乙女ゲームのモブ令嬢、マリア・トルースの日記
「——!! お前との婚約を破棄する!」
遠くから聞こえてきたその言葉に、私はうっかり口から飲み物を吹き出しそうになった。
ちょ、今なんて言った!? 聞き間違い!?
「おい、なんだ聞こえなかったのか!? お前との婚約を破棄すると言ったんだ!」
うわぁ、聞き間違いではなかった。
私、マリア・トルースがいるこの場はあちこちが綺麗に飾り付けをされた華やかなパーティー会場だ。
私が今年から通い始めた王立学園の伝統ある卒業記念パーティー、のはずだった。
それが今、誰かによってぶち壊されようとしている。
卒業生たちの表情を見ればこの騒動に非常に困惑しているのがわかる。
その困惑の視線の先には、主役である自分たち卒業生を差し置いて目立つ人物たちが。
「待って、このゲームに婚約破棄イベントとかないからね?」
そう、ここはゲームの世界。
私は乙女ゲームの中へ異世界転生とやらをこの身を以って体験してしまったのである。
◆◆◆
"私、ゲームの世界に転生してる"
そうわかったのは父親から学園への入学案内を渡された時だった。
前世の記憶は物心付いた時からあった。
別に頭を打ったわけでも、ショックな出来事があって熱を出して寝込んだわけでもない。
ましてやゲームの中に転生したいとか、異世界に飛ばされたいとか願ったことなど一度もない。
死んだ覚えもないのに、気が付いたらこの世界で当たり前のように過ごしていた。
前世の最後の記憶はなんだったっけ?
あ、そうだ。いつものようにゲームをプレイして、セーブ画面を開いたところだった。
セーブ画面でモブの女の子が"記録をしました"と言っていたっけ。
まさか最後にプレイしていたその乙女ゲームの世界に転生するなんて思わないよね。
それに私、モブだし。
この世界の私の名前はマリア・トルース。
ど田舎にある伯爵家の長女として生まれた。
見た目も家柄も良くも悪くも普通。
あの乙女ゲームに、マリア・トルースという人物は記憶にない。少なくとも登場人物たちの紹介には出ていなかった。
だからモブだと判断することができた。
見た目も茶色の髪に、茶色の瞳。ザ、モブ。
どこからどう見てもただのモブ令嬢。
あの乙女ゲームは好きだったし、近くでヒロインたちのイベントが見られるなんてラッキー! ぐらいの気持ちで学園へと通えばいっか、と軽く考えていた。
ヒロインとの最初の出会いは入学式の日だった。
話は約一年前の入学式へと遡る。
◆◆◆
——入学式の日。
「うわぁ、スチルと一緒だ!」
目の前には何度もゲーム画面で見た、王立学園の正門。
ここでヒロインは攻略対象者と待ち合わせをしたり、帰宅イベントなどをしたりしていた。
その時に使われていたあのスチルそのままだった。
どきどきしながら門をくぐり、感激しながら歩いているとふと、とあることに気が付いて立ち止まった。
あれ、今年って何年? そもそも私と同じ年にヒロインが入学するっていう保証、ないよね?
え、もしかして卒業しちゃった後とかじゃないよね?
これは早く入学式で確認をせねば! と、もう一度歩き出そうとしたその時、私の肩にぶつかってきた人が。
「きゃっ、ご、ごめんなさいっ」
可愛らしいその声は聞き覚えがあった。何度も聞いた、あの有名声優さんの声と同じだった。そう、まさにヒロインの声のそれだった。
私は高鳴る胸を抑えながらぶつかってきた女の子を見た。
「あ、いえ、こちらこそすみま……」
そこまで言って、私はピタリと止まった。
ヒロインのあまりの可愛さに言葉を失う。さすがヒロイン。なにこの可愛さは?
ピンクの髪にピンクの瞳。どこからどう見てもザ・ヒロイン。
「本当にごめんなさいっ。あの、私はオフィーリア・アルコットと申します。もともと平民だったんですけど、アルコット子爵家の娘だと分かって……。それで今年からこの学園に入学することになったんです。あまりの嬉しさにきょろきょろしちゃってました。あ、あなたのお名前をお伺いしても……?」
さすがヒロイン。聞いてもいないのに勝手に可愛らしく自己紹介をしてくれる。
「私はマリア・トルースです。私も今年入学なんですよ。あの、よかったら……」
よかったら一緒に入学式が行われる講堂に行きませんか? と聞こうとしたけれど、オフィーリアは何かを考えているようで私の声が届いていなかった。
「マリア・トルース……? 知らない名前だわ」
「え? えっと、そうですね、初対面ですから」
私はヒロインの名前を知っているけれど、ヒロインからしたら私はただのモブで、一度も会ったことがないから名前なんて知らなくて当然だろう。
「——、」
オフィーリアは小さな声で呟いたため、何と言ったのかよく聞こえなかった。
「え? 今何か……?」
「ごめんなさいっ、私、急いでるのでもう行かなきゃ」
オフィーリアはにこりと笑い、それだけ言うと足早に行ってしまった。
「う、うん? あれ?」
少しだけ引っかかりを覚えたけれど、私も急がないと入学式に遅れてしまう。深くは気にせず私も講堂へと向かおうとしたら後ろから声を掛けられた。
「マリア」
私に声を掛ける人なんて一人しか思い浮かばない。
周りに何もないど田舎に引きこもっていた私には知り合いどころか友人などいないからだ。一人を除いては。
「あ、ジーク」
声を掛けてきたのはジークだった。
ジークは私の父親の上司の息子。まぁ、幼馴染とも言えるかな? なぜかど田舎の伯爵家まで、父親にくっついて遊びに来ていた変わり者。
ちなみにジークのお父様に「嫁に来るかい?」なんて冗談を言われて笑い流したこともあるほどの仲ではある。
「マリア、迎えに行くと伝えたのにどうして先に行ったんだい?」
「え、あぁ、ごめんなさい。学園に行くのが楽しみで待ちきれなかったの」
嘘はついていない、嘘は。
ここに来るのが楽しみすぎて昨日眠れなかったぐらいだから。ついうっかり忘れてしまった。
私は高等部からの入学だったため、まだ王都に来て日が浅いのだ。
「ふぅん、そう。ところで今話していたのは知り合い?」
「いや……ちょっとぶつかっただけだよ」
「ぶつかった、ね」
「え? うん。私がこんなところに突っ立ってたから……」
「あの人、君以外にもぶつかっていってたよ。危ないから気を付けて」
いってた? あれか、ヒロインはドジっ子属性なのかな?
