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二章20話 リュドミラとの約束の日



 リュドミラに手を握られてから五日が経過した。

 …………

 ……

 いや、リュドミラと最後に会ってから五日が経過した、と言った方が聞こえは良いだろうか?

 とにかく五日が経過し、再び彼女に会う日が来たのだ。

 この五日間は長かった。集中しているとき以外は彼女の事を何度も考えてしまっていた。遺跡に潜ったり、『巡礼地図』を読んだりしている時は、集中しているので、リュドミラのことを考えずに済んだ。しかし、そうでない時――たとえば食事中や移動中などに、ふとリュドミラのことを考えてしまうことがあった。

 それだけでも大変であったが、その上、眠っている時も夢に出てくるのだ。目が覚めた時、彼女の事を強く印象付けられた状態で朝を迎えるのだ。そんなことが何度も繰り返されたのだ。まるで、毎日がリュドミラに支配されているようだった。


 こんな状態で、さらにリュドミラに会ってしまって大丈夫だろうか? 彼女に会ったら、もっと彼女を求めてしまうのではないだろうか? いっそのこと約束を破って会わない方が良いのではないか? 

 約束というのは基本的に守らなくてはいけないものだが、こういった場合は守らないのも許されるような気がする。


 そんな事を考えながらも、大通りを歩き大聖堂へと向かって行く。行かない理由が頭を過るのに、それでも大聖堂へ、リュドミラの元へ向かおうとしているのだ。その一番の理由は、きっとそれでもリュドミラに会いたいと自分が思っているからだろう。彼女と離れ、彼女のことばかりを考え、彼女を欲する想いが自分の中に強くある。本来ならそれは自制すべきもので、いつもなら自制できている。

 ただ、今の自分はきっと少しおかしくて、自制がきかなくなっているのだろう。ああ、いや、本当ならギリギリ自制するところだが、約束がそれを邪魔しているのだろう。約束というものが欲望を後押しし、自制を僅かに押しのけるのだ。そして均衡が崩れた故に欲望が先行し、今、大聖堂へと足を向かわせているのだろう。ただ、その足は鈍い。

 だから、たぶんまだ理性や自制心というのが自分にも残っていて……違うな、正直に言おう。理性や自制心はきっともう無い。俺に今あるのは、彼女の元へ向かおうとする欲望と、それに対する恐怖心だ。恐怖心が足を鈍らせているのだ。ただ、それでも前へと進む力が後ろへ向かう力より大きい。つまり時間が経てば大聖堂へとたどり着いてしまうのだ。こんな風に。


 既に、大聖堂の開かれた門が、はっきりと見える位置にいる。午前中、朝の礼拝が終わったあたりだろうか。礼拝を終えたと思われる人々が門から外へと流れ出ている。その波を邪魔しないように端から敷地の中へと入る。本堂へ向けて少し歩いたあたりで、正面から輝く銀髪の美少女――リュドミラが現れた。本堂の中から現れた彼女は、今日も言葉にできないほど美しかった。

 しかし、それにしても、まるで図ったようなタイミングだ。彼女と会う約束は、今日の「午前中」という条件だけのはずであった。それなのに、まるで、俺が来たのが分かったかのように本堂から現れた。偶々だろうか? いや、俺は一応朝の礼拝中に行ったら忙しいと思い、その後を狙ったのだが、もしかしたら、彼女はそれを読んでいたのかもしれない。まあ、単純に、大聖堂の中から外にいた俺を一方的に見つけただけかもしれないが……


「フジガサキ様。おはようございます。こうしてお会いできるのをずっと楽しみにしていました」


 にこやかに微笑みながら言葉を紡ぐ彼女の姿に、思わずたじろぐ。


「……ええ、リュドミラさん。おはようございます。自分もまた会えて嬉しいです。あー。今日は、大聖堂の中を案内してもらえるということで、お忙しい中、お時間をとってもらって、ありがとうございます」


