二章18話 汚染②
リュドミラと大聖堂で再会した次の日の朝。目覚めは悪かった。理由は簡単で、昨日の夜は何度もリュドミラとの出来事を思い出してしまい眠れなかったからだ。つまり睡眠時間が足りない。これ五日後、いや、もう四日後か、四日後彼女に会って大丈夫だろうか……?
午前中は、調整組に紛れて昨日遺跡で入手した素材の売却を行った。そう、昨日遺跡に入っているのだ。なんかリュドミラとの再会でそれどころではなかったが、昨日一応遺跡に潜ったのだ。リデッサス遺跡での戦利品二種『アラバイト石』と『ジキラルド結晶』を売り金貨六十三枚と銀貨五枚を得た。だいたい予想通りの額だ。
……昨日の実働は一時間くらいだから、時給が凄く高いな。物価から前の世界の時給に換算すると……うわ、すげ。というか、時給換算しなくても、単純に金額として大きいな。こっちの世界に来てから大きな金額に触れる機会が増えたが……もう少し警戒した方が良いかもしれない。無警戒に売りすぎてるな。売却するときは少しずつ売った方が良いな。
んん? なんだろう。こういう考え方は以前もしたような気がするが……なんで今ちゃんとやってないんだ? どうやら睡眠不足で頭がちゃんと働いてないな。計画通りに動けていない。今日は少し休むか。
宿に戻り、昼まで仮眠を取るためにベッドに横になる。
数分して、やっぱり駄目だと気付く。思考を回さないと昨日の事を思い出してしまう。頭の中がリュドミラで一杯になってしまう。やはり何か集中できる作業が必要だ。遺跡に関する情報整理をしよう。一応、ここ数日調べ続けたので、各遺跡における探索者たちのタイムテーブルが未完成ながら存在する。それの見直しと改善を図ろう。
手帳、地図に記載された情報を見ながら、頭と筆記用具を動かし、情報を整備する。一時間を過ぎたあたりでお腹が空き、一度手を止め、時刻を確認する。ちょうど昼だ。今からお昼を食べて、それからタイムテーブル的に考えると……今から早めの昼飯を食べた後、ドロズル遺跡に入るというのが良い気がする。
ドロズル遺跡は不人気な遺跡なので、昼直後からだいぶ人が少なくなる。それに安全地帯もあるので、この眠い頭でも危険は少ない。集中できる散歩と思えば、今の俺には必要な行動とも言える。それと、ドロズル遺跡は複雑な構造故、『感覚』が有効かどうかを調べる必要があった。たぶん上手く使えないが、一度試してみるのも良いだろう。
微妙に寝ぼけた頭で昼飯を食べたあと、ドロズル遺跡に入る。寝ぼけた頭でも『感覚』は発動するようで、いつもと同じように、惹きつけられる感覚が体に走る。地図を頼りにその方向へ歩き出すが、少しして足が止まった。構造が入り組んでいて、どこに行けば良いか分からなくなったからだ。通路が迷路みたいになっている。入口から迷わないようにマッピングしながら、『感覚』が導く先を探し当てる。とはいっても『感覚』は元から結構曖昧なところがあるので、こうも入り組んだ迷路だと、行先と行き方が分からなくなり、ある程度の候補から絞らざるをえない。しかし、その候補をしらみつぶしに探していたら、たぶん『感覚』が消える方が早いだろう。
まあ地図を見てドロズル遺跡の構造を知った時点から、ある程度予想していたことだが……それでも実際に経験できたのか良かったか。俺は絞った候補の中から一つ、二つと探したところで時間切れになった。『感覚』が消えたのだ。クリスク遺跡の時と同じならば、おそらく『感覚』によって発生した素材が消えたのだろう。
まあ、いいや。とりあえず、分かった事が二つあった。
一つ目は、ドロズル遺跡ではおそらく俺の『感覚』は有効ではないということ。
そして二つ目はやはり俺の『感覚』は発動から回収までの間に制限時間が存在するということだ。クリスク遺跡だけでなくドロズル遺跡でも『感覚』が消えたのだから、たぶん他の遺跡でもそうだろう。どちらも想定されていたことだが、その確度が上がったので情報としての価値は上がったと思う。
眠い頭で、意味があったから良かったなー、などと思いながらドロズル遺跡を出る。出た直後、なんとなくもう一度ドロズル遺跡に入るが、今度は『感覚』は発動しなかった。うん。クリスク遺跡と同じだ。『感覚』にはクールタイムがある。
うんうん、と小さく声を上げながら今度こそ遺跡を出る。良い散歩だったが眠気が収まらない。ここまで眠いのなら、横になればリュドミラのことを考える間もなく寝れる気がする。期待を込めて宿屋に戻り、ベッドに横になる。
強い眠気を感じ、これはいけると漠然と思ったあたりで、意識は闇に落ちた。
※
目が覚めると日が落ちかけていた。そろそろ夕方だ。今日はあまり大したことはできなかったが……いや? 待てよ。昨日と今日の睡眠時間から考えるに、たぶん俺は十分寝ている。寝すぎななぐらいだ。なので、今日はだぶん夜遅くまで行動できるはずだ。実際、今は午前と違い眠気を全く感じない。体調も良い。これは、やってしまうか? 夜間活動を。