それにしてもジークはそんなにヒロインのことを見ていたのね。ジークは攻略対象ではないけれど、ヒロインのあまりの可愛さに射抜かれちゃったのかしら。
「ジークはさっきの子のことが気になるの?」
「どうしてそうなるのかな?」
私がそう聞くとジークは怒りながら講堂へと先に行ってしまった。
◆◆◆
入学式から一週間が経った。
今日は大切な日。
そう、ヒロインと攻略対象者の出会いイベントが発生する日だ。
私に起きるイベントではないのに朝からそわそわしていた。
そして放課後、私は今とある人物を探している。
あっ、いた。ヒロイン発見。
ヒロイン、オフィーリアは学園の庭園にいた。しゃがみこんで一生懸命何かを拾っていた。その姿はちょっとだけヒロイン像から離れている。
オフィーリアに気付かれないように私はとある場所へと向かい、隠れた。
なぜ隠れたのかって?
乙女ゲームの中に転生したのならやることは一つ。
空気のようにヒロインたちのイベントを影からこっそり見守ること。ストーカーではない。見守っているの。もう一度言いますが、ストーカーではない。そして頭のおかしな人でもない。
だって、見たいじゃない。
ゲームの中で起きたイベントが直接見られるなんて、転生したことでの特権のようなものだ。
ヒロインと攻略対象者たちのイベントをこの目で見ないでどうするの。ゲームファンとして見過ごすわけにはいかないのよ!
え、自分が攻略しないのかって? いやいやいや、それとこれとは話が違うんですよね。自分が体験したいとかじゃない。攻略するのはヒロインであって、私ではない。
さて、気を取り直しまして。
今日はヒロインと攻略対象者が廊下でぶつかり、はじめてお互いを知るというイベントだ。
ゲームのヒロインは、前を見ていなくてうっかりぶつかってしまうというハプニングだった。
そう、故意ではなくうっかり。
運命的な出会いのはずだった。
だがしかしどうだろうか。
隠れていた場所へやってきたヒロインのオフィーリアは何やら様子がおかしい。
私が影からこっそり見ているオフィーリアは周りをきょろきょろと確認している。廊下の角から向こう側を何度も覗いては落ち着きがない。まるで誰かが来るのを待っているかのよう。
いやいやまさか。
そんなはずは、と信じたい。
けれどオフィーリアの様子から誰かを待っているのは明らかだった。
運命的な出会いをするために、ヒロインは陰でそんな努力(?)をしていたのね。知らなかった。
いや、まぁ、出会いのきっかけを自ら作るのって大切だもんね。
不思議に思いながら待っていると、オフィーリアのお目当ての相手が廊下を歩いてくるのが見えたのか気合を入れた。
攻略対象者(?)第一王子、ユークリッド。
ヒロイン、オフィーリア(デフォルト名)
今、初めて二人が出会う————!!
って、あれ、ちょっと待って!?
ここでのイベントってユークリッド殿下ではなくて、攻略対象者Aである第二王子のセシリオ殿下のはずでは!?
なぜか違う王子に変わってしまっている。
もしかしてこのあと続けてセシリオ殿下がくる、とか?
セシリオ殿下は王立学園の中等部に通っている。だから、ここ高等部で会うことはあまりない。
いやもしかして、オフィーリアはユークリッド殿下狙いとか?
オフィーリアは髪と制服をささっと整えた。
あー、見ちゃいけなかったやつかも。
もうすぐユークリッド殿下が角までくる、とドキドキしながら様子を窺っていると、さらにおかしなのを見てしまった。
ぶつかる直前、オフィーリアはポケットから花びらを取り出した。なぜか花びら。いや、なぜ?
そしてばさっと周りに花びらを勢いよく振り撒いた。
それ、さっき一生懸命拾ってたやつでは……。
その花びらが宙に舞う中、ヒロインと王子はぶつかった。(オフィーリアが一方的にぶつかりにいった)
運命の出会い。
見つめ合う(?)二人の視線。
そしてはらはらと舞う花びら。
そうそうこれだよ! このシーン! まさにゲームのスチルで見たものと一緒だった。(なぜか違う王子だけど)
それにしてもスチルにあった花びら(あくまでイメージ)を実際に自ら作り出すとは思わなかったけれど。
「きゃっ、ご、ごめんなさいっ」
可愛らしいヒロインの声。私の大好きな有名声優さんが担当していたから当たり前なんだけれど。
さすが王子、と言うべきだろうか。倒れそうになったヒロインの腰にとっさに手を当てて転ばないよう抱き止めたではないか。
わぁ、かっこいい。これは誰でも惚れてしまうだろう。あ、私は違いますけど。
「こちらこそすまない。怪我はないだろうか?」
「は、はいっ。大丈夫です! ごめんなさい、私急いでて前を見ていなかったんです……」
目をうるうるとさせているヒロイン。
いや、あなたそこで待ち構えてましたよね?
「あの、お礼に今度……」
「まったく、誰だ? こんなところにゴミを散らかした者は」
王子はヒロインからさっと手を離す。今あなたがゴミだと言ったのは目の前のヒロインがあなたとの出会いを演出するために撒いたものですよーと。
「え、あ、そうですね……」
「君も、廊下を走ったら危ないから気を付けた方がいい」
そう言って王子は魔法を使ってすべて燃やしてしまった。ヒロインが王子との出会いを期待しながら一生懸命集めたであろう花びらをゴミと言って。
そして王子はオフィーリアに振り向くことなくそのまま行ってしまった。
残されたオフィーリアはその場でぽかーんとしていた。
「いたた、砂が目に入っちゃった」
目のうるうるはまさかの砂のせいだったらしい。拾った花びらに砂が付いていたんですね……。
けれどオフィーリアは気を取り直すとすぐに表情を変えその場を離れた。
そんなやりとりを陰から見ていた私は今の出来事を日記へと書き写していた。
せっかくだから思い出を残さないとね!
本当は映像石を使って記録したかったけれど、それはさすがにプライバシーの侵害になるからね。やめておく。
え、覗きをしている時点でプライバシーもあったものではないと? まぁ、そこは許して欲しい。
いやー、まさかヒロインがこんなことするなんて思わなかった。なんかちょっとヒロインのイメージが変わるなぁ。
でも、自分から出会いを作りにいくのは別に悪いことではないし、ね。うん。
なぜか不安を感じるモヤモヤがあるのは気のせいだよね?
