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二章8話 恋心戦略①


 聖堂からだいぶ離れた事を確認し、走るのを止めて、ゆっくりと大通りを歩く。熱くなった体と頭を冷ましながらも、思考だけは回り続けてしまう。


 やはり、有り得ないという気持ちが強い。俺はそもそも、親しい人は作らないタイプだ。たぶんそれは人間不信が元だと思うが、それ以外にも単純に、他人を好きになるとか、愛するとか、そいう機能が普通に人間に比べて劣っているのではないかと思っていた。

 あの、尊敬できる、優しさと強さを兼ね備えたユリアのことでさえ、俺は信用していなかったし、たぶん好きだとは思っていなかった。

 いや、もちろん、ユリアの人格は好ましいもので、クリスクに戻り彼女と言葉を交わし、そして何年か一緒の時間を共有することができれば、そういう気持ちにもなったかもしれない。まあ、勿論、ユリアの方は俺のことをそういう対象としては考えないだろうけれど。


 まあ、とにかく長時間一緒にいれば、そしてその人が素晴らしい人であれば、想いを寄せることはあるかもしれない。

 しかし、俺は人間不信故に、そもそもあまり人とは関わらないし、同じ人とも長時間一緒にいることはない。だから、俺は恋や愛などとは無縁で生きてきたし、そしてこれからもそういった事は自分には起こりえないと考えていたのだ。それが、ほんの一瞬、顔を見て、言葉をかけられて、それだけで、こんなになってしまうとは。

 いや、なんとなく予感はしたのだ。彼女の声を聞いたとき、恐ろしいまでに惹きつけられるものを感じた。きっと姿を見たら、それどころではすまないと分かっていた。だから、その時は……、その時は、たぶん俺は、聖堂を去ろうとしていた。色々と理由を付けて去ろうとしていた、と思う。

 けれど、彼女が俺を止め、その言葉がまるで鎖のように俺を繋ぎ、結果的に彼女の姿を見ることになってしまった。そして、それがこのような結果を招いた。


 勿論、今更それについて、とやかく考えることに意味は無い。意味は無いけれど考えてしまうのだ。いや、やめよう。頭を振り、現状を考える。たぶんだが、最悪の事態は回避した。あのままリュドミラと一緒にいれば、きっと自分が抑えられなくなるほどに彼女の事を想ってしまうだろう。それは避けたかった。恋ばかり考えるというのは、いやそもそも一目惚れなどというのは、あまりにも『良くない』ことだと思うからだ。

 いや、勿論、他人が恋について考えるのは別に問題ない。恋に生きる人がいてもいいだろう。でも、それが自分というのは少し違う……いや、きっと嫌なんだろう。自分はそういうのではなくて、なんだろう、確実なリターンが欲しいのだろうか? 恋をしても、それにかけた労力や時間が報われるとは限らない、故に避けたいのだろうか。いや、それとも、恋という感情を抱いていないから、それを抱くことに対する未知の恐怖だろうか。あとは、単純に恥ずかしいというのもある。

 学生時代、恋をする人をよく見てきた。自分はしたことはなくても彼らを見れば、それがなんとなく恥ずかしいものだというのは感じられたし、場合によってはそれがさらに喜びに繋がったり、切なさに繋がったり、そして時には虚しさや怒りに繋がったりしていた。

 そういうものを見ていたからだろうか。恥ずかしさや喜び、切なさ、怒り、そういった強い感情に自身が煩わされたくないという思いもあるのかもしれない。強い感情は強いストレスになるし、人生の選択肢を誤らせる。『感覚』という特殊能力を持ち、さらには本来危険である遺跡に挑む身なのだ。選択肢を間違いたくはない。


 他にも、そもそも一目惚れが良いのかという問題もある。

 普通に恋をするのならまだしも……いや、今まで恋をしたことがなかった俺が言えた事ではないが、まあ、それでも、普通に恋をするのならまだしも、それが一目惚れというのはどうなんだという問題だ。

 やはり、恋というのは人柄だとか、一緒にいて楽しいだとか、そういう事が重要なのではないだろうか。勿論容姿が気に入るというのも、ある程度優先される事項かもしれない。けれど容姿、見た目が100%というのは、どうなんだろうという思いがある。

