二章11話 予期せぬ再会
三時間ほど仮眠を取り朝を迎えた。明るくなっている。大したことではないのだが、久々の深夜活動の後なので、なんだか嬉しい気分だ。思考もすっきりしている。
朝食を食べ終えた後、速足でリデッサス遺跡の入口へと向かう。まず午前中にやる事として、リデッサス遺跡の朝の探索者の流入数の確認だ。『どのくらいの人が、どのくらいの勢いで遺跡に入っていくのか』を確認する。
一通り遺跡に入る探索者の数が落ち着いた後は確認作業を切り上げ、大通りを歩きギルドの近くにある雑貨屋に入る。そこでスイへ送るための手紙を作成するのに必要な物を揃えた。ただし、手紙の証明に使うスタンプの作成には時間がかかるとのことなので、数日後にまた来店する必要があるようだ。
買った物をバックパックに詰め込み、今度はギルドへ向かった。ギルドを利用し、各遺跡に潜っている探索者の数や分布を調べるためだ。しかし、こちらは中々苦戦した。最初はギルド職員に質問しようかと思っていたのだが、彼らはかなり忙しいようで、こちらから声をかけるのは躊躇われた。なので、別の方法でその情報が得られないかを試してみた。
その方法は、売却コーナーの近くのベンチに座り、目と耳を大きくして探索者たちが入手したものを確認して行くという方法だ。彼らが売却した素材のメモを取り、それを後でギルドの資料と突き合わせることで、『その探索者が、どの遺跡の何層で活動しているか』の情報を得るというやり方だ。売却コーナーに張り込み多くの母数を取れば、ある程度、人気遺跡とその階層の傾向は見えていくのではないかと思っている。
まあ、今売却コーナーにいる探索者たちは、昼前に売却している以上、おそらく昨日以前に採取した素材である可能性が高いので、素材の劣化や探索者の行列回避性、素材持ち込み頻度なども考えると、かなり複雑な要素が入るデータなので、単純に統計を出したとしても、それが意味のある値になるかは分からないが…………一応、それでも何のデータもないよりマシなので、売却コーナーに張り込むことにした。何個も売却用の窓口があるので、聞き取りやメモ取りに苦戦したが、一時間を超えたところで百件以上のデータが得られた。
かなり集中したので疲労困憊なので、一度休憩を取りたくなったが、そうも言ってられない事情が発生した。時刻がお昼近くになり、推定昼組の帰還が始まったからだ。クリスクと同じで、彼らの装備や振る舞いは夕方・夜組に比べると未熟に見えるため識別しやすい。実際、先ほどまで売却コーナーにいた多くの探索者の方が装備に金がかかっているように見えたし、身のこなしもどこか鋭さを感じられた。そして何より、所々で聞こえる査定金額が高かった。クリスク時代の俺の中間値と良い勝負だ。
一方で、今目の前で窓口にいる推定昼組と思える人の査定価格は低い。クリスクの昼組よりは高いが、先ほどまでいた調整組よりかは遥かに低い。
推定昼組にはかなり興味があるので、もう少し頑張って調べておきたい。昼組はクリスクと同じような存在であるならば、彼らの活動層は低層。つまりは、俺と活動領域が近い。彼らと遭遇する可能性がある以上、その数や分布を知っておくのは重要なことだ。それに、先ほどまでの調整組と違い、昼組の活動時刻はある程度推測可能だ。活動時刻が分かっている上での『その探索者が、どの遺跡の何層で活動しているか』という情報の価値は大きい。俺は疲労を抑えつつ、さらに一時間ほどかけて、昼組の並が収まるのを耐えながらメモを取り続けた。
追加でさらに百件以上のデータを手に入れた。このデータをギルドの資料と突き合わせれば、リデッサス遺跡街の探索者たちの活動パターンについての情報の一部が手に入るだろう。
しかし、流石に疲れすぎたので、一度ギルドを離れて、近くにある美味しそうな飲食店に入り、お腹を満たしつつ休憩することにした。
適当に食べ物や飲み物を注文する。メニューに書かれた値段はクリスク遺跡街のお店よりも少し高かった。リデッサス遺跡街に来て三日目になるが、やはりこちらの方が少しだけ物価が高いように感じる。遺跡が大きく、探索者の数も多いし、それにより経済が活性化しているのかもしれない。
ああ、そういえば先ほど推定昼組の収入が低いと思ったが、物価から考えると十分に高かった。クリスクの昼組よりも多く稼いでいる。遠回しな表現になったが、つまるところ調整組は尋常じゃない額を稼いでいる。そしてその調整組がこのリデッサス遺跡街にはうじゃうじゃいる。流石だ。『北方の富の集約点』と呼ばれるだけはある。調整組のデータは推定昼組のデータよりは自分の探索において役には立たないかもしれないが、リデッサス遺跡街の中堅以上の探索者の収入や行動パターンの把握という点では役に立つかもしれない。いや、そんなものを把握しても特に実利は無さそうではあるが……まあ、知的好奇心を満たすお題ではあると思う。
まとめると、結構疲れたが、良いデータを取れたと思う。視点の一つとしては――
考え事をしていると、椅子を引きずる音と振動が響いた。テーブルを挟んで向かいにある椅子が引かれて、誰かがそこに座ったのだ。俺が座っていた場所は二人客用の席だ。だから他に座るところが無ければ相席する人が現れるのは不思議ではない。
