二章16話 漏洩……!
「え! いや、でも、リュドミラ様、リュドミラさんも私のことを様付けで呼びますよね……?」
頭が一瞬空白になるが、それを抑えて、直ぐに返事をする。
「私は元々こういう喋り方なのです。しかし、フジガサキ様は普段は違う喋り方をされると思います。私に対してもそのように喋って欲しいのです」
ん……? ん……? それは、いや、確かにそうだ。俺は基本的に人を様付けて呼んだりしない。それに、まあ、リュドミラの喋り方は……ゼシル義兄弟にはもう少し砕けていた気がするが、彼らは同じ共同体の仲間だから砕けていたという事か? 初対面の人には馴れ馴れしくしないという事ならば、確かにその通りなのだろう。別に矛盾は無い。リュドミラの予想――俺の喋り方が普段と少し違うということも当たっている。別に変な事は言っていない。
でもなぜだろう。何か、変なような? ん、あ? 初対面で距離を取って話すような相手に対して、自分は話し方を変えないが、相手には変えるように言うというのが、少し変か……? いや、我ながら無理筋だし、そんな気にするようなことではないが。でもなんだろう。直観に反するというか。リュドミラの今までの雰囲気というか、イメージというか、そういうものに少し反する気がする。
「な、なるほど……では、リュドミラさんとお呼びしても? 私、あ、えっと自分は、よく人をさん付けで呼びますので……」
「もう少し親しい距離感でいたいところですが、あまり無理を言ってしまってはフジガサキ様を困らせてしまいますね」
クスリとリュドミラが艶めかしく笑った。その事にまたドキリとしていまうが、それと同時に何か既視感のようなものを感じた。どこかで見た事あるような……? はて?
「ああ、いえ、そんなことは……ありませんが」
「ふふっ。無理をなさらないで下さい。ところで、話は変わりますが、以前お会いした時にお聞きした、クリスクでのお話を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
俺が戸惑いつつも言葉を作ると、リュドミラは俺の態度がおかしかったのか、はたまた俺を安心させるためか、一瞬声を出して笑うと、話題の転換を図った。
「その件ですね。勿論です」
以前、俺が逃げ出したとき、リュドミラはクリスクの情報を欲していた。故に答えるべきだろう。一応、今は手紙を出すために必要なところにリュドミラが俺を連れて行ってくれているのだ。彼女の親切心に報いるという意味においても、情報を提供する必要がある。いや、別にそんな重要な情報でもないので、特に理由がなくても普通に聞かれたら教えるけれど。
「ありがとうございます。では、そうですね。まずはクリスク聖堂の贖罪日について教えて下さい」
贖罪日――クリスクにいるときにスイが行っていた儀式だ。確か、聖導師が儀式を執り行うというものだ。リデッサスではリュドミラが儀式を行ったのだろうか…………ん? あれ? 今なんか? ん? 既視感のようなものをまた感じた。リュドミラって、あれ? ん? 何か引っかかるな。何かこう、記憶の中でのひっかかりというか。何かそう、日常にあった些細な事。本来記憶に留めないような、どうでも良い事。そんな記憶の欠片のようなもの。そこに引っかかりを感じた。なぜだろう? ん? たぶんユリアだ。クリスクにいた時にユリアがリデッサスに聖女がいると言っていた。それはリュドミラの事だろう。他にも何か言っていたかもしれない。うーん。駄目だ。思い出せない。
「…………贖罪日、ですか。はい。あ、でも、ちょっと自分は清めの儀式は見ていないので、お答えできないことも多いかもしれませんが……一応、本堂で行われていた儀式の方は、なんとか見れました」
余計な事を考えていたためか、少し返事が遅くなる。けれど、その事に特にリュドミラは気分を害すことは無かった。良かった。
「清めの儀式にはどうして参加されなかったのでしょうか?」
興味深そうにリュドミラはこちらを見た。
「ええっと。それは……実を言うと、クリスクの聖導師の方に言われたんです。清めの儀式を見に行ってはいけないと」
俺がリュドミラの質問に答えると、彼女はじっと俺の方を見た。そして、これまでで一番深い笑みを浮かべた。
「クリスクの聖導師ですか。その方の名前を伺っても?」
「はい。スイさん、という方です」
「ふふふっ……スイ、ですか。スイ、スイ、スイ、ふふっ」
まるで舌で転がすように、リュドミラは何度もスイの名前を愛おしそうに口にした。その声音はどこか弾んでいるようにも聞こえた。彼女のそういった面にも惹きつけられそうになるが、それを堪え、今の言動について考える。そして思ったことを口にする。
「あ、ええっと。もしかして、スイさんとはお知り合いですか?」
クリスク聖堂とリデッサス大聖堂は同じミトラ大司教区に属している。もしかしたら、二人は面識があるのかもしれない。
「いいえ。私はスイという名前の聖導師の事は知りません。ただ、昔、似た名前の聖導師を知っていたので、つい彼女の事を思い出してしまったのです」
自然体で言葉を発する彼女の様子から嘘の気配は無い。言葉通りに、知り合いに似ていて気になったのだろう。
……それにしては、随分名前に興味を持っていたが。そのスイと名前が似ているという知り合いの聖導師に強い思い入れがあるのだろうか?