俺はこの遺跡街で活動するにあたり、他の探索者との接触を嫌った。そのためにタイムテーブルを作って探索者の行動把握に勤め、遺跡での行動計画を立てた。特に、リデッサス遺跡のような人気の遺跡は、タイムテーブルが詰まっており、どのように活動するかが問題点だった。
その解決法として、午後の僅かな時間に間隙を縫うように行動するというのが一つの手であった。だが、あれは時間的猶予がなく一層しか探索できない。そこで別の手段も考えたのだ。その一つは夜間活動だ。夜の遅い時間は探索者の数が少ない。夜でも遺跡に入れるし人は少ないだろう。おそらく長い時間活動できるはずだ。
俺は夕飯を食べ時間をつぶし、深夜に近くなったあたりで、ゆっくりと宿を出て大通りを歩く。数分歩いたあたりで、駆け足気味に宿に戻った。
うん。少し考えが足りなかった。夜は普通に怖い。明かりが少ないのだ。それに、よくよく考えたら犯罪行為って、そもそも夜の方が多い気がするし。そもそも大前提として、俺が大通りばかり使うのは治安と衛生面を気にしているからなのであって、暗い大通りを通るというのは、色々と前提を無視している気がする。ちょっと勢いで動きすぎた。反省しよう。
反省がてらに、リデッサス遺跡街における遺跡巡りの方法について再考する。夜間活動がダメになったので、他の計画に不備がないかどうか確かめたいのだ。
俺がリデッサス遺跡街で考えた活動計画は、まずはタイムテーブルの作成。そして、その作成したタイムテーブルをもとに活動する際に、『同じ時間帯や同じ遺跡では連続して活動しない』ようにする必要がある。
例えば、『昨日は午後リデッサス遺跡で活動したので、今日は昼の直後にドロズル遺跡で活動する』みたいな感じだ。時間と場所をずらしていくのだ。理由としては、仮に探索者に遭遇することになっても憶えられる機会を減らしたいという思惑がある。
多少憶測になるのだが、おそらく探索者というのは基本的には同じ遺跡で活動するものだと考えている。というのは、遺跡によって構造や出現する魔獣、入手できる成果物がそれぞれ違うため、経験を蓄積させることを考えるならば、探索者は、それぞれが『一番コストパフォーマンスに優れていると考える遺跡』に繰り返し潜るはずだ。
実際、七つの遺跡でも人気度に差があり、リデッサス遺跡やクラツェフカ遺跡に人が偏っている。この二つは多くの探索者にって『良い』と判断される遺跡なのだろう。よって別の遺跡で行動していくことで、同じ探索者に二度以上遭遇する可能性をかなり減らす事ができ、結果俺の存在を認知させにくくなるのではないかと考えている。同様に、探索者は活動している時間が個人によって違うが、ある特定の探索者の活動時間は、概ね同じ時間帯に収束するので、こちらもずらすことで、同じ探索者と遭遇する可能性を減らすことができる。
まあそもそも探索者と出会わないようにタイムテーブルを作ったので、どちらも杞憂に終わる気がするが、一応念のためといったところだ。
まあ、逆にギルド視点だと、俺は色々な遺跡で入手したものを定期的に持ってくる人に見えるようになるため、『複数の遺跡で活動する少し変わった探索者』と認識されてしまうのだが…………まあ、そこは多少仕方がないというか、どちらにしろ、能力の検証の観点から、もともと複数の遺跡で活動すると決めていたから、しょうがない面もある。
一応、それに対する案としては、二つ存在する。
一つ目は、売却調整を工夫し、売却の際はある遺跡で入手できる素材のみを集中して売却し、クリスクに帰るときになったら売却していなかった物を一斉に売却するという考えだ。最初の方は矛盾なく売却していき、最後はクリスクに高飛びするので、どさくさに紛れて売っちゃえ、というアイディアだ。後半部分はふわふわしているアイディアなので、実際に実行に移す時は、もう少し考える必要があるだろう。
二つ目は、案というほどではないが、そもそも、こんな忙しく、そして人が多いギルドが俺個人を覚えるだろうかという考えだ。組織が個人を認識するのと個人が個人を認識するのは難易度が違うと思っている。前者の方が難しい。ギルドで素材を売却しギルドに認識されるのと、特定の探索者と遺跡内で遭遇し認識されるのには差があるはずだ。
まあ同様に考えて、ギルドの売却窓口の担当に、変わった人だと覚えられるリスクは存在するが…………一応、荒くれ者要素を持ちそうな探索者よりも役人っぽい窓口担当の方が信用度が僅かながら高いという見方で誤魔化したいと思う。まあ、気になるようなら、売却の際、窓口担当の顔を覚えて、同じ人と何度も接しないようにすれば良いだろう。
この他にも、人気の遺跡の探索頻度を下げる等も考えている。
だいたい、行動計画としてはこんな感じだろうか。だいぶ夜も深くなってきた。最後にタイムテーブルの最適化を行ってから眠りにつこう。