と、こんな感じで私はイベントを盗み見ては日記へと残していた。
◆◆◆
それから二ヶ月後。
今日はサブイベントが起こる日。
私がヒロインへ抱いた違和感が確信へと変わってしまった日だった。
私はいつものようにヒロインと攻略対象者が来るのをこっそり隠れて待っていた。
今日の相手は攻略対象者C、公爵家の長男であるガイアスだったかな。
今回のイベントはヒロインであるオフィーリアが試験勉強のため教室に残っていると、忘れ物をとりに来たガイアスと二人きりで勉強をすることになる、というものだ。
誰もいない教室。(用具入れに隠れている私)
そこへオフィーリアがやってきた。
そして私は目の前で起きた光景に驚いた。
オフィーリアがいきなり自分の教科書やノートなどを破き始めたのだ。それはもう原型が分からないほどに。
(え、ヒロイン何をやっているの……?)
今回は勉強をするというイベントのはずだ。あれでは勉強などできない。意味が分からず様子を見守っていると、オフィーリアがいきなり声を出して泣き始めたのだ。
(え? え? え?)
そこへタイミングよく教室へとやってきた攻略対象者のガイアス。
ガイアスは一瞬驚いた後、急いでオフィーリアへと駆け寄った。
「オフィーリア? どうしたんだ、これはいったい……?」
机の上にある破れた教科書たち。
泣き続けるオフィーリア。
現れた攻略対象者。
そうして舞台は整えられていることに気が付いた。
「まさか、誰かにやられたのか?」
「うっ、ふえぇぇん、」
(ちょっと、なにが、"ふえぇぇん"よ!)
「あぁ、誰がオフィーリアにこんなひどいことを! とりあえず先生に報告しに行こう!」
泣きながら首を横に振るオフィーリア。
「言わないのか? え、問題を大きくしたくない? 迷惑をかけたくない? そんな、なんて、なんて優しい子なんだ」
(え、ガイアスってバカなの?)
「そうだ、ここに来る前に会ったのは……」
勝手に推理を始めるガイアス。
そう言ってガイアスが考え込む。
「うーん、ユレイアと——」
そこでオフィーリアはわざとらしく大きく体を震わせた。
「え、まさかユレイアなのか!?」
「ふえぇぇん」
「まさか、ユレイアがこんなことを?」
「い、いえ、違いますっ、ユレイア様ではありませんっ」
そりゃそうでしょう! だって破いたのはオフィーリア、あなた自身じゃないっ!
「ユレイア様はっ、私と、ぐすっ、ガイアス様が最近仲がいいのが……くすん、気に入らないみたいでぇぇ……ふえぇぇん」
「なんだと、嫉妬してこんなことをするなんて許すわけにはいかないっ」
「いいえっ、私は大丈夫ですっ、くすん」
「いや、こんなことをされて黙っていてはいけない。さぁ、オフィーリア」
「くすん、私は大丈夫なのにぃ」
二人は手を取り合ってどこかへ消えてしまった。その姿を見てなんだか寒気がした。
「え、いや……今のはいったいなんだったの……」
というか、"ふえぇぇん"と"くすん"って言葉で言う人初めて見たんですけど。
私は手に持っていた日記帳をくしゃりとにぎり潰してしまった。
とりあえず周りに気を付けながら私も急いでこの場を離れた。知らない人がこの光景を見たら私がやったと誤解されかねない。人に会わないよう慎重にこの場を離れた。
どう考えてもヒロインの行動はおかしかった。
あれはゲームとはあきらかに違う。
……もしかして、ヒロインのオフィーリアも転生者、とか?
だってヒロインっていうのは誰にでも優しくて、曲がったことが許せなくて、どんな困難も乗り越えることができる正義感の強い子のはずなのに。
あれではまるで誰かを陥れる悪役ではないか。
なんかおかしいな、とかわざとらしいな、ということは今までもあったけれど、今日のはひどい。
私は王都にある自宅へ戻ると、日記帳へと今日の出来事を書き殴った。
誰にも言えないこの落胆した気持ちを。
◆◆◆
けれど、昨日の出来事がきっかけで私にも友人と呼べる人ができた。
翌日。
不安に思いながら次の日教室へ行ってみると、すでに修羅場のような展開になっていた。
「だから、最後に見たのはお前だと言ってるだろう」
声を荒げているのはガイアスだ。その隣で目をうるうるさせながら立っているのはオフィーリア。机の上にはあの時の破られた教科書たち。
その二人と対峙しているのは昨日名前を挙げられたユレイアだった。そのユレイアは表情を変えることなく淡々と答えていた。
「ですから、私は授業が終わった後に教室には行っていません。確かに昨日あなたと会いましたが、ここから離れた場所だったではありませんか」
「その前にやったかもしれないだろう」
「はぁ。それまで私はずっと生徒会室におりましたわ。授業が終わってから友人とそのまま生徒会室に行きましたもの。友人や生徒会のみなさまに聞いていただいてもよろしいんですよ? そもそもこのようなことをする理由など私にはありませんわ」
「なんだと?」
「ガイアス様、いいんですっ。私、大丈夫ですからっ! くすん」
なんだこれは。
クラスメイトたちはこのやりとりを静かに見守っていた。ユレイアを助ける人がいないとかいうことではなく、あまりにも馬鹿げた展開にクラスメイトたちは呆気に取られて思わず見守っていた、というのが正しいだろう。
この中でユレイアがこんなことをすると思っている人はまずいない。あの二人はユレイアがどれだけ人望厚い人か知らないのだろうか?
「あぁ、泣かないでくれ、オフィーリア」
「くすん、くすんっ」
え、まだ言ってる。
さてこの場をどうしようかな?
私は昨日の現場を直接見ているからユレイアのために証言ができる。
ただ、それを証明することができない。
それに、用具入れに隠れて何をしていたのかと聞かれたら困ってしまう。
閉じ込められた、とか?
よし、それでいこう。何とかなるはずだ。
「あの、」
と、話し掛けようとしたが、ガイアスの声にかき消されてしまった。
「おい、ユレイア。黙っていないで何とか言ったらどうなんだ?」
「では生徒会のみなさんに証言をしてもらいましょう」
だめだ、あちらで話が進んでいってしまっている。というよりも、私の扱いはその他大勢の一人でしかない。
さすがモブ。話の中に入れない……!
