二章13話 調査と考察
大幅に時間をロスしたが、気を取り直してギルドへ向かい、いくつかの資料を確認し、メモを取る。各遺跡で発見された魔獣の分布、入手可能な素材の分布、それらを遺跡と階層ごとに分け整理して自分の手帳に纏めていく。お昼に得た売買データと照らし合わせるためだ。まあ照らし合わせは宿で一人に時に行おうと思っているので、ここではしない。ギルドでやることは資料を手帳に纏めるだけだ。
ギルドでやるべき事を終わらせた後は、明日以降に泊まる宿の確保を行った。昨日できなかった目標をようやく達成だ。ギルドに近く、大通りに面していて、治安が良さそうで、清潔な場所を選んだ。
つまりはクリスクの時と同じ基準だ。値段はクリスクにいた時よりもかかったが、安全や利便性を維持するためには仕方がない。まあ、まだだいぶ金には余裕があるので値段に関してはそこまで意識する必要は無いかもしれない。文字通り、扱っている桁が違うのだ。
本日の目標をそこそこ達成できたため一度、現在泊っている宿に戻る。ギルドで得たデータの解析とスイへの手紙書き、この二つを宿に戻って行えば、本日の目標は完璧と言って良いだろう。まあ、厳密には今日は三遺跡の現場調査をやる予定だったところだったのが、実際は時間の都合でリデッサス遺跡だけになったので、残りの二遺跡の現場調査を達成していないが……まあ、後日残りの二遺跡もやっておけば良いだろう。
自分の借りている部屋に入った後、一度ベッドに横になり体を癒す。数分して、『集中していないのは良くない』と気付き、慌ててベッドから飛び起き、ギルドで得たデータを纏めた手帳と向き合う。各遺跡で遭遇する魔獣や発見される素材の情報と二百以上の探索者たちの売却データがびっしりと書かれている。
こういう解析作業は結構好きだけど、この量を纏めるのは大変そうだ。とりあえず、昼組と思わしき百件から先に処理していこう。調整組はおそらく探索層が深い。まずは直接関係がありそうな昼組からだ。
昼組にデータを一件一件処理していく。売却した素材から探索していた層を絞っていく。二つ以上素材を売却していた場合は、遺跡や活動層を絞りやすいが、一つしか売却していなかったりすると、どの遺跡ということすら掴めないこともあるので中々難しい。ある素材が複数の階層に跨って出現するだけではなく、他の遺跡にも出現することがあるからだ。
例えば、この素材、『ラメライト鉱石』はリデッサス遺跡の二層および三層、ポドロサクリス遺跡の四層、インキシト遺跡の一層から五層で入手可能であるため、売却したのが『ラメライト鉱石』だけだとどこの遺跡から出土したか分からない。つまりその探索者がどこの遺跡で探索していたか特定するのが難しい。
一方で、『ラメライト鉱石』と『トーライト鉱石』を同時に売却した場合は特定は容易になる。なぜなら『トーライト鉱石』はニノウォ遺跡の三層と十二層、インキシト遺跡の七層でのみ発見することができるからだ。よってこの二つが同時に売却された場合は、その探索者はインキシト遺跡の五層から七層で活動していたと考えるのが自然である。
いや、まあ厳密に言うと、同じ日のうちに二つの遺跡に潜ったり、幅広い階層で活動するということもあるかもしれないが、それは珍しいケースだと思うので考慮しないことにしている。
このような形で売却素材から活動層を推測していき、百件前後データのうち六十件程度に関しては、遺跡と活動層を概ね特定できた。さらに、特定したデータの分布を利用して、『探索者にとっての人気の活動遺跡・層』を把握することができるので、そこから、未特定だったデータ四十件程度に関しても、ある程度活動遺跡・層を類推することができるので、さらに三十件程度に関しては、枕詞に『恐らく』が付くものの活動範囲を絞ることができた。
そうして得た全体のデータの分布に関しては、やはり遺跡面ではリデッサス遺跡で活動している探索者が多かった。四割程度がリデッサス遺跡であった。
次点で多かったのがクラツェフカ遺跡で全体の三割近い。この二つは現場調査でも人気の遺跡であったので、矛盾が無いし、直観的に正しい気がする。