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
「ええ、そういうことです。フジガサキ様は、そのスイという聖導師とはどのようなご関係だったのですか?」
納得の相槌に対して、リュドミラは質問を重ねてきた。彼女の見透かすような紫の瞳が俺を貫く。
「どのような……?」
彼女の注目され、意識が持って行かれそうになり、オウム返しのような言葉が出てしまう。そんな間抜けな俺に対してもリュドミラは嘲笑うことはなく、ただただ真剣な眼差しでこちらを見る。
「はい。関係は良好だったでしょうか?」
「えーっと。そうですね。はい。まあ、良かったような気がします。色々と気にかけていただいて」
補足の質問をされ、ようやく回答を出す。俺の回答が望んでいたものだったのか、リュドミラはゆったりと笑みを作り、口を開いた。
「それは、それは。何とも羨ましい話です」
「はい……? 羨ましい」
純粋な疑問が口に出てしまう。今の文脈で『羨ましい』というのが良く分からなかったからだ。いや、厳密には、なんとなく『羨ましい』と言ってもおかしくない心情が想定できる。しかし、その心情をリュドミラが持っているとは到底思えず、けれど、もしかしたらという期待から、詳細を促す言葉を発したのだ。
「きっとその聖導師はフジガサキ様と仲良くなりたかったのでしょう。そして、フジガサキ様の話され方を見ますに、実際にとても仲が良かったのだと思います。だから、羨ましいと思ってしまったのです」
とても望ましいと言わんばかりの表情に声音。とても嘘では無いだろう。それはつまり……リュドミラは俺の事を。
「それは、その……」
結論を欲し、ただただ先を促す言葉ばかりが出る。混乱しているというのもあるし、臆病故に自分から結論を口にすることができずにいるというのもある。
「私とも仲良くなっていただけませんか?」
リュドミラは薄っすらと笑みを浮かべながら、期待するようにこちらを見た。
…………
……頭が熱い。さっきからずっと熱いが今は特に熱い。これは、そういう解釈で良いのだろうか?
いや、いや、いや。以前、彼女と会った時、確か、その時も仲良くなりたいと言われたはずだ。それは確か、クリスクの情報を教えて欲しいから仲良くなりたいと言っていて、つまり有用性を期待されているということだと思う。それに今『私とも』と言った。つまりスイと同じくらいの関係を望むという意味にもとれる。当たり前だが、俺とスイは別にお互いに特別な感情は無い。まあ友達くらいな感じだと思う。つまり当然、今のリュドミラの言葉はどのように解釈したとしても、せいぜい、友達になろうという意味だろう。それがきっと上限だろう。
ああ、いや? リュドミラは俺とスイの関係は知らないから、単純にそうとは言い切れないか? まあでも、今の俺の言葉から考えるにリュドミラ視点では俺とスイの関係は知り合い以上友達未満くらいに見えるはずだ。だからやはり友達が上限だろう。なんだか真剣な雰囲気や聖堂の静けさや荘厳さのせいで、良からぬ勘違いをしてしまいそうだった。そう。自分が片想いをしているからといって、相手も自分の事を想っているとは限らないのだ。というか、限らないどころか、ほぼ皆無と考えて良いだろう。
「………………ええ、……勿論」
沈黙が長くなってしまい不自然な回答になってしまった。気恥ずかしさを感じつつも頭の熱が少し収まる。いや、危なかった。危うく変な事を口走りそうだった。
「ふふっ。ありがとうございます」
満足そうに笑う彼女を見て、一瞬後悔が胸の中で疼いた。もしかしたら、もう少し気の利いた答え方があったのではないか。可能性はゼロではないのではないかという後悔だ。
いや、良いのだ。たぶん無理なのだから。
「ああ、いえ……」
「それと、仲良くなった記念というわけではありませんが、そのスイという聖導師の事をもっと教えて下さいませんか?」
言い淀む俺とは対照的にリュドミラは流れるように言葉を紡ぐ。言葉の一つ一つから喜びの感情が読み取れ、まるで今の会話をとても楽しんでいるように、俺には見えてしまう。しかし、客観的に考えて、俺個人と話をしていて特別に楽しく感じるとは思えないし、今までの会話内容で面白いと思う点も無いだろう。だから、これはきっと自意識過剰か、もしくは、リュドミラは誰と話をしていても楽しいと感じるタイプなのだろう。
「ええ、それは、構いませんが、スイさんに、ああ、いや、クリスクの聖導師に興味があるんですか?」
スイ個人に興味を持つ理由が無いと思う。まあ、クリスクの聖導師に興味を持つ理由も無さそうだが……ああ、いや。以前クリスクの街や聖堂を気にしていたし、そこに所属している人がどんな人かというのは気になるかもしれない。それに、彼女は役職上、聖女という聖導師の上位版のような存在だ。同じ大司教区に所属している仲間がどんな人かというのは興味があるのかもしれない。
しかし、リュドミラの答えは俺の予想とは違うものだった。
「親しい人の親しい人。もし会うことができるならば、親しくなりたいものです。どういった方か事前に知っておけば、お会いすることができた時に、より良い出会い方ができると思うのです」
――親しい人、か。
たぶん友人という意味で言っているのだろうが……曇りない笑みを浮かべるリュドミラの雰囲気にまた惹きつけられそうになる。それを抑えつつ、彼女の言った言葉を頭の中で反芻する。スイと会った時のためか。
なるほど。どうやら、俺が考えるような浅はかな理由ではなく、もっと立派な理由あったようだ。リュドミラが実際にスイと会った時に仲良くできるかは分からないが、そういう理由ならば自分にできる範囲で協力しよう。
「ああ、なるほど。それは確かにそうですね」
それから俺はリュドミラに聞かれるがままにスイについて話した。
彼女の雰囲気、容姿、性格、身体能力、よく聖なる術を多用する事、一発芸、などの事を話した。リュドミラは俺の答え一つ一つに喜び、まるでとても大切な事かのように俺の話を聞いてくれた。特にスイの一発芸とも言える、瞬時に物を取り出したりする行為については、非常に興味を持ってくれたようで、はっきりとした笑顔で感謝を告げられた。そのことにまたしても思考と感情が昂ったのは言うまでもなかった。