こんな時にモブの力を発揮するなんて。
「マリア、教室に入らずこんなところでどうしたんだい?」
後ろから声を掛けてきたのはジークだった。
私はその姿を見てほっとした。
ジークに今起きていることを説明した。
すると——。
「ちょっといい? 私が見たことを話しても?」
ジークの心地の良い低めの声が教室内に響き、みながこちらを一斉に見た。オフィーリアの"くすん"も止まった。
「なんだ、ジーク。何を見たと言うんだ?」
ガイアスはジークを睨み付けた。この場にいる人たちの中で公爵家のガイアスと互角に言い合えるのは侯爵家のジークぐらいだろう。
「だからユレイアは生徒会室にずっといたことだよ。それに、教室に誰がいたかだっけ? 用があって近くを通ったんだが、私が見た限りではそこにいるアルコット令嬢が——」
「あぁ、ジーク様! だ、大丈夫ですから! それ以上無理にお話しされなくていいです!」
オフィーリアの言葉によってジークの話は遮られた。オフィーリアはジークの言葉から何かを察したようで、それ以上話をしてほしくないようだ。
「それはダメだろう、オフィーリア。こんなことをしたのがいったい誰なのかしっかりと——」
「いえっ、本当に大丈夫です! ほら、もしかすると何か……そう、誤解があったのかもしれませんし!」
いや、オフィーリアさん。誤解って無理があると思いますが……。
「あのぉ、私もユレイア様は教室には立ち寄っていないと思いますよ?」
とりあえず、援護射撃をしなければ。
ジークに続き、私が口を出したことで他の生徒も話し始めてくれた。
「そ、そうですよ! ユレイア様がこのようなことをするはずがありませんわ」
「そうですよ、生徒会であるジーク様が証言されていることですし……」
え、ジークも生徒会入っていたの?
この状況がまずいと思ったのか、オフィーリアは慌て始めた。
「ガイアス様、無闇に人を疑ってはいけないと思います! 私、何度も大丈夫ですって言ったのに……くすん」
えぇ、まさかのガイアスに責任を……?
「わ、悪かったよ、オフィーリア。この話はやめよう。な?」
「くすん、わかってもらえて嬉しいです!」
という茶番を終えたオフィーリアはそそくさと教室から出て行ってしまった。
体調不良で早退したらしい。
そのあとユレイアに話しかけられてお礼を言われ、そのまま友人になることができた。
◆◆◆
そうしてユレイアとは放課後に一緒にお出かけをするまでの仲になった。
あれからもオフィーリアはいろいろとやらかしていった。それに伴い私とユレイアの仲が深まったのは良いことなんだけれど。
ヒロインが転生者なのかは結局はわからなかったけれど、ゲームの中のヒロインとは違うということだけは確信した。
こんなことがあと二年以上続くの? とただただ不安になる。
けれど、その不安がまさかすぐにやってくるとは思わなかった。
だって、このゲームの最終イベントは三年目の卒業記念パーティーのはずだったから。
イベントって最初は小さなことから始まり、順当にイベントをこなしていき、最後に大きなイベントが発生するわけで。
まさかその大きなイベントが、一年目の卒業記念パーティーだなんて思わないじゃない!?
だって、そもそも卒業記念パーティーは卒業生のためのものであって、まだ一年生であるオフィーリアのためのものではない。もちろん参加しても主役になってはいけない。
ましてや、その卒業記念パーティーを断罪パーティーにしてはいけないのに。
念のために言っておくけれど、あの乙女ゲームに悪役とか出てこないから。
パーティーで断罪されるイベントとかないから! あれはきゅんきゅんするゲームだから!
だから、目の前で行われていることにただただ驚いた。
「——!! お前との婚約を破棄する!」
遠くから聞こえてきたその言葉に、うっかり口から飲み物を吹き出しそうになった。
ちょ、今なんて言った!? 聞き間違い!?
「おい、なんだ聞こえなかったのか!? お前との婚約を破棄すると言ったんだ!」
うわー、聞き間違いじゃないよ。え、何が起きてるの? そのセリフってあれだよね? 某小説サイトで流行ってる悪役令嬢の断罪シーンで言われるセリフだよね?
なんで? このゲーム、断罪シーンとかありませんけど? ないからね、本当。
不思議に思った私は声の聞こえる方に近づいて様子を見ることにした。
多くの人が見ている方に顔を向けてみると——。
「えっ、ユレイア!?」
そこには私の友人である、ユレイア・アルフォードが婚約者(?)にビシッと指を向けられていた。
ちょっと、私の友人になに指なんて向けてるのよ! と声を上げようとその先にいる人物を見て驚いた。ただただ絶句。
そこには公爵家の長男であるガイアスがオフィーリアと一緒に立っていたからだ。ちなみにオフィーリアの腕はがっしりとガイアスの腕に絡みついている。
あの、あなたたちが立っているその場所は本来別の方たちの場所なんですけど。一年生がそんな目立つところに立ってはいけないですよ!?
卒業生の三年生はあまりの出来事にポカーンと見ている。
「おい、ユレイア。何を黙っている? 何か言ったらどうだ? 俺はお前との婚約を破棄してオフィーリアと結婚する」
えー。なにを言っているのかこの人は? それはユレイアも同じだったようで、冷たい視線を目の前にいる二人に向けている。
私とユレイアは今、同じことを思っているはずだ。
"そもそも婚約してませんけど?"
と。
もう一度念のために言いますが、あの乙女ゲームは純粋に恋愛を育んでいくゲームだから、攻略対象者に好きな人はおろか、恋人も婚約者設定もありませんから!
だからそう、ユレイアとガイアスは婚約などしていない。ガイアスが一方的にユレイアに言い寄っていただけのはずだ。(これもどうしてそうなってるのか知らないけど)侯爵家であるユレイアが、公爵家であるガイアスを無下にできなかっただけだ。
ちなみに、秘密にしているがユレイアは正式に交わされた婚約者がいる。(ユレイアもその相手も攻略対象ではないのでこれは大丈夫!)
私はその本物の婚約者をチラッとみる。
あ、やばい。かなり怒ってる。立場上、表情は崩していないけどものすごーく怒ってる。怖い。
手に待っているグラスがピシッと割れそう。
「ユレイア、お前がオフィーリアをいじめていたことはみなが知っている! 今ここで謝罪するんだ」
いや、ユレイアいじめなんてしてませんけど……。むしろ問題を起こしていたのはオフィーリアの方ですけど……。
というか……どうしてオフィーリアはガイアスとくっついたの? 他にもいたじゃん、まともな攻略対象者が。なんでガイアス?
