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二章15話 監視網


 落ちつつある太陽に照らされながら大通りをゆっくりと歩いていく。久々の教会だ。ただスイへの手紙を出すだけなのだが、それでも僅かに、いや、結構意識してしまう。ああ、いや、意識すべきではないな。というか、意識しても特に意味はないな。

 だって、特に意識したとしてもリュドミラには会う事はないのだから。聖女という身分から考えるに、彼女はとても忙しいだろうし、手紙を出す俺と偶然会えるなどという事はまず無いだろう。

 もし、彼女に会おうとするならば、それは何らかの方法でこちらからアクションを取る必要がある。だが、俺はそれをする気はない。そして今後もする気はない。つまり今日手紙を出し終えれば、リュドミラに関わる可能性は今後一切なくなる……ああ、いや? スイの手紙の返信を受け取ったり、もう一度手紙を出す事もあるかもしれないから、完全に無くなるわけではないか。

 まあ、手紙を出すか受けるかする回数だけ『極僅かだが会えるかもしれない』判定が行われるだけで、結局は会える蓋然性は低いのだが……ん? 極僅かだがゼロでは無いという事象も繰り返していけばいずれ発生したりしないか? まあ別にそんなに大量に手紙を出したりはしないけど。


 白き壁に囲まれた教会の入口、開放された門には、以前のようにカールマンが立っていた。


「こんにちは。カールマンさん。お久しぶりです」


「ああ! どうも! 確か先日の」


「カイ・フジガサキです」


「そうそう、カイさんだ。久しぶりです。また中を見ますか?」


「ああ、いえ、今日はそうではなくて……実は手紙を出そうと思っていまして。それで、教会にお願いすると、手紙を届けてもらえるって聞いてまして。もしよろしければ、やり方を教えていただけませんか?」


「手紙ですか。宛先にもよりますが、相手はどんな人ですか? 聖堂や修道院に所属している人ならば簡単に送れますが、街や村に住んでいる人だと少し手間がかかりますよ」


「あ、聖堂に所属している人です。クリスク聖堂にいるはずです」


「クリスク聖堂ですか。それならそこまで遠くはないですし、やり方は――」


 カールマンは急に言葉に詰まると、聖堂内部の方を見て驚いた顔をした。そして、直ぐにその場に跪いた。何かと思い、彼と同じ方向を向き、そして、驚きのあまり、息を呑む。


「なにやら興味深いお話をしていますね。よろしければ私も混ぜて下さいませんか?」


 決して会うことがないと思っていた相手――絶世の美少女であるリュドミラがいたからだ。


「聖女様。こちらにいらっしゃるとは……」


 驚き戸惑うカールマンに対して、リュドミラは微笑を浮かべた後、体を俺の方へと向けた。リュドミラの銀髪が揺らめき、それと共に、どくんと、俺の心臓が強く高鳴った気がした。


「フジガサキ様。またお会いできて嬉しいです」


 そう言うとリュドミラは、はっきりとした笑みを浮かべた。俺には、それがカールマンに向けたものよりも強い感情が籠っているように感じられてしまった。いや、きっと気のせいだろう。それか自意識過剰だ。そうあって欲しいという思いがきっと胸の内にあるのだろう。


「え、ええ……その、自分も、また会えて良かったです。先日はすみません。突然、……急に聖堂を出ることになってしまって」


 緊張し僅かに視線を逸らしながらも、先日の件を口にする。突然の事態で頭が混乱している。頭を鎮静させるためには時間が必要で、故に、現在進行している事柄とは関係の無い事柄の話をするのだ。


「いえいえ、どうか気になさらないで下さい。こうして、またお会いできたのですから、再会の喜びを分かち合えればと思っています。ゼシル従士、今、お話されていた手紙の件は私に任せていただけませんか?」


 リュドミラは前半は俺に、後半はカールマンへと声をかけた。声をかけられた二人の男の振る舞いは対照的だ。俺は混乱している中、さらにリュドミラから言葉をかけられ、思考が沸き立つ感情に飲み込まれそうで、きっと外から見れば挙動不審だ。けれど、カールマンは、先ほどまで浮かべていた驚きの表情を隠し、今はただただ冷静に、跪いたまま、リュドミラへ言葉を返した。


