揺さぶる彼女の言葉を直接拾わないようにしつつ、曖昧な言葉で互いを誤魔化す。そして僅かなに生まれた疑問を追い、話題を逸らそうとする。


「ええ……先ほどのものは、特別な儀式です」


 リュドミラは自然な仕草で一歩こちらに距離を詰める。


「ええっと、どのような儀式か聞いても……?」


 何となく半歩ほど足が下がってしまうが、俺の足が下がり切る前に、リュドミラがさらに一歩詰め、俺との距離を大きく縮める。手の届く距離だ。


「ふふっ……聞いてしまいますか?」


 リュドミラは妖艶に笑うと、ゆったりと俺に体を寄せた。

 そして、さらに耳元で囁く。


「ご安心ください。決して悪いものではございません。ただ今は儀式の意味は秘密にさせてください。(いず)れ時が来ましたら、その時に必ずお話いたします。ですから、今はどうか、その疑念――心に秘めていただけないでしょうか」


 彼女の囁き声が脳をかき乱し、心を狂わせる。心臓も大きくは跳ね回り、まるでどこかへ行ってしまうみたいだ。


「は、はい」


 なんとか音程が狂わないように声を絞り出す。


「お慈悲に感謝いたします。フジガサキ様」


 そう言うとリュドミラは寄せていた体を元に戻した。彼女との間に距離が開き、僅かに冷静さを取り戻す。


「い、いえ……! あ、そういえば、ちょっと気になったことがありまして、石の色が途中で赤から青へ変わりましたけど……あれは? 確かリュドミラさんの説明では赤色になるという話でしたが……」


 話題を変えるためにも、気になっていた事を口にする。


「時々、青く輝くことがあるようです。本来はとても稀なことなのですが――やはりフジガサキ様のような特別な方と一緒だったからでしょうか。主が稀を遣わしたのかもしれません」


 特別……

 前の世界では、特別な事などない人生だった。故に、そう言われるのは少し弱い。そう言われることを欲している自分がいるような気がする。そして、それを他でもないリュドミラに言われたことで、思考がまたしても乱れそうになる。彼女にとっての特別な人になりたい、などと夢想してしまう。


「とても稀なことだったんですか、それは、ますます貴重な体験だったようで。改めて、ありがとうございます。リュドミラさん」


 思考を抑え、彼女に感謝の言葉を告げる。


「いえいえ、そのようなお言葉。むしろ私の方こそ……ふふっ」


 リュドミラは途中で言葉を区切り小さく笑うと、そのまま黙ってこちらをじっと見つめてきた。まただ。先ほどと同じようにこちらをずっと見つめてくる。こんな事、前にもあったはずだ。

 違和感のようなものが何度か頭を(よぎ)り、そしてようやくその既視感の正体に気付いた。ユリアだ。ユリアに似ているのだ。『リュドミラのこちらをじっと見る雰囲気』はユリアに似ているのだ。クリスクにいるとき、ユリアは何度も俺のことをじっと見つめてきた。今のリュドミラの態度はそれと似ているのだ。

 自分の感覚に一つの納得を得たあたりで、ふと視界の先が一瞬にしてブレる。


――え?


 体に何かが当たる感触がする。当たっているところを見る。リュドミラだ。リュドミラがいる。リュドミラが俺に抱き着いているのだ。数歩あったはずの距離はゼロに縮まっている。おそらく彼女は聖導師特有の身体能力で一瞬で俺に詰め寄り抱き着いたのだ。密着している。感触がする。匂いがする。至近距離にいるリュドミラの姿が瞳に焼き付く。彼女の息遣いが耳を撫でる。五感の殆どがリュドミラを感じている。彼女に感覚を支配されている。頭と心が弾けそうだ。いや弾けた。


「―――――――――――――――――――――――」


 耳元で何か声がしたが、それが何かは分からない。リュドミラが何か言った事しか分からない。もはや、言葉の内容まで追いきることができない。もう感覚が許容量を超えている。頭の中の大事な部分が破壊されている気がする。

 このままではいけないと思い最後に残った頭の中の正常な部を必死に動かす。彼女を突き離すために体を動かそうとするが、それよりも少し早くリュドミラが俺の体を軽くさすった。僅かにさすられただけで体が動かなくなり、そして正常な部分も溶けて沈んでいった。



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