あぁ、でも。これで良かったのか。
他のまともな攻略対象者に失礼だよね。
ちょっとズレてるお二人はお似合いだよ!
もしかして——。
そう思い、オフィーリアを見る。その表情はとてもヒロインらしからぬものだった。この場の雰囲気を心底楽しんでいる表情だ。
「はぁぁ……」
そこでユレイアは大きなため息をついた。
「な、なんだその態度は」
「ガイアス、そもそもですが私はあなたと婚約した覚えはありません」
「なんだと?」
「私には関係ありませんのでお二人が婚約したいのでしたらどうぞご勝手にしてください。それに、何度も申し上げましたが私には婚約者がおります。ですのでこういったことは非常に迷惑なのです」
ガイアスは恥をかかされたと顔を赤らめて怒っている。
「相手の名も言えぬ婚約など嘘だろう。まぁいい、早くオフィーリアに謝罪をするんだ」
「身に覚えのないことを謝罪などできません」
「お前に覚えがなくとも、こちらには証拠があるのだぞ?」
「……その証拠とは?」
え、まさかあれ言っちゃう? 定番のあのセリフ言っちゃう?
「オフィーリアの証言こそなによりの証拠だ!」
い、言ったーー! 言ったよ!
ガイアス、ドヤ顔してんな。
ヒロイン、顔がニヤニヤしてるの見えちゃってるよ! この状況を楽しみすぎでは!?
あぁ、まずい。ユレイアがキレそう。あっちにいる婚約者もキレそうなんですけど!?
ねぇ、この茶番はなんなの?
どうしよう? どうする!?
モブの私はいったいどうすれば!?
「なら、こちらも証拠を出せばいいのでは?」
そう言葉を発したのはユレイアの婚約者の隣にいた人物だった。その人はユレイアの目の前までゆっくりと歩いていった。
それは私の幼馴染、ジークだった。
「ジーク、証拠とはなんです?」
ユレイアもなんのことかわからないようだ。
今更だけれどジークはユレイアとも幼馴染だ。幼い頃からのユレイアを知っているだなんてジークのことが実に羨ましい。
「証拠、出せばいいんだよ。ね?」
ね? となぜかジークはこちらを見ながら微笑んでいる。
え?
ジークはゆっくりと私の方へと歩いてくる。いやいやまさか、と思うけれども視線はばっちりと合っている。
なぜかこの場から逃げた方がいいと思ってしまい、一歩、また一歩後ろへと下がる。
ジークが私の目の前まで来ると、なぜか手を差し出した。
「えぇ、と。ジーク? 何か……?」
「いやぁ、ほら。友達が困ってるでしょう? 助けてあげないと」
「え、それは、そうですけど……」
困っている友達は助ける。それはそうだけれど、正直なところ、ユレイアは私の助けなど必要ないだろう。だって、いろいろとお強いから……。
なぜかジークはにこにこと微笑んでいる。なぜ。その笑顔、怖い。
パチン、とジークが指を鳴らすとどこから現れたのか執事が銀のトレイをもって現れた。
いや、なぜここに執事が!?
「はい、これが証拠ね」
そう言われてトレイにのっていたものを見るとと、そこには見慣れたものがのっていた。
「(ああぁぁぁ!!)」
私は声にならない叫び声を上げた。
私はそれを急いで手に取ろうとした。けれど、先にジークによって奪われてしまった。
「いやいやいや!? なぜ!? どうしてここにそれがあるの!? え、なぜ!?」
私はパニックになってしまう。
ジークが手に持っているもの。
それは私の日記だった。
私室に置いてあるはずの、私の日記。
「ジーク、どうしてそれを!? と、とにかく返してくれる!?」
「それは無理かなぁ。だってこれ、証拠だから」
「証拠!? なんの!? それは私のプライベートなものです!」
「うん、それは知ってるよ。日記でしょ?」
「な、なんで……知って……ちょっと、いいから返してよ!」
「あ、素がでてるよ?」
「か、え、し、て!」
学園内では大人しく、貴族のご令嬢らしく頑張って振る舞っていた私の努力が今ここで崩れ去った。
ジークの手から日記を取り戻そうとするけれど、背の高いジークから奪い返すことなどできるはずはなく。
「ジーク、それが証拠なんですか?」
ユレイアは不思議そうに見ている。
「あぁ、"マリア・トルース"の日記だ」
「あら、まぁ」
ユレイアはふふふ、と笑みを浮かべている。なぜかジークは私のことをフルネームで言った。
トルースを強調していた気がする。
「ジーク、何をしているんだ? それはマリア嬢の日記なのかい?」
「あ、殿下……」
「学園内では殿下じゃなくて、名前で呼んでほしいな」
この人はこの国の皇太子、ユークリッド殿下だ。
そう、ユレイアの秘密の婚約者。
我慢できずにここまで来てしまったのだろう。
「マリアはトルース家の者だからね。この日記はトルース産だろう? あぁ、うん、紙が普通のものとは違うね。間違いない」
「え? それは……そうですけど……いや、どうして知って——」
「あぁ、マリア嬢はトルース家だったね。うん、たしかにこの日記からは魔力を感じるね」
いや、二人とも私の話聞いてください?
私の日記はトルース家で作られている特殊なものだ。もともとは日記ではなく、ただの紙だっだものを私が日記帳にしたのだ。
いや、だからそれがなんだというんだ……?
「え、マリア。もしかして知らないの?」
「え、何をです?」
「トルース家の能力のことだよ」
はい? なんのことを言って……。
「トルース家には不思議な力があってね? 嘘を書くことができないんだ」
「嘘を……?」
「そう、嘘をね。この日記はトルース家の魔力がかかっているんだ。これにトルース家の人間が文字を書くと真実しか書けなくなるんだよ。本当に知らなかった? 君の父親の仕事ももしかして知らないなんてことある?」
「え、えっと、父は法務部で働いてますけど……手が腱鞘炎になるって毎日嘆いて……」
お父様が右手を摩りながら涙目になっているのを見たのは一度や二度ではない。
「トルース伯爵以外には任せられないような重要な書類を毎日ひたすら書き続けているからね」
「あれ……もしかしてまだまだお元気だったお祖父様が早々に爵位をお父様に譲られて領地にこもってしまったのも……」
なぜか爵位のことでお父様とお祖父様がもめていた。父はまだ早い、と。祖父はもう嫌だ、と。
「あぁ、父曰くマリアのお祖父様の夢は書類に囲まれた生活をやめ、田舎での隠居生活だったとかなんとか」
「それでお祖父様は今、生き生きと過ごされているの? はっ! まさか、私のお兄様が頑なにペンを握らず剣を握ったのも……」
「それほどあの仕事が嫌だったのかもね?」
え、そんな、もしかしてそういうこと?