「聖女様のお望みのままに……」


 カールマンの言葉に対して、リュドミラはゆったりとした笑みをカールマンに向けた後、俺の方を再び見た。


「フジガサキ様、どうぞ、こちらに。その手紙を送るのに必要な手続きをいたしますので、一緒に来てください」


 そうして、片手を聖堂の中へと向け、俺を(いざな)った。ただそれだけの仕草。聖堂に手を向け、付いてくるように促しただけだ。別に特別なことは無い。けれど絶世の美少女であるリュドミラがやると、それが特別な意味を含んでいるように見えてしまう。きっと彼女は何をやっても特別に見えてしまうのだろう。少なくとも俺にとっては。


「え、ええ。それは、……! はい、ありがとうございます。あ、カールマンさんもありがとうございます」


 心の中で暴れそうになる感情の波を抑えつつ、彼女の言葉に従う。一瞬、彼女を避けるようにするのではなかったのかと、過去の計画が頭によぎる。


――いや、また逃げるわけにもいかないし、それに、それに、正直に言うと、今もう彼女の惹きつけれている自分を感じている。彼女に魅せられ、視線を逸らせない。たぶん心の奥底では、彼女の事を初めて会った日から想い続けていたのだ。それが彼女と会い、一気に爆発したのだ。だから、今離れるなんてできそうにない。ここは言われるがまま付いて行くしかないのだ。


 俺が動き出すと、リュドミラは深い笑みを浮かべた。その仕草に、こちらがドキリとしている間にリュドミラは聖堂の中へと入っていった。

 リュドミラの後を追うように歩き始めて、聖堂の中へ入り少しすると、彼女はゆったりとこちらに振り返り、その美しい唇を動かした。


「フジガサキ様。以前、教会にいらしてから、少し日が経ちましたね。いかがお過ごしでしたか?」


 ゆったりと歩きながらも投げかけられた質問。

 ただの社交辞令的な内容なのに、それでもつい思ってしまう。自分に興味を持ってもらえているのではないかと。

 いや、そんなことは無いというのは分かっている。今だって偶々出会えて、それで、彼女は親切心で声をかけてくれたのだろう。ああ、いや? だが、先ほどは結構割り込む感じで話しかけてきたな。そうすると、親切心だけとは考えにくいか。偶々、本当に偶然、大聖堂の門にリュドミラが来たのかもしれないが、その後の展開に関しては、彼女なりに意図するところがあるのかもしれない。もしかしたら、自分に興味を持ってもらえていることだってあるかもしれない。もし自分に興味を持っているとしたら、カテナ教徒ではないからだろうか?

 ユリアもスイもその点を意識していた気がする。聖導師というものは非カテナ教徒、より厳密に言うと無神論者とかに興味があるのかもしれない。あとは、もしかしたら、手紙を持ち込んでくる人が珍しいという可能性もあるか? 手紙がリデッサス大聖堂でどのくらい頻繁にやり取りされているのかにもよるが、行き来する数が少ないなら、純粋に珍しさから興味を持ったのかもしれない。

 まあ、勿論、別に俺や手紙には特に深い関心は無く、目の前に『困っているように見えた人』がいて、彼女に『それを解決する能力』があったから干渉しただけなのかもしれないけれど。


「ええ。そうですね。一応探索者の端くれですので、探索の準備とか、あとは、まあ、実際に少し潜ってみたり、といったところでしょうか」


 思考を加速させることで、目の前の事態を頭から遠ざけ緊張を解し、言葉を発する。


「探索ですか。そうでしたか、探索者の方々は危険と隣り合わせと聞いております。フジガサキ様がご無事なようで……その事が本当に喜ばしいことです。主の御心も安らかなことでしょう」


 そう言って、リュドミラは安心したように頬を緩ませた。その事でまた冷静さが崩れそうになる。演技とは思えない。いや、そもそも『彼女が演技をする人間なのか』という前提が正しいか分からないが。兎に角、彼女に心配されて、生きている事を喜ばれて、心が騒めいてしまう。やはり、俺がここまで彼女を想うのだから、彼女も――いや、いや、それは流石に自分にとって物事を都合よく考えすぎている。冷静になるべきだ。

