二章24話 宝物庫
それから、さらに教会の各所を回り、リュドミラの後を追うのもだいぶ慣れてきた時、ふと彼女がこちらを振り返った。
「次はあちらになります」
そう言ってリュドミラが手を向けた先には下りの階段が見えた。
既に教会の上階部は一通り周り、一階に戻っている。つまり、地下へと続く階段だ。
「えっと、次は地下ですか?」
「ええ。お見せしたいものがあるのです」
リュドミラはそう言って薄っすらと声を出さずに笑うと、ゆっくりと歩き出し地下へと続く階段へと降りていく。少し不思議に思いつつも、彼女に従い階段を降りる。
地下は階段付近は一階の明かりが届いているため、はっきりとした明るさを感じたが、階段から離れると段々と明るさが届かなくなり暗くなっていった。
「地下はこんな風になっているんですね。思ったより暗いといいますか……」
まだ日中だが、窓が周囲にないからだろうか。薄暗く、なんとなく不安に感じ前を進むリュドミラに声をかける。
「もう少し進みますと明かりがありますので、それまでご辛抱ください」
リュドミラがそう答えてさらに先を進む。
そして、彼女の言葉通り、暗がりの中進んで行くと光が見えた。見ると、蝋燭の光が淡く周囲を照らしていた。その光に照らされている一際頑丈そうな扉が目に入る。金属……鉄製だろうか? 重厚な造りに見える。リュドミラは特に気にすることもなく、扉に手をかけ開く。頑丈そうな見た目とは裏腹に鍵はかかってはいないようだ。
重い物が空気を潰すような音が聞こえた。やはりあの扉はだいぶ重いのだろう。
扉の中は最初は暗く内部が確認できなかったが、リュドミラが扉を大きく開けると、扉の中から小さな光が現れた。
「フジガサキ様。どうぞ、中へ」
こちらに振り向き声をかけるリュドミラに従い、俺は扉の中へ入る。入る際に僅かに扉に触ったが、とても固かった。そしてその時、扉の一部を少しだけ押してみたが、まったく動かなかった。この扉、非常に重い。これを片手で力を込めずに開けたリュドミラは尋常じゃなく力が強いということになる……うん、いや、まあ、それは分かっていたことだ。彼女は聖女、聖導師の上位的存在だ。ユリアやスイの超人的な身体能力から考えるとリュドミラもそうである可能性は十分に高い。
中に入ると、背後でまた空気が潰されるような音がした。リュドミラが扉を閉めたのだ。小さな明かりだけ淡く光る。先ほどまでの薄暗い廊下に比べれば十分に明るいが、読書などをするには少し心もとない光だ。
「この部屋――宝物庫の中にお見せしたいものがあるのです。今、取ってきますので、しばらくお待ちくださいね」
そう言うとリュドミラは俺に背を向け、部屋の奥の方へと歩いて行った。角を曲がったため、こちらからリュドミラが見えなくなる。おそらくリュドミラからも俺は見えないだろう。
何となく周囲を見回す。金属――たぶん貴金属だろう。貴金属で作られたと思われる道具が壁に立てかけられていたり、机の上に置かれていたりしている。大きなものは俺の身長よりも大きいが、小さいものは掌で包めるサイズだ。
彼女は、この場所を宝物庫と言っていた。実際、周囲にあるものを見れば、それは確かなのだろう。使い方が分からない物が多いが、貴重な物だというのは何となく分かる。いや、まあ、壁に立てかけられていたり机の上に置かれている物が本当に貴重な物かは分からないが、それでも貴金属(と俺が勝手に思っているだけで、ただ光を反射するだけの貴重ではない物質なのかもしれないが)で作られている物だから、きっと高価な物なのだろう。
もしいくつか盗んで然るべきところで売れば一財産築けるかもしれない。勿論俺はそれをしない。しない理由は色々あるが、とりあえず、ここでは窃盗をするのは大変危険な行為だからとしておこう。
ただ、俺がそう考えるのはそこまで一般的ではないと思っている。特にこの世界では。目の前に盗める物があってそれが高価なものならば、試してみようと考える人はいるだろう。
つまり何が言いたいかというと、たいして面識もなく、それでいて信用性も高くはない相手を宝物庫に入れるというのは少し変わった行動なのではないかということだ。逆説的に、リュドミラは俺のことを多少は信用しているということだろうか。それはとても嬉しいことで、また勘違いをしてしまいそうになってしまうが……ああ、いや? 俺は一応探索者だ。あとスイとも知り合いだ。