「そういうことだね」とジークは微笑む。ジークの隣にいる殿下も「君の父上にはいつもお世話になっているよ」と、なぜかいい笑顔をむけてくる。
「知らなかった……」
「きみはたしか、ずっと田舎——じゃなかった、領地にいたから知らなかったのかもしれないね。もしかしたら伯爵がわざとそうしていたのかもしれないけれど」
殿下、今少し失礼なことを言い掛けましたね。
「ということだから、マリアのこの日記に嘘が書かれていることはない」
「いや、でもそれ私の日記なんですけど……」
「まぁまぁ、そこはほら。友人を助けると思ってさ」
「マリア嬢、すまないが私の婚……こほん。いや、ユレイア嬢のためにきみの日記を確認させて欲しい」
ずるいよ、侯爵家と王族の頼みをどう断れと?
それわかってて言ってるよね?
私のプライバシーは無視ですか?
「……うぅ、でも、ユレイアの、ためになら」
大切な友人のため、私のちっぽけなプライドと恥は捨てることにした。
「あ、あのっ、関係ないところは見ないでくださいね!?」
「あぁ、ありがとう。約束は守るよ」
殿下が優しく微笑む。その視線の先にはユレイアが。
「では殿下、私が……」
そう言ってジークが私の日記をぱらりと開いた。え、ジークが読むの? 殿下じゃないの?
なんだか嫌な予感がする。こういう時の勘ってなぜか当たるんだよね〜!!
「こほん、それではお聞きください」
いや、聞くっておかしいよ?
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4月15日 晴天
今日で入学から一週間
相変わらずヒロインは可愛い
今日は殿下との出会いイベントの日なんだよね
さっそくこっそり見に行かないと
楽しみだなぁ
なんか思っていたのと違った
偶然ぶつかって、そこから気になる存在になる——、とかじゃないんだね
ヒロイン、わざと殿下にぶつかりにいってた
しかも拾った花びらを撒いて演出するなんて
一生懸命集めただろうに、殿下にゴミと言われて燃やされたのはちょっとかわいそうだった
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「へぇ……君、わざと私にぶつかってきたのかい?」
殿下の表情はにっこり笑顔だけれど、皆さん言わなくても分かるよね? あれ、怒ってるよ。
「い、いえっ、そんなまさか! 私が殿下にわざとぶつかるだなんて……っていうかちょっとあんた! ヒロインって何よ!? もしかしてあんたも——」
ヒロインが私に鬼のような形相で睨んでくる。あ、鬼の形相って初めて使ったかも。
ところでもしかしなくてもヒロインも転生者かー。なぁんだ、そっかそっか。
「ということはやっぱりヒロインってわざとぶつかったんだね」
「なんですって!?」
「はいはい、ストップ。次ね」
ジークが今にも私に飛びかかってきそうだったヒロインを物理的に制する。
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6月25日 多分晴れ
今日は教室でお勉強イベントの日、のはず
相手は確か攻略対象者Cのガイアスだったかな?
ガイアスって、ゲームの中とはイメージが違ってちょっとアホっぽいんだよなぁ
教室だと隠れるところないからどうしよう?
窓から覗いたらバレそうだし
そんなことを考えている四限……授業内容は全然頭に入ってこない
用具入れのロッカーを片付けて入れるようにしちゃった!
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「え、ロッカーにいたの?」
ジークが怪訝そうに私を見てくる。「アタマダイジョウブ?」って言いたそう。失礼ですよ。
「授業はちゃんと聞こうね?」
「はい……」
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ロッカー、せまいんですけど
しかも暗くて書きにくい
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「いや、自分で入ったんだよね?」
「そうですね……」
「ところでマリア」
「なんでしょう……」
「この日記ってその場で書いていたの? それとも後から書いたの? なんか実況を聞いてる気分だよ」
「それは聞かないでください……ものすごく恥ずかしいので」
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うーん、誰も来ない
もしかして日にち間違えたかな
見てはいけないものを見てしまった
あんなの、見たくなかった
ヒロインのオフィーリアが自分で自分の教科書やノートを破っていた
なんで? どうして?
タイミングよくそこへ来たガイアスがユレイアを犯人だと決めつけた
ヒロインも、ガイアスに勘違いさせるような態度はダメだよ
明日が心配
ユレイア様は大丈夫かな
でもまぁ、ガイアスが何か言ったところでユレイア様の信用の足下にも及ばないから大丈夫だよね
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「なんだと、俺の信用が劣るとでも!? それと先ほどアホっぽいと聞こえたんだが!?」
今度はガイアスが怒り出した。というか、反応するのそこなの? ヒロインが教科書を自分で破いていたことはスルー? 都合の悪いところは見えないタイプ?
「へぇ、君はどうして教科書を破いたのかな?」
殿下がオフィーリアへと問いかける。
オフィーリアは一瞬だけ引き攣った顔をすぐに両手で隠し、得意の泣きへと入る。
「うぅ、私っ、そんなこと、していませんっ! マリアさんひどいですわ! 嘘の内容を日記に書くなんて! 私……私っ、どんなに、ひどいことをされても人を責めたりなんて、しないわっ」
責めないのなら、なぜこの茶番が行われているのだろうね?