しかし、俺がこの店に入った時はまだだいぶ空いていたと思ったが……辺りを見回すと、思った以上に人がいた。どうやら考え事をしているうちに席がどんどん埋まっていき、あぶれた人が、相席したようだ。
そこまで考えたところで、なんとなく、視線を上げ、俺の前に座った人を見て――ぎょっとした。知っている人だったからだ。悪い意味で。目の前の小柄な少女は俺の視線に気づくと怪訝そうにこちらを見る。
不味い、目を合わせないようにしようと思い素早く視線を逸らすが、それとほぼ同時に少女が口を開いた。
「何ジロジロ見てるの? ミーフェに何か言いたいことでもあるの?」
赤いツインテールを揺らし小柄な少女、ミーフェ・ホフナーがジロリとこちらを睨んだ。この前ギルドで俺に絡んできた厄介な少女だ。もう出会うことは無いと思っていた――いや、正しくは出会わない事を願っていた相手と、こんな再会を果たすとは。
「…………」
この少女の厄介な気質を知っているがゆえに、黙ってしまう。
どのように答えても絡んできそうだ。嫌だ。もう、店を出てしまうか。いや、注文したものがまだ来ていない。なので勝手に店を出るわけにはいかない。いや? お代を払ってしまえば問題は無いか。もう料理を作り始めていたらフードロスだが、俺の命の方が価値が高い。尊い犠牲と割り切ろう。
まあ、この前のギルド職員が言うにはこの少女は暴力には訴えないという話だが。それでも一緒にいるのは、怖いし、なんか嫌なので、さっさと店を出よう。そう思い席を立とうとする直前に、少女が俺に向かって声を発する。
「ちょっと、無視しないでよ。初対面なのに感じ悪いな」
不満そうだが、率直そうでもある声音だ。表情や雰囲気からも嘘を吐いているような気配はない。なるほど。この前のギルド職員が言っていた通りだ。完全に俺の事を忘れているようだ。この前、覚えておくように言っておきながら本人が覚えていないというのは少し複雑な感じがするが、厄介な存在に記憶されていないという点は俺にとっては好都合だ。
「ああ、いや、その……すみません。話をするのが苦手で」
適当に刺激しないように言葉を返しつつ、さりげなく席を立とうとするが、それより早く店員が俺の元にやってきた。手には俺が注文した料理を盛った皿がある。タイミングが悪い。
店員に礼を言いつつ、料理を受け取りテーブルの上に置く。席を立ちにくくなった。ここでバックパックを持って立ち去ろうとすれば、何かイチャモンを付けられて、また厄介事になりそうだ。
「ふーん。まあいいや。今日はまあまあ気分が良いし、ボコらないであげる」
俺が悩んでいるのとは裏腹に迷惑少女ホフナーは横柄に言い放った。ふむ。何となくだが、これまでの話し方、ギルド職員の情報から、この少女に関して少し分かったことがある。
「……ありがとうございます」
控えめに、恐怖心から少し落ち着きが無く、それでいて、僅かに尊敬するように、一言で言うと畏敬の念に近いような空気を作り、彼女に言葉を返す。
どれもそんなに嘘ではない。俺は話し方は普段から控えめだし、こうやってグイグイ来る人には恐怖を抱くし、恐怖を抱けば落ち着きは無くなるし、そして何より『初対面だと認識している相手に対して、威圧的に振る舞う』なんて事は、自分には到底できない事なのである意味で尊敬できる。嘘はない。ただ、自分の感情を意識して出してみただけだ。ああ、勿論、こんな傍迷惑な少女に畏敬の念など抱かない。当たり前だ。
「あ~、その目。ミーフェがギルドにビビッてやらないと思ってるでしょ。ミーフェ甘くないから。特にお前みたいな新入りが舐めた口利いたら、裏路地でボコるって決めてるから。あ~、なんかムカついてきたなー。裏路地でボコっちゃおっかな~」
迷惑少女ホフナーは脅かすような言葉を発しつつも、その口元は僅かに弧を描いていた。
彼女は俺から発する空気を読み取ったのか、はたまた本能的に感じたことを元にただ喋っているのか。それは分からなかったが、それでもこの少女が今したいことや抱いている感情は何となく想像がつく。きっと色々と話をしたいのだろう。それでいて自尊心を満たしたいのだ。
おそらくだが、彼女は優越感に浸りたいタイプ、いや、というより正しくは、認められたい、尊敬を得たいというタイプだろうか。それでいて現在それが彼女の要求する量に対して不足しているのだろう。際限なく尊敬を要求しているのか、それとも尊敬される機会が少ないのか。需要過多か供給不足か、まあ、この少女の振る舞いを見るにたぶん後者だろう。勿論、前者も併発している可能性もあるが。なんとなくだが、彼女は人に尊敬される機会が少ないために攻撃的になり、人に絡むようになっているのかもしれない。
まあ、俺にはあんまり関係の無いことなので、できれば穏便に去りたいが……難しそうだな。ちょっと畏敬の念っぽい物をぶつければ態度が軟化して逃げられるかと思ったが、むしろ悪い方向に喜ばせてしまったようだ。策士策に溺れるって感じかも。いや、別に俺は策士ではないけれど。
「そ、その……すみません。舐めてるつもりはなくて、すみません。こちらに来たばかりで、よく知らないことばかりで……」
畏敬の念っぽいものを続行しつつ適当に言葉を作る。またナイフを出せれたらこちらも困る。八割方刺してこないと分かっていたとしても、ナイフを抜かれたら怖くて冷静でいられなくなる。なので、この迷惑少女は慎重に扱い、隙を見て素早く逃げよう。