 そして、一目惚れというのは、たぶん、容姿が100%、容姿だけが好きになったと言える気がする。まあ、厳密にいえば、一目惚れというのは、声色や発声、仕草や姿勢、雰囲気などの要素も踏まえている気がするが、それでも、やはり『容姿』の影響が大きい気がする。特に相手があれほど美しい少女なのだ。自分は容姿に惹かれたと考えていいだろう。そう俺は、あの言葉では言い尽くせないような絶世の美少女の容姿に惚れているのだ。まだ会って僅かに言葉を交わしただけだ。リュドミラの事はほとんど知らない。

 厳密には、なんとなく『こういう人』というイメージはあるが、それもただの自分の短い人生経験上の統計的な分析に過ぎず、当たっているのかは分からない。占い師が初めて会った人の人柄を当てる程度の精度かそれ以下だ。人柄もちゃんと知らないし、一緒にいて楽しいかどうかも分からない。そんな相手に突然恋をするのは良いのだろうか?


 いや、良くないだろう。恋をすることも、それが一目惚れだということも。

 そもそも、自分はリデッサス遺跡街には目的を持ってきたのだ。そちらを優先して考えるべきだろう。いや、まあ、厳密には何か期限のようなものはないし、金銭的にも余裕がある。故に恋というものを優先しても本質的には特に問題はない。ないけれど……やはり、恋に対する不確定さや経験の無さゆえに避けたいと思っているのだろう。さらにそれが一目惚れというのも、個人的な価値観から受け入れがたいと思っているのだろう。

 そうすると、やはり気持ちとしては、恋を避け、遺跡関係に注力する方が良いのか?


 駄目だ。思考が上手く纏まらない。とりあえず一度ギルドへ行こう。リュドミラに『ギルドに行く』と言い訳したのだから、行っていなかったことが彼女の耳に入ることは避けたい。

 いや、勿論、俺がこの時間ギルドに行ったか行ってないかなど、誰も興味は無いだろうけれど……もしかしたら、俺はリュドミラに言った言葉を嘘にしたくないという思いがあるのだろうか? ああ、いや、それはさすがに考えすぎか? 俺は普段から自分の行動に嘘や矛盾点が無いかをある程度意識しながら動くタイプだ。つまりこれはリュドミラが原因ではない。普段通りの動きなのだ。


 僅かに落ち着きを取り戻したあたりでギルドが見えてきた。中に入り混雑具合を確認する。まあ、相変わらず混雑していた。日中の午後は、ほぼほぼ混雑していると考えていいだろう。ギルドの各施設の混雑具合を一通り確認した後は、ゆっくりと歩き宿へと戻った。資料館で何かを調べたり、売却コーナーの定点観測をするという手もあったが、どうにも熱が入った頭でする気にはなれなかったからだ。そう熱の入った頭だ。少しでも、時間があると、リュドミラの事を思い出してしまう。

 僅かな時間での交流――その最中に見せた数少ない姿や表情、それが何度も何度も頭の中で繰り返し流れている。今もそうだ。宿のベッドで横になっている中、意識していなくとも、彼女の端正な顔が自然と現れ、彼女の美しい声が耳元で今も響いているようだ。


 一度首を振り、ベッドから起き上がり、水筒から水を飲む。冷えていておいしい。少し頭も冷めた気がした。リュドミラへの思いを振り払うために別の事を考える。まずは今日知ったことのまとめよう。その上で明日の予定を立てなくては。


 今日知ったこととしては七つの遺跡の概要と午後の時間帯の各遺跡の出入りの状況だ。またそこから、俺にとっての探索の中心となる遺跡も導き出せた。

 七つの遺跡のうちの三つ――リデッサス遺跡・ニノウォ遺跡・ドロズル遺跡が今回の遠征の目的と相性が良さそうだ。遠征の目的である『感覚』の調査、富の獲得という二つの要素を満たしているからだ。まあ、能力検証は色々やっておきたいので、最終的にはクラツェフカ遺跡、ポドロサクリス遺跡にも潜る必要がありそうではあるけれど、それは遠征の後半で良いだろう。まずは三遺跡の攻略だ。特に人の出入りがクリスク遺跡並のドロズル遺跡は狙い目だろう。