オフィーリアはぶわっと涙を流して泣き始めた。ガイアスは、「なんて可哀想な悲劇のヒロインなんだっ!」とかなんとか言って肩を抱き止めている。
「マリアさんはっ、自分がモブの脇役に生まれたからって、ヒロインである私を妬んでそんなことをっ、ストーカーまでして! う、ふえぇぇん」
ちょっと。脇役とは失礼ね。
「えぇっと、悲劇のヒロインさん? 私、嘘なんて書いてないですから……。あ、でも。ストーカーみたいなことはしちゃったかも。そこはごめんなさい。ほらでも? 私が先にいた場所に後からヒロインさんが来てるから正しくはストーカーとは言えないと思います。えぇ、はい」
「なによ、私が嘘をついているとでも言うの!? ふええええん!」
「えぇ……」
「うるさいからちょっと黙ってくれるかな?」
ジークはいつも話す時、人当たりの良さそうなちょっと胡散臭い雰囲気で話をする。けれど今はいつものトーンとは違い、少し低い声だ。
ジークは私の日記をパラパラとページをめくっていく。それを一緒に確認していくユークリッド殿下。
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7月10日 雨
今日は朝から雨で憂鬱
学園に行きたくないけれど、夏季休暇前のサブイベントがあるから行かないとね
それに休みに入るとジークと会えなくなっちゃうかもしれないし
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「ちょ、関係ないところは読まないでもらっていいですか!?」
「ふふ、私に会えなくなるかも、と心配していたの?」
ジークはどこか嬉しそう。
「いや、それは……」
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さぁ、放課後になったぞ!
図書室での出会いのイベントかぁ
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この日のサブイベントは確か、夏季休暇中の課題をするための本を借りにヒロインが図書室へ行くと、そこには攻略対象者Bの二年生、マリウス様がいて初めて二人が出会うイベントだったはず。
高いところの本を取ろうとしたヒロインがバランスを崩したところをマリウス様が抱き止める……そんなイベントだ。
それから二人は図書室で愛を育んでいく。
それにしても出会いイベントって密着するの多いな。
ちなみにこの日のサブイベントを忘れてしまうとマリウス様のルートは解放されないんだよね。
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ヒロイン、盛大に梯子から落ちた
そりゃそうだよね
マリウス様をちらちら気にしながら梯子にのればそうなるでしょう
なぜ梯子にのぼったのよ
しかも貴重な本が並べられている棚を選ぶなんて……
本が傷ついてないか心配
ヒロイン、助けられることなく盛大に尻餅をついて恥ずかしくなったのかそのまま帰っちゃうし、散らかした本だってその後やって来たユレイアと私で片付ける羽目になるしで疲れた一日だった
しかもなぜか私たちが怒られた、解せぬ
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「アルコット嬢、本に傷を付けたのはやはり君だったんだね? どうして嘘をついたのかな?」
殿下は大変お怒りのようだ。
「い、いえ、わざとじゃないんです! それに、あとからちゃんと戻るつもりで……!」
「医務室に行った記録はなかったんだけどね?」
「う、そ、それは……」
あの日、逃げ出したオフィーリアのことをしっかりと見ていたマリウス様はそのことを報告してくれたようだけど、お得意の泣きでそのまま責任から逃げ切った。
「しかもユレイア嬢のせいにするとは。片付けまでさせるなんて」
あの、私も片付けましたよ、殿下。
オフィーリアの言い訳としては、ユレイアに高いところにある本をわざと薦められた、取ろうとしている時に声を掛けられてバランスを崩した……その結果、怪我をした"かも"しれないから仕方なく本をそのままにして医務室に行ったのだと。
苦しい、苦しい言い訳だよおぉ!
けれどそんな言い訳を信じる人がいるわけで。
「ユレイア、お前のせいでオフィーリアが大怪我をするところだったんだぞ」
でた、ガイアス。
もう黙っててよ。
そもそも梯子だって、本来は使わなかったのに。それなのに欲張って(?)演出力を高めようとするからそうなるんでしょう!?
この出来事のせいでマリウス様からの好感度は大暴落したようでその後のイベントが発生することはなかった。
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7月22日 晴れ
夏季休暇突入
今日はジークが突然家に来た
休暇に入ってからこんなにすぐ会えるなんて思っていなかったから嬉しい
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「ちょ、まった、その日は関係ないです! 何も起きてないので読まないでください!」
「あ、ごめんね」
そう言ってジークはまた嬉しそうに微笑む。
絶対にわざとであろうその笑顔が今は非常に憎い。
パラパラと日記をめくっていくジークは時折りこちらを見ては口角を上げている。
ほんと、やめて?
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9月27日 晴れ
今日は文化祭当日
晴れてよかった!
一日目はジークと一緒に回る約束をしているから楽しみだなぁ
そしてなんといっても文化祭といえばメインイベント!
一番好感度の高い攻略対象者とヒロインは一緒に回るんだよね
さて、いってきます
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「うん、一緒に回れて楽しかったね?」
「そうですね……」
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9月28日 晴れ
文化祭二日目
今日は大切な友人、ユレイアと一緒に回る
ユレイアみたいな素敵な人と友人だなんて本当に夢のよう!
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「ふふ、私もマリアと親しくなれて嬉しいわ。それに、マリアがこんなにも面白い子だったなんて」
「あ、ありがとう」
う、うん? 面白い……?
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9月29日 晴れ
今日は文化祭最終日
クラスの出し物である演劇の日だ
少し心配だけれど、なんとかなるはず
ヒロイン、どんだけポンコツなのよ!
自分で主役をやりたいと言ったくせに結局台詞を覚えられなくて逃げた
ユレイアのおかげで事なきを得たけれど、本当にひどい
自分で衣装を破いたかと思えば、今度は誰かに押されて足を挫いたとか嘘を言うなんて!
案の定、ガイアスはユレイアのせいにするし!