リュドミラのような権威ある者が、ギルドで俺を探すように頼めばある程度捕捉できるだろう。さきほど宿泊している場所も教えてしまったし、それをリュドミラが信じているならば、仮に『俺がここで盗みを働いても、取り返すことができる』と考えているのかもしれない。ん? いや、盗みをするやつの言う事はそもそも信じないから、宿泊先の件はここでは考えなくてもいいか。
むしろ、スイとの関係性、つまり聖導師と面識があるという事から、純粋に『信用性をある程度確保している』と考えた方が良いかもしれない。こちらに関しては昨日までは信用性は低かったかもしれないが、今日スイの手紙が返ってきたことで信用性は上がっただろう。少なくともクリスクにはスイという名前の人物がいるのだから。
まあ、スイが聖導師であるという確固たる証拠は手紙を外側から見ただけでは読み取れないが……なんとなく先ほどリュドミラから貰ったスイの手紙を見る。貰った時はよく見ていなかったが特殊な紋章のようなものが刻まれている。なんだか、少し独特で、どこか神秘的に見える。もしかしたら教会に関わる者や聖導師を意味する紋章かもしれない。
『スイとの関係が、リュドミラからの信用性を上げているかもしれない』という仮説に少し納得感を覚えつつも、どこかもの哀しさを感じたところで、ふと閃いたことがあった。
「いや、そもそも……」
閃いたことから呟きが漏れ、その事に気づき口を閉ざす。そして、後ろを向く。宝物庫の扉――頑丈な金属製の重厚な扉が目に入る。この扉は鍵がかかっていなかった。入る時、リュドミラが鍵を開けたような感じはしなかったし、入った後も鍵かけているような動作はしていなかった。
俺はゆっくりと歩き扉に近寄る。そして扉に触れ押す。当然動かない。先ほど見たように非常に重い扉なのだろう。
息を吐き、吸い、そして、目一杯力を込めて押す。
押す。
押す……!
押す…………!
扉はびくともしなかった。
なるほど。
理解した。この扉は重すぎて、常人には開閉することができないのだ。推測になるが、おそらく数人程度では開けることはできない気がする。それこそ超人的な力を持つ聖導師でないと開閉できないだろう。なるほど、どおりで鍵をかけないはずだ。
そして同時に分かった。この扉がある限り、リュドミラと一緒でなければ出ることも入ることもできないのだ。俺が、リュドミラの目を盗んで、ここにあるものを持って出ていくことはできない。まあ小さなものを隠し持ってリュドミラと一緒に出るという手もあるが、そのときボディチェックをされれば色々な意味で詰む。よって窃盗はほぼ不可能だ。なるほど。リュドミラが俺から目を離しても問題はなかったようだ。
まあ信用してくれているという可能性もあるけれど……
「何をされているのでしょうか?」
扉の前で納得していると、背後から美しい声が投げかけられた。リュドミラが戻ったようだ。振り向き、そして驚き、固まる。リュドミラがすぐ後ろにいたからだ。
思わずドキリとしてしまい急いで言葉を作る。
「あ、えっと、リュドミラさん。戻られたのですね」
喋りながらも、彼女との距離感に迷い自然と足が一歩後ろへ下がる。
そんな自分の動作に気付き、それと同時に胸の高鳴りを抑えるため、必死に今の状況を考える。
声をかけられた時は、音の感覚的にリュドミラと距離があるような気がしたが……俺がリュドミラの声を認識して振り返るまでの間に距離を詰めたのだろうか……? 聖導師の超人的な能力を考えれば物理的には可能だろうが、なぜ……?
「ええ、戻りました。それよりも、どうして扉の前に? 何か気になることでもありましたでしょうか?」
俺が戸惑っている間にも目の前のリュドミラは余裕を感じさせる表情を浮かべながら疑問を口にする。そして一歩、俺が距離を取った分だけ距離を詰める。
その自然な距離の詰め方に僅かな恐怖を感じつつも、頭を回し、言葉を作る。
「いえ……、この扉、とても重そうに見えたので、なんとなく興味が出てしまい……リュドミラさんが戻られるまでの間に退屈しのぎというわけでもないのですが、少し触ってみたくなってしまって……」
まさか、『貴金属に囲まれている状況を不自然に思い窃盗の可能性について考えていた』などと言うわけにはいかず、言葉に詰まり、少々独特な言い訳をしてしまう。
「扉を開けることはできましたか?」
「いえ。残念ながら自分の力では難しいみたいでして……」
「ふふっ。その扉はとても重いですから……実を申しますと、この聖堂でも開けることができるのは私だけなのです。フジガサキ様でしたら、もしかしたらと思ったのですが、中々思うようにはいかないものですね」
リュドミラは残念そうな口調だが、その声音には嬉しさが含まれているように俺には思えた。