 言葉に詰まりつつも、事務的な要素で会話文を構成しつつ彼女に返事をする。


「いえいえ、私の方こそ貴重なお時間をいただき嬉しい限りです」


「えっと、あ、それと、もし良ければなんですが……こちらの方を受け取ってもらえますか? あの、カテナ教の方がよく好まれる……あ、いや、巡礼の時に食されると聞いていて、クッキーなんですが……もし、よろしければ受け取って頂きたくて……」


 リュドミラの美の暴力に蹂躙されそうになりつつも、何とかクッキーの入った瓶を渡すことができた。一応、手土産のような物だ。『巡礼地図』に書いてあった、巡礼の時の好ましいとされるクッキーを大聖堂の近くのお店で買っておいたのだ。

 念のため、自分用も購入し、事前に味のチェックもしたが、かなり美味しかったので問題ないと思っている。まあ、リュドミラがクッキー嫌いだったりしたら困るところだが……


「これはこれは……ふふっ、ありがとうございます。このような素晴らしい物をいただけるとは……」


 そう言ってリュドミラは大切そうに瓶を撫でた。良かった。気に入ってもらえたようだ。


「あ、いえいえ、全然……! その、お忙しい中、大聖堂の案内をして頂けるのですから……!」


「そのように言葉を下さるのでしたら、早速、ご案内しなくてはいけませんね……では、まずは本堂の中から行きましょう――以前、ゼシル侍祭に案内をされていた時は、きっと見逃していた場所があったと思います。まずは、そういったところをお見せできればと思っています」


 そう言って歩き出すリュドミラの後に従い、本堂の中へと入る。以前オットーに案内してもらった時と同じ通路、同じ広間を歩いていく。

 ゆっくりと歩きながら、目に入るものを一つ一つ丁寧にリュドミラが解説していく。しかし、その解説が僅かに止まることがある。それは、聖堂内を行き交う人たちとすれ違う時だ。彼らは皆リュドミラを見ると足を止め、無言で、だけれど深々と頭を下げる。そして無言であるにも関わらずリュドミラはそれらに常に反応し、鷹揚に笑みを浮かべて答えていく。


――慕われているのだろう。


 ふとユリアを思い出した。彼女もクリスクの日没の礼拝の様子を見るに慕われていたように見えた。そういう意味ではユリアとリュドミラは似ている。二人とも教会関係者であり、さらにその中で権威を持っているという共通点もある。

 勿論、違いもある。まずユリアの方がもっとぎこちなかった気がする。リュドミラの方が自然で滑らかな動きだ。経験の違いかもしれない。たぶんだがリュドミラの方がユリアより年上だ。そして何より最大の違いとしては、リュドミラの方がより周囲に慕われている……いや、畏れられている気がする。

 クリスク聖堂の時、周囲の人の一部はユリアに一定の敬意を払っていて、それに対してユリアは緊張しながら対応していた。このリデッサス大聖堂では違う。周囲の人の全てが、リュドミラを視界の収めると恭しく真剣に対応するのだ。たとえそれが通路ですれ違っただけであったとしてもだ。そして、そこには『親しみ』と表現するには、少し距離感があるように感じられた。畏怖のような感情をリュドミラに向けているように見えるのだ。うろ覚えだが、ユリアはやや親しまれていた気がする。この差は一体……?

 単純にリュドミラが聖女だからだろうか。聖女は聖導師の上位的存在だ。普通の聖導師以上に宗教的な権威を帯びていて、一般の人には『恐れ多い』と感じられてしまうのかもしれない。

 いや、もしかしたらもっと単純に外見かもしれない。ユリアは普通に可愛らしい少女で、また雰囲気も真面目で親切そうで、どこか緊張している姿は人によっては健気に思えるかもしれない。故に、聖導師という権威の持ち主であっても、親しみを持てるのかもしれない。


 けれどリュドミラは違う。リュドミラは美しすぎる。その美しさは、もはや神々しいとまで言える。余りの美しさ故に人は彼女を遠ざけ、畏れるのかもしれない。


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