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「あぁ、この日のことは言わなくてもみんなが知っていることだね」
そう、この日オフィーリアは主役の座から逃げ出したのだ。自分からやると言い出したのに、結局長い台詞が覚えられなくて。
そこで思い付いたのがまず衣装をダメにすることだったらしい。なんとも浅い考えだ。けれど、予備があると言われると次は足を挫いていると言い出した。
誰かに押されたと。
きっと主役である自分のことが妬ましいんだと言って。(ここでチラリとユレイアを見ていた)
が、治癒魔法で治してあげると一人の女生徒が声を掛けると今度は大きな声で泣き出した。
また声に出して"ふえぇぇん"と。
こんな精神状態では出来ないと。
そこでガイアスはなぜかユレイアに「責任を取ってお前が代わりに主役をやるんだ」と。
オフィーリアとガイアスは台詞を覚えていないであろうユレイアに恥をかかせたかったのかもしれないけれど、そこはさすがユレイアだった。
完璧に主役をやり遂げてしまった。
「あの時のユレイアは本当に綺麗だったなぁ。ヒロインなんかより断然ヒロインだったわ」
「まぁ、ありがとうマリア」
ふふふ、と和やかな雰囲気に包まれる。が、今のこの状況を忘れてはならない。
「君、また自分でやったのかい? 本当に飽きないねぇ」
やれやれと、ジークも殿下も呆れている。
「殿下、これくらいでいいですよね?」
「あぁ、そうだね。今はこれだけで十分だよ。後でまた読ませてもらえれば、ね」
パタン、と日記が閉じられたことに私は安堵した。これ以上この場で日記を読み上げられるわけにはいかないから。非常にまずい。
「さぁ、アルコット嬢。もうこの場から退出してもらおうか。責任はこのパーティーが終わってから問おう」
殿下の言葉を待っていたかのように、オフィーリアは引きずられて行く。
「そんなっ、流行りだったシーンをちょっと体験したかっただけなのにっ!」
体験、していたんですね……。だからあんなにニヤニヤしていたのか。
「なぜ私までなのですか!」
そしてガイアスも一緒に。
オフィーリアに乗せられたのだろうけど、ユレイアは殿下の婚約者だ。
知らないとはいえ、もういろいろとやらかしてしまったんですよ。
「騒がせて申し訳ない。さぁ、卒業記念パーティーの続きを始めようか」
殿下の言葉でそれまで注目がこちらに集まってしまっていたけれど、本来の卒業記念パーティーへと雰囲気を変えていく。
最後にオフィーリアが叫んでいたこと。
「なによ、みんなして! 私はヒロインなのよ!? こんなセーブ画面のモブなんかに! ちょっと、私に触らないでよ!」
私はこの言葉が引っかかってしまった。
セーブ画面のモブ?
そう言われてふと、いつかの記憶が蘇る。
あの乙女ゲームをセーブした時の画面。
そしてそこにいた、画像の中の女の子。
「あれ私なの!?」
まさかセーブ画面のモブだったなんて……。
ん? ちょっと、まって。
マリア・トルース。
トルース……トゥルー……トゥルース……。
真実、嘘が書けない、セーブ、記録をする……。
「あぁ、そういうことか」
「マリア? どうしたんだ?」
ジークが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「いえ、ちょっと。なんともありきたりな設定だな、と悲しくなりまして」
「あの女が言ったことを気にしているのかい? 私たちには、二人の間に何があったのかわからないんだけれど……」
「まぁ、私が脇役なのは本当なことだから仕方がないんだけどね」
「脇役だなんて。私にとって、マリアはたった一人のヒロインだよ?」
「い、いきなり、何を……」
あぁ、日記の中を見たから私のことを揶揄っているのね!? ひどい!
「ねぇ、マリア。日記に書かれていたのは本当のことなんだよね? 私に会えて嬉しいとか書いてくれていたね」
トルース家の能力が真実だとわかっているのにどうしてそんなことを聞いてくるの。
「えぇ、そう……ね……」
「そうか、ならマリアを手に入れるためにあと二年も待つ必要はないってことだよね?」
「だからジーク、何を……私のこと揶揄っているの?」
「いや、違うよ。ただ、嬉しくて。私のことを日記に書いてくれていたことがさ」
そう言われて、やはりジークにあれ以外にも読まれてしまったのだとわかり急に恥ずかしくなる。
「マリアは私のことなんてこれっぽっちも眼中にないと思っていたから、さ。ただの幼馴染なんだと」
私が他に日記に書いた内容。
ジークに言われて嬉しかった一言一言を忘れないために書いたし、学園内で見かけたとか、少し手が触れたとかそんな些細なことまで日記に残してしまった。
それをまさか本人に読まれてしまうなんて。
「ねぇ、マリア。これからも私のことを日記に書いて欲しいな」
「それは……」
「せっかくだし、交換日記をしない? トルース家の紙を使ってさ。そしたら私は毎日その日記にマリアの好きなところや良いところを一つずつ書いていくよ」
「ジークは嘘が書けるじゃない」
「嘘なんて書くわけないだろう。お互いのことがもっと知れるように、いいと思うんだ」
「ジークは……トルース家の能力が欲しいだけじゃ……だって昔おじ様が言っていたじゃない? 嫁に来ないかって。あれって私がトルースだからでしょう?」
昔のことを思い出す。
ジークのお父様に言われた「嫁に来ないかい?」を。昨日までは仲が良いからだと思っていたけれど、トルース家のことを知ってしまった今となってはそれがただ能力が欲しかったからなのでは、と思ってしまう。
「そんなわけないだろう……父も母もマリアのことを本当に気に入っているんだから。それに、父のそれは息子の初恋を叶えてやりたいというただの親心で……あ」
そこでジークは顔も耳も真っ赤に染めた。手を口で覆い、しまった、という表情をしている。
「え、な、初恋……?」
まって、今、おかしなこを聞いたような……。
「いや、それは……あぁ、もう。そうさ、マリアは私の初恋なんだ。わかってくれよ……」
「そんなこと、急に言われても……嘘よ」
「嘘じゃない。用もないのに子どもが田舎にある伯爵家の領地にわざわざ付いていくわけないだろう」
「田舎とは失礼ね」
「いや、ごめん。でも、本当だよ。父に頼んで理由を付けてはトルース家に行っていたんだよ」
「そう、なんだ」
「私にとっては急じゃないんだ。でもマリアが戸惑っているならまずはお互いを知ることから始めない?」
ジークがこんなに気持ちを伝えてくれるとは思わなかった。ジークにとって、私なんてただの幼馴染だと思っていたから。
でも、本当はただただ嬉しいの。
「はは、照れているね」
「ずっと幼馴染として接してきたんだもの。言葉ではまだ恥ずかしいから日記なら……いいかも」
「私は直接言葉で伝えても恥ずかしくないよ?」
「もうっ!」
これから先、私とジークのことを綴っていければいいな。ずっと、いつまでも。
「これからもよろしくね、マリア」
◆◆◆
数年後。
とある男女が結婚式を挙げ、夫婦となった。
そこには永遠に愛することを誓うと書かれた紙が一枚。
愛の誓いを真実の紙に書いたことでとあるジンクスが国中に広まった。
トルース家の紙を使って婚姻書を書くと永遠に結ばれる、と。
お読みいただきありがとうございました。
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※日記の内容やイベントなどを加筆修正する可能性があります。
★12月9日
4,000字ほど加筆しました。
こちらの短編小説は日記をテーマに書いた小説です。
ちなみに第二弾なのです…!
もしよろしければ、【グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜】
こちらの短編小説もよろしくお願いします★
こそっとお知らせ……
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