一章10話 異世界二日目 情報収集③
ギルドへと戻り、軽く軽食を取った後、流れるように買い取り窓口へと向かう。ギルドに設置してある時計を見るに、現在時刻は午後5時。夕方組が戻ってくる時間帯だ。この時間から夜にかけてが買い取り窓口がピークとなる時間らしい。根気次第だが、夜まで粘りたいところだ。
昼の定位置であったベンチに座り、辺りを見回す。かなり人がいる。もうこの時点で昼よりも人が多いかもしれない。かなりゴチャゴチャしている。会話も色々なところから聞こえてくるものだから、聞き耳を立てても聞き取りにくい。
さて、どうしたものか。カウンターの動向を注目するにも、これだけ人がいると、ベンチからだと目視できない。とりあえず、視覚から分かる情報を得ることにするか。
見た感じ、昼組よりも装備が良さそうに見える。あとスイの言っていた通り、足回りもちゃんと装備している。昼組は革鎧だけみたいな人も多かったが、夕方組にはそういった人は殆どいない。
他には、大きな杖を持っている人が結構いた。人が入り乱れているため自信は無いが、5人に1人くらいの割合だろうか。彼らは足が悪いように見えないし、杖に装飾がされていたことから、歩行用ではないだろう。たぶん魔術師というやつではないだろうか。昼は杖を持っている人はいなかった気がする。とはいっても魔術師自体は昼にもいたみたいだから、たぶん夕方の杖持ち達は昼の魔術師よりもより専門的な技術の持ち主ではないかと俺は推測している。
あと、どのパーティーもお金回りが良さそうだ。それに、バックパックなどに入りきらない採取物がここからでも見えるのだが、どれも昼で見られたものよりも貴重な物だ。ちらほら聞こえる会話の内容も7層や9層、13層など、昼組よりも深い階層の話だ。
考えを巡らせていると、ひと際大きな歓声がギルド内に響いた。見ると、入口の方から数人の男女が入ってきた。なんか、赤いな。入ってきた人達は皆お揃いの服装だ。ここまで揃っているのは珍しい。他のパーティーはだいたいがバラバラだし、ある程度似ている服装がいることがあるが、全員お揃いというのは記憶になかった気がする。あと全体的に赤い。お、よく見ると杖持ちが二人いる。豪華だな。
「『紅蓮の殺戮者』だ! AAランクパーティーの凱旋だー!!」
野太い野次が聞こえてきた。AAって凄いやつじゃん。俺は今Dランクだ。そして、ギルドの資料を読んだり、職員に聞いた事を纏めると、昼組はたぶんDからC、夕方組はCからBで稀にAって感じだと思う。AAはAの上らしいのだが、滅多にいないらしい。このクリスクの遺跡街では数える程だとか。
一応定義上はその上にAAAというのがいるらしいが、このクリスクでは現在活動しているAAAパーティーはいないらしい。つまり、今入ってきた男女5名はクリスク最上位の存在だ。しかし殺戮者って名前怖いな。人殺しとかやってないよな……?
野次馬に隠れて、入ってくる男女を見る。うーん赤いな。皆お揃いの赤装備だ。やっぱり最上位パーティーとかだとオシャレに統一感だしたりするんだなー。5人の男女は皆、少し上気した顔に見える。野次馬の熱気に当てられただろうか。
「ジェロック! 武勇伝を聞かせてくれー!!」
「今日は何匹殺したんだー!!」
「いくら稼いだー! 俺らにもお零れくれー!!」
「よっ、クリスク最強パーティー!!」
次々と飛ぶ野次に対して、5人は手を振ったり、何かを言い返したりしているが、野次に比べて声が小さいのでここまでは聞こえなかった。そして野次馬たちを掻き分けるように進み、彼らはギルドの買い取り窓口へと進んで行く。彼らが進むたびに、辺りのボルテージが上がり、熱唱が大きくなった。そうして、彼らがカウンターの前に来た時に熱唱は最大限に達した。思わず、見ている俺まで野次を飛ばしたくなるほどだ。
どうなるのかと思っていたら、5人の先頭にいた男が手を挙げると、一斉に野次は止み、突然の静寂が訪れた。急激な変化に驚いていると、男が口を開いた。
「皆、歓迎ありがとう。さて、まずは前回の殺戮日から一週間が過ぎた。覚えているだろうか? 俺たち『紅蓮の殺戮者』は15層の悪の化身、アガルストの掃討を行った。殺しても何の役にも立たない石だけ落とすカスの事だ! 38匹のカスを俺たちは燃やして、文字通り燃えカスにしてやった! そして今日はその続きだ! 16層にもいるあのカスどもの掃討だ! 53匹仕留めた! 後で屑石を53個積み上げる! 見たい奴はサウザント通りのレヒ亭まで来てくれ! 来てくれた奴にはエールも奢ろう!」
男が言い終えると、歓声が響いた。
「うおおおおおおお!!」
