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【短編】錠前令嬢と解錠執事

作者: そろまうれ



悪役令嬢とは悪魔である。

これは言うまでもない常識だ。


ただの令嬢、ただの人間が得た祝福。

その暴走の果てが悪役令嬢と呼ばれる異常である。

世を混乱へと陥れる災厄だ。


神が与えたもう祝福が人の社会の内にあって歪んでしまうことが――その発生そのものが、神が下した罰であるとも言われている。


まあ、滅多にあることではないが。



 + + +



その祝福は「錠前」だと教会にて宣告された。

好きに作り出してロックすることができた。


錠前をかける対象に制限はなく、どんな錠前も作り放題、いつでもどこでも密室の作成を可能にした。


もちろん、外れの祝福である。

世の役にまったく立たない。


「いやだなあ、どうすんのこれ……?」

「言ってどうするんですか、せっかく頂いた祝福なのですから、どうにか活用した方がいいんじゃないですか?」

「ノアの、その無意味な前向きさが今は憎い……!」

「執事は憎まれてなんぼですとも、さあ、お茶をどうぞ」

「あんがと。相変わらずお茶を淹れるのだけは美味いわ」

「他にも有能な点は多くあるはずですが?」

「覚えが無いわね。で、どうなの?」

「どう、とは」

「あなたにも祝福があるんじゃないの?」

「私は一介の執事であり、エミリー様のお付きですよ、貴族の特権である「祝福」を持っているはずがないじゃあないですか」

「でもあるのよね?」

「……はい」

「もったいぶらず素直で結構、で、どんな祝福?」

「言わなきゃ駄目ですかね」

「あたしだけ知られてるのはフェアじゃない」

「いい執事には、秘密のひとつやふたつはあるものですよ」

「それ、いい執事かもしれないけど、いい人じゃあ無いわ」

「じゃ、黙ったままでいるとします」

「なんでよ」

「男は時に、いい人とは呼ばれたくないものです」

「……悪い人」

「ええ、その通りでございますが?」

「けちー!」


とはいえノアの祝福はすぐに判明した。

祝福を得たばかりの人間特有の、これを活用してわがまま放題をしたいという欲求に、エミリー・アチソンが素直に従ったためだ。


夕食時だというのに離れた小屋に錠前をかけて、一人篭もってハンガーストライキをした。

ハンスト理由は嫌いな野菜の即時食卓撤去である。


「エミリーお嬢様、さすがに出てきてはいただけませんか。この扉を開けてください」

「いやよ、あの悪魔みたいな野菜たちはもう二度と見たくない」

「人参くらい、ちゃんと食べましょうよ、栄養価抜群ですよ」

「恵まれない子どもたちに、その栄養価は分けて上げるべきだわ」

「志が高いっぽいですが、実際のところ、ただの好き嫌いでしかありませんよね」

「貴族が好き嫌いしてなにが悪いかー!」

「わがまま放題の貴族は庶民にとって恐怖の対象ですよ」

「食べ物の好き嫌いが多い貴族が恐怖の対象になるなら、それって庶民の方が悪くない?」

「一理ありますね」

「納得するんだ……」

「まあ、実際のところ、この国では定期的に渇水期が訪れ、多くの人々が飢餓に陥っています、その際に「私、人参って嫌いなのよね、いらなーい」とか言い出す貴族は吊るされかねません」

「そんな時期には、さすがにあたしも言わないわよ」

「悪評とは、最も望まない時にこそ広がるものです。大衆の悪意をエミリーお嬢様はもう少しくらい恐れるべきです」

「うー……でも……」

「人参をすりおろしてマフィンにしたものが、いま手元にございます、これならばお嬢様でも食べられるのではないでしょうか」

「え、ホント!?」

「執事、嘘つかない」

「ちょっといい匂いがしてるとは思ってたのよ、ノアって大体ふざけてるしイマイチあたしへの敬意が感じられないけど、たまに優秀!」

「非常にひっかかりが多いですが、褒められたと思っておきましょう」

「じゃあ――」

「どうしました?」

「ねえ」

「なんです?」

「これ、どうやって開けるの?」

「おふざけになっておられますか、お嬢様?」

「ごめん、割とマジ」


エミリーが作り出した錠前は、一定時間内であれば自らの意思で消去ができた。

しかし、しばらく時間が経過すれば、それはただの物質として存在を主張した。


消すことが、できなくなっていた。


「え、え、絶対に開けられないように、めちゃくちゃ複雑な錠前を作ったんだけど!?」

「小屋である以上、他にも出入り口があるはずですよね」

「う、うん、窓も裏口もあるから、そっか、そっから出ればいいのか!」

「ええ、是非お試しください……まあ、おそらくは無駄なんですが」

「ねえノア! 開かないんだけど! なんか出れないんだけど!」

「他の密偵の方々がすでにその侵入ルートを試して失敗していましたからね、やはり内部からでも不可能でしたか」

「え、なにそれ、あたしの祝福のせい?」

「そうですね、錠前で閉じた対象を、完全にロックすることができるようです。開いているように見える場所も通行不可能です」

「……実はかなり優秀じゃね、あたしの祝福」

「今更気づきましたか」

「