他には、ニノウォ遺跡で活動している探索者も多いようだった。そして重要な点である探索層に関してだが、リデッサス遺跡・ニノウォ遺跡に関しては一層から六層が多く、その他遺跡に関しては一層から四層が多かった。各遺跡の難易度にどのくらい差があるかにもよるが、最大深度が深い遺跡ほど、昼組の平均的な深度も深いように見えた。ある程度相関性はあるのかもしれない。
自分にとって重要な事である安全地帯で活動している探索者に関してだが、これも想像通り数が多かった。俺が今回取れたデータだけでも十人以上いる。実際は俺の聴覚や並行処理能力の限界上、把握していない数もかなり多いので、もっと多くの探索者が安全地帯で活動しているだろう。午前中に、もし俺が遺跡内を歩き回れば誰かしら遭遇する可能性が高い。午前中の活動はしない方が良いだろう。
また他にも低層で活動する探索者の数が多い。まあ、昼組の数自体がクリスクよりも遥かに多いので仕方が無いが……ある程度分かっていた事だが、こうやってデータとして見るとよく分かる。たぶんだが、どの遺跡も午前中は混んでいる。特に低層は混んでいる。
やはり、クリスク遺跡と同じようにお昼の後の空白時間を狙うか……? しかし、この前の現場調査から考えるに、リデッサス遺跡とかはお昼でも混んでそうだ。いや? 安全地帯とかなら逆に大丈夫か? 安全地帯は魔獣がいない分競争率が高く、それ故、だいたい昼頃には素材が取りつくされてしまう。
そういった場合は遺跡の構造上、再出現には本来は時間がかかる。故に昼を過ぎた後に安全地帯で探索するメリットは普通の探索者には無い。実際、それ故クリスク遺跡の午後の安全地帯や低層は空だった。ついでにいうと二層の魔獣もほぼ討伐されていたので、遭遇したのは一回しかなかったほどだ。北方の七遺跡はクリスク遺跡とは少し仕組みが違うかもしれないが、ある程度は共有しているところもあるだろう。
まあ、リデッサス遺跡とクラツェフカ遺跡に関しては非常に人気のようなので、そう簡単にいかないかもしれないが……どちらにしろ、もう少し調査が必要だろう。たぶん必要な情報から逆算すると、次回に行うべき調査は、午後の時間帯における売却コーナーの張り込み調査だな。今回は昼前後の二時間しか張っていないが、次は午後中張るというのが良いだろう。そして得られたデータを時系列で並べれば、各遺跡の混雑具合のタイムテーブルが分かる気がする。少し大変だが、今の俺にとっては重要な『集中できる作業』だ。明日以降気が向いた時にやろう。
一旦休憩がてらに窓を見る。日が沈み始めている。教会では日没の礼拝が始まるのだろうか、となんとなく思ってしまい、そこから朝起きて以降抑えていた想いが溢れそうになる。
「――おっとっと」
危うく、脳内が一つの想いで占められそうになるのを抑える。急いで、新しい作業を見つける。先ほど後回しにした調整組のデータだ。こちらも百件以上ある。よし。これも解析していくか。
それから二時間ほどして本日得たデータ全ての解析を終えた時には、太陽は完全に沈み、窓から見える夜空には星が輝き始めていた。
一度食事を取った後、スイへの手紙を書き始める。夜考えた通りに挨拶めいた言葉を書き、それからリデッサス遺跡街に到着したことを書く。こちらは順調だが、そちらはどうかという事を書いたところで、ふと疑問を感じた。この手紙、出すときは教会を使えば良いのだろうが、返信が来たらどうするのだろうか? 教会に自分宛に手紙が来てませんかと定期的に尋ねるのだろうか?
まあ、手紙を出すときに聞いてみよう。クリスクの聖導師に手紙を出すように言われていたと言えば、そもそも聖導師という生き物は手紙を一般的に返信するのかどうか、返信する場合はどのように受け取れば良いか教えてくれるだろう。
……今、一瞬、スイを正常な聖導師に数えて良いか悩んでしまった。いや、それは、まあいっか。
とりあえず手紙の続きを考えよう。一応、重要なところは一通り書いたので、最悪これで出しても問題は無いだろうが……たぶん面白い話を要求されている気がする。手持ちにそんな話はないが…………ホフナーの話でも書くか? 面白いって言うか傍迷惑な話だが。まあ、ちょっと盛り気味に書けば面白いかもしれない。とりあえず追加で書けるスペースは開けてあるので、手紙を出すのに必要なスタンプが完成するまでの間に、面白い話が見つかればそれを書き、なければホフナーの話でも書こう。
よし! 今日のやるべきことは達成だ。変な事考える前に寝よう!




