一章1話 持ち込み
クリスク遺跡。数ある遺跡の中でも屈指の深さを誇り、その虚空へと続く入口は、今日も探索者たちを飲み干さんとしている。
危険を省みずに遺跡へと潜る探索者たち――ある者は名誉を、ある者は富を、そしてある者は明日の生きる糧を求め、今日も危険な洞穴へと潜っていく。遺跡への探索とともに発展していったクリスクの街並みは無秩序だが、活気だけならばどの街にも負けないであろう。
昼下がりの今、多くの探索者たちは遺跡へと潜っている。それ故、クリスク遺跡街のギルドは閑散としていた。夕方には探索者たちが戦果を富に換えるために賑わう買い取り窓口も、束の間の平穏を取り戻している。そんな中、軽装の男が一人、静けさと同化するかのように、買い取り窓口へと現れた。
「買い取りですか?」
「ええっと……はい、ちょっと遺跡の方で見つけてきて……もしできれば買い取ってもらいたいんですが……」
明らかに不慣れな態度の男に、ギルドの若い職員はにこやかに笑いながら対応した。男のように遺跡の経験が初めてという者も珍しくはないからだ。
「生物系ですか? それとも非生物? 生物系でしたら、あちらのカウンターで対応します」
「……生物、というより植物みたいなやつです。いい感じに光ってる感じで、コレなんですけど」
そういって、男がバックパックから取り出した不思議な光を放つ植物を見て、職員は怪訝そうに目を細めた。
「少し状態が悪いようですが……」
職員が指摘するように、男が出した植物は所々傷ついており、茎は半ばで折られていた。
「根の部分が堅くて、引っこ抜くしかなくて」
「ああ、それは、皆さんよくやりますね。2階で採取用の道具がありますので、もしよろしければ、ご購入をお勧めします」
男が「ええ、見てみます」と軽く答えると、職員は再び目線を植物へと戻した。
「……しかし、あまり見ないタイプですね。少々お待ちください。図鑑を持ってきます」
職員が一度カウンターを離れると、男は困ったように植物を持ちながら辺りを見回した。窓から入る光が反射して、男の顔に当たった。大きな室内は普段はもっと多くの人で賑わうのだろうが、今の時間は人は姿は皆無であり、窓の光を遮るものは無かった。男は不安そうに手に持つ植物を見た後、職員が去った方向を見ていた。
数分して、職員が大きな図鑑を持ち戻ってきた。そして、図鑑をカウンターに置き、さらに数分して、男の持ってきた植物を図鑑から見つけ――硬直した。
「――え。嘘。【ルカシャの灰】……いや、灰になる前の【ルカシャ】……? ど、どこでこれを?」
職員は驚愕の表情を浮かべ、手は小刻みに震えていた。対して、男のほうは、どこか気まずそうにしながら、職員を見ないように目を逸らした。
「…………遺跡の中にありましたよ?」
「何層ですか!? 何層で?」
悲鳴のような声が、男に食いついた。
「い、ああ、いや………………ある程度、潜っていて、数えるのをー、何と言うか、忘れてしまって……すみません」
男は一度、何かを口にしようとして、黙った後に、困ったように言葉を吐いた。
「そんな――! いえ、とにかく、少し待っていてください。今、ルカシャの鑑定をできる者を連れて来るので!」
慌てたように何処かへと走っていく職員を見届け、再び一人になった男は呟いた。
「……なんか大変な事になった。どうするか……」
男――藤ヶ崎戒は、なぜこんな事になったのかを振り返った。