 それと、まだ目を通してはいないが、七遺跡の地図も手に入れている。しばらくはメインの探索先となりそうな三遺跡の地図は少しずつ見始めておこう。せっかくだし、ドロズル遺跡の地図でも目を通しておくか? いや、今日は色々とあって精神的に疲れている気がする。明日からにしよう。そして明日の予定を決めたら、後は……一度寝よう。寝て、思考をリセットしよう。まだ日没前だが、そういう時があっても良いだろう。

 ん? あ、いや、この宿に泊まれるのは明日の朝までだったな。そうすると先に荷作りと明日泊まる宿の確認をしなくてはならない。というか、本来、教会に寄った後、ギルドに戻ってから、ギルド周辺の宿を予約しておくはずだったのだ。駄目だ。こんな基本的なミスをするとは……どうしようか? 正直、今日はこのまま寝落ちしたい。明日の朝動けば良いだろうか。ああ、いや、いっその事延長すればいいのだ。

 俺は宿の受付に行き、明後日まで借りる期間を延長できるか尋ねたところ、可能という返事をもらえた。金を払い延長手続きを済ませた後、再び部屋に戻り、ベッドに横になる。初めからこうすれば良かったのだ。宿については明日考えよう。

 まず、明日起きたら朝食を食べて、やる気が置き次第ギルド周辺へ向かい新しい宿を取る。他にもギルド周りの用事を済ませると良いだろう。やる気が起きなかったりしたら、ドロズル遺跡の地図でも見よう。まずは三遺跡に焦点を絞ろう。タイミングがあえば今度はもう少し長い時間入口を見張ろう。三遺跡に出入りする探索者の頻度をもう少し詳しく調べるのだ。とりあえず、こんな所だろうか……? あとは……あ、忘れていたことがあった。


 スイに手紙を出さなくてはいけないのだ。そしてそれをするには、リデッサスの教会――すなわち、またリデッサス大聖堂に行く必要がある。何となく行かない方が良いと思っていたが、行かないと手紙は出せない。だから教会には行く必要がある。

 いや、別にどうしても行きたくないわけではない。ただ、行けばきっとリュドミラの事を意識してしまうだろう。まあ、聖女と呼ばれている彼女はきっと忙しいだろうし、リデッサス大聖堂に行ったとしてそう簡単に会えたりはしないだろう。だから意識しようが、しまいが何か変わるわけでもないのだが…………まあ、それでもきっと行けば意識してしまうだろう。だって、行かなくても意識してしまっているのだから。


 まあ、手紙については、まず書くことから考えよう。そして書き終わってから大聖堂にどのようにアクションを取るか考えよう。そうすると、明日辺りに書き始めた方がいいかもしれない。きっと俺のことだから、色々と悩んだ上で手紙を書き、そして出すことになるだろう。

 つまり、スイの下に手紙が到着するのにだいぶ時間がかかってしまうだろう。あまり遅くなりすぎるとスイが心配してしまうかもしれない。だから、できるだけ早く取り掛かった方が良いだろう。明日書けたら書こう。


 だいたい明日やる事は決まった。宿の確保、手紙書き、地図の確認、それと、できればギルド周りの調査と三遺跡の現場調査だ。色々詰め込み過ぎたかもしれないので、全部できなくてもいいや、くらいで考えておこう。別に時間に追われているわけではないのだから。

 一通り考えるべき事を考えた後、目を瞑った。まだ日没前だ。故に夕食も食べていない。きっと夜中に起きてしまうだろうが、まあそうなったらそうなったで良いだろう。幸い、旅用の保存食はまだある。途中で起きたらそれを食べたりしよう。兎に角今は一度寝よう。寝て気持ちと思考を綺麗にしたい。このままの思考のまま時間を経過させたくないのだ。


 眠りにつくまでの僅かな時間。空白の時間だ。何も考えないようにするが、そうすると、再び、あの絶世の美少女の姿が頭の中によぎった。それを打ち消そうと、明日やるべきことを頭の中で復唱する。何度も何度も復唱し、リュドミラの事を頭から追い出すことで、ようやく眠気がやってきた。願わくば、明日はもう少し調子が良くなっていますように……



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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が拗らせてたおかげで何とか正気保ってる感ありますね
[気になる点] マジのマジで一目惚れなのか… マジか… [一言] スイさんがダシに使われてて悲しい…
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