 一般論として、俺は死ぬかもしれない職業についているのだ。偶々俺は『感覚』により安全性が確保されているにすぎない。そして、『死ぬかもしれない人が、無事生きている』ことが確認されたのだ。その人が憎いというわけではないのならば、一般論として安心するだろう。生きてて良かったね、というやつだ。別にそれは特別な感情を抱いている相手だけに感じるのではない。一般的に、死んで欲しいと思っているような相手でもなければ感じてしまう事なのだ。だから、別に自分は彼女にとって特別ではないのだ。


「あー。ええっと、もしご心配をおかけしてしまったのでしたらすみません。ですが、安全第一で動いていますので、そう危険な目に合わないかと。少なくとも他の勇敢な探索者に比べると自分はまだまだですので。まあ、その分安全なわけですが……」


 なんとか、冷静な風を装い言葉を作る。声が裏返ったりすることもなく、上っ面だけは冷静でいられている。いや、本当は体が熱いし、きっと頬も赤くなってしまっているだろう。ああ、駄目だ意識すると急に恥ずかしくなってきて、それがまた体を熱くしてしまう。


「ふふっ。そう自分を卑下なさらないで下さい。危険な目に合わずに済むのならば、それに越したことは無いのですから。またフジガサキ様とお会いできて、そしてこのようにお話することができて、私は幸福を感じています」


 微笑みながら、ゆったりと、それでいて、本当に喜ばしいと言わんばかりの感情が籠っているように、俺には感じられた。そこまで、俺が生きていることに、俺と会えたことに喜んでくれるのか。ああ、駄目だ、駄目だ。落ち着くのだ。いや、彼女は聖導師で、そして聖女とまで呼ばれた人間だ。ユリアを思い出せば分かる。

 ユリアも、とても親切で優しい人だった。スイだってまあ、親切だったと言える面があった。聖導師という人たちは、きっと皆そんな風に尊敬できる人格者ばかりなのだろう。きっとリュドミラもそうなのだ。危険な立場にいると思われる人の生還を心から喜べる人なのだろう。きっと彼女は外見だけでなく人格面でも素晴らしい人なのだろう。そう、解釈せざるをえない。

 もしそうでなければ、もし彼女が俺の事を特別に想っていて言葉を紡いでいるとしたら、きっと俺は俺を抑えられなくなってしまう。この想いが言葉に、態度に出てしまう。それは、避けたい。きっと上手くいかないのだから。だから、リュドミラは人格面でも素晴らしい人と解釈するしかないのだ。


「あはは、いえ、その、リュド――聖女様にそのように言って貰えて、自分、あ、いえ、私も凄く嬉しいです。光栄なことだと思います」


 彼女の事を何と呼ぶか一瞬迷うが、ゼシル義兄弟が呼んでいた呼び方を採用する。


「どうか、私の事はリュドミラとお呼び下さい。フジガサキ様」


 しかし、呼び方が気に食わなかったのか、リュドミラは少し強めの口調で訂正を求めた。ん? 強めの口調。なぜだ? 彼女らしからぬと思ってしまった。いや、俺は別に、リュドミラの事など殆ど知らない。知らないが、それでも、強い口調を使ったのは初めて見たし、それに今までのリュドミラのイメージとは少し違った気がした。

 聖女様と呼ばれるのがそんなに嫌なのだろうか。ゼシル義兄弟が呼んでいた時は気にしている感じはなかったけれど……ああ、いや、もしかしたら無神論者に聖職上の役割で呼ばれたくないのかもしれない。宗教というのは難しいし、もしかしたらとても失礼な事をしてしまったかもしれない。


「え、あ、ああ、そうですね。失礼しました。えっと、リュドミラ様」


 謝罪し訂正するが、俺の言葉に対して、リュドミラはさらに言葉を重ねた。


「様など付けずに、そのままお呼び下さい。フジガサキ様」

 …………

 ……なぜ?



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