「ありがとよーー!」
「絶対行くぜー!」
「ついでに旨い肉も奢ってくれー!」
「そのまま17層にも行ってくれーー!」
「トーライト鉱石までの道を作ってくれー!」
「トーライト! トーライト!」
凄い声だ。耳が弾けそうだ。野次が飛ぶ中、『紅蓮の殺戮者』のメンバーの女性が杖を振り回した。気になり眺めていると、なんと、その女性の前に大きな水晶が現れた。魔法的ななものだろうか。
現れた水晶の大きさは女性の背より少し低いくらいか。ん? あの形と色どこかで……あ! ペクトーンクリスタルだ! そういえば、あれは本来16層由来のものだったな……一瞬今日の昼に1層で見つけたやつかと思ったが、たぶん違うな。大きさが俺が見たのの半分も無いし、それに、俺が見つけた物よりも色が曇って見える。カットした痕跡も無いし、別物だな。うーん、俺が見つけたやつは一体何処に行ったのか……
淡々と見ている俺とは違い、周囲の反応は劇的だった。
「ペクトーンクリスタルだ!! すげぇ!!」
「かなりデカいぞ! 金貨100枚超えるんじゃ……」
「さすがクリスク最強パーティー!」
「おいおいー! 本当はアガルストじゃなくて、そっちが目当てだったんじゃねーか!」
「ジェロック! そんだけ稼いだなら今日はエールだけじゃなくて肉も付けてくれ!」
さらに飛ぶ野次を聞き、先ほど演説を行った男は声を出して笑った後、再び手を挙げた。先ほどとは違い、まだ野次は続いていたが、構わず男は大きな声を出した。
「分かった! 分かった! お前らの貪欲さには完敗だ! 今日はレヒ亭の肉が無くなるまで、奢ってやるぞ!」
気前よく言ってのけると、またしも感謝の野次が彼らを包んだ。なんかさっきから凄いな。気前が良いっていうか。これが最上級パーティーのカリスマってやつか……?
それから演説の男が次々と群がる人々に対応していた。ちなみに残りの4人は、その間に次々とバックパックから戦利品を取り出し、買い取りカウンターへと置き、売却作業をしていた。どんどんバックパックから物が置かれていく。ギルド職員も置かれた物や、ペクトーンクリスタルを査定していった。
十数分ほどして、査定が全て終わり、それに伴い、演説をしていた男も一段落ついたようだった。
「よし、それじゃあ、俺たちはレヒ亭まで行く。熱心な探索者――いや正直に言おう、人の金でメシ食いたい奴らはレヒ亭まで来い。今日は店前も開けて貰ってるから、100人くらいまでなら肉食えるぞ! あーあと! 大事な事! 暴れていいのはレヒ亭の中までだ! 隣の店には迷惑かけんじゃあないぞ! これを守れるやつだけタダ肉食いに来い!!」
最後に大きく宣言し、『紅蓮の殺戮者』はギルドを去っていった。彼らが去ると野次馬たちは散り、半分は彼らを追いかけ、もう半分はギルドに残った。
いやー、凄い。嵐のような人たちだったなー。ただ、なんかこのギルドの空気感は結構掴めてきた気がする。というか、ペクトーンクリスタルってあのサイズでも金貨100枚もするのか。俺が見つけた物は彼らの見つけた物よりも倍以上の大きさで、しかも4つもあったから……ああ、いや、考えないようにしよう。獲得機会損失は考えると余計ダメージを負いそうだ。
それから後も、暫く観察を続け、夕方組の活動階層や構成などの確認を行った。
まとめると、夕方組はソロ活動者がほぼ存在しない。パーティーの規模は昼よりも大き目だ。昼は2人から5人だが、夕方・夜組は4人から8人くらい。
活動階層も昼は5層までだったが、夜は16層までと深かった。まあ夜は結構幅が広いので、ボリューム帯は7層から12層って感じだが。16層まで行ったのも、お祭り状態だった『紅蓮の殺戮者』だけのようだ。
夕方組の装備は昼組よりも整っていて、金もかかっているように見えた。特に『紅蓮の殺戮者』などは皆が統一した赤衣装だ。まあ、参考例が『紅蓮の殺戮者』だけなので、他の最上位パーティーは分からないが。
それからギルドを出て、少し遅めの夕食を取り、昨日と同じ宿で休むことにした。この宿、清潔で鍵もしっかりしてるし、ベッドも良いと、総合的にかなり良い宿だ。しばらく、ここの宿をメインに使おう。
明日の予定は……朝は頑張って起きて教会に行ってスイとの約束を果たそう。それから、午前はギルドの資料をもう少し探してみよう。ちょっと自分の不思議な『感覚』についても気になるし……『感覚』についてわかる範囲で調べて、分からないところは遺跡に探索に出て実践で知るって感じかな。とりあえず、明日はそんな感じか。全部はできないかもしれないが、できるところだけでもやっていきたい。
さて寝るか。