二章22話 惹きつけてやまない人
「ええっと……?」
「いえいえ、少し少ないと思ったのです。フジガサキ様は、聖導師にとって、きっと強く意識してしまう方でしょうから、まだ三人の聖導師としか関わりが無いというのが不思議に思えてしまって。もしよろしければ、もう一人の聖導師、スイという聖導師では無い方の聖導師についても聞かせていただけないでしょうか」
『強く意識してしまう』か……
「なるほど……? ええっと、もう一人の聖導師ですね。それでしたら、ユリアさんという方です。クリスクで出会ったのですが、彼女はどうもクリスク聖堂に所属しているのではなく、ミトラ大司教区に所属していると言っていました。教会の支援を受けながら探索者として活躍しているみたいです」
どうしても聞き流せない言葉を何とかして受け止めつつ、その意味は深く考えないようにしながら、リュドミラの質問に答える。
「導師ユリアでしたか。彼女のことなら私も少しだけ知っています。勤勉で誠実、聖導師として求められる美徳を不足なく身に着けているという話を聞いたことがあります」
リュドミラは滑らかに自然な口調でユリアへの評を下す。スイのことは知らなかったようだがユリアは知っていたようだ。
「勤勉で誠実……確かに、ユリアさんを表す言葉として、とても適切だと思います。とても良い人、美徳を持った人だったと思います」
思った事をそのまま口にし、リュドミラへの同意を示す。すると、突然、リュドミラは階段の途中で立ち止まった。思わず、俺も立ち止まる。しかし数秒とせずにリュドミラは再び階段を上り始めた。今のは何だったんだ……?
「良い聖導師ですか。フジガサキ様がそう仰るのでしたら、本当に良き聖導師なのでしょう。しかしクリスクですか」
階段を上りながらも、リュドミラは自然に言葉を唱えていたが、最後の方で僅かに詰まった。
「ええ、ユリアさんとはクリスクで会いましたが……」
「いえ。確かスイという聖導師ともクリスクで出会ったと以前仰っていましたが、少し不思議に思ってしまって」
不思議か……
「ああ、なるほど……確かに聖導師の方は希少ですから、同じ街で二人連続で会うというのは珍しいですね」
「ええ。ところで、大したことでは無いのですが……二人とはどういう順番で出会ったのしょうか? どちらが先にフジガサキ様と会いましたか?」
順番? 会った順番? なぜ、そんなことを気にするのだろうか。いや、大したことではないと言っているし、別の特に意味は無いのか。雑談なんだし。
「順番……確かスイさんからだったと思います。とはいっても確か僅差でした。スイさんに初めて会って、それから数日経たずしてユリアさんに出会ったと思います」
疑問に感じたが、大したことではないので正直に答える。しかし、俺の回答が何か引っかかったのか、リュドミラは一瞬クスリと笑った。
「スイという聖導師の方が先でしたか。導師ユリアとはどういった風に出会われたのですか?」
どういった風にか……
「確か……最初はクリスクのギルドで知り合いました。その時、少し話をして、それでその後、クリスクの聖堂内の図書館で調べ物をしている時にまた会って、それから図書館でよく会うようになりました」
記憶を探りながら、ユリアとの出会いを思い出し一つずつ説明していく。
「図書館で何か調べ物をされていたのですか?」
「ええ、少し気になることがあって。調べ物をして。それでその時ユリアさんが手伝って下さって、その縁でユリアさんとは交流があります」
特段、不思議な質問でもないので、そのまま正直に答えた。しかし、リュドミラにとってはその答えが不思議だったのだろうか。またしても、リュドミラは階段の途中で立ち止まった。俺もそれに合わせて足を止める。
「導師ユリアが手伝って、ですか。少し妙な質問をしてもよろしいでしょうか?」
……? 妙な……?
「ええ、どうぞ」
「図書館で導師ユリアがフジガサキ様を手伝ったと仰いましたが……それはフジガサキ様が導師ユリアに手伝うようにお願いされたのですか? それとも導師ユリアが手伝うと申し出たのでしょうか?」
それは少し変わった質問だった。雑談と言えばその通りなのだが、なんだろうか……そこは詳細を詰めるところであろうか? いや、まあ単純に、俺相手に話を膨らませるのが難しくて、細かい質問をしただけかもしれない。だから態々気にすることではなく、こちらが質問に答えれば良いのだ。
ただ、どうしてだろうか?
階段の途中で立ち止まるリュドミラの後姿からは感情は読み取れないのに、なぜだか少し緊張しているように俺には思えてしまった。
「ユリアさんが手伝うと言って下さったんです。本を探している時に。たぶん親切な方だからだと思いますが……ああ、もしかしたら、自分があまり信仰を持っていなかったので、色々教えて下さったのかもしれません」
不思議な質問に対して僅かに疑念を感じつつも、正直にリュドミラの問に答える。答えながらも、確かに、ユリアの行動は今考えても少し独特なような気がしたので、補足として自分の想像の範囲内でユリアの行動の理由を説明する。
「導師ユリアから、ですか」
そこでリュドミラは一度言葉を切ると、振り返りこちらを見た。階段の高さの差から俺はリュドミラを見上げるように、そしてリュドミラは俺を見下ろすように、視線が交錯した。幻想的な紫の瞳が妖しく輝き、こちらを捉える。
「ふふっ。それはそれは……とても良い事を聞きました。やはりフジガサキ様は聖導師を惹き付ける方なのですね」
深い笑みでこちらを見下ろすリュドミラの姿は、鳥肌が立つほどに美しかった。周囲の窓から差し込む光に照らされていて、それが、まるで後光がさすかのように見えてしまう。珍しい銀色の髪の輝きもあるせいか、どこか彼女の美しさには神々しさを感じさせる。
彼女と俺の距離は数段の差だ。手を伸ばせば届くように思えてしまう。だが、この数段は、きっと、とてつもなく大きい。リュドミラの神々しい美しさを見て、それをはっきりと感じてしまうと、自分のような卑小な人間には決して届かないような、そのぐらい大きな差を認識してしまうのだ。手を伸ばしても届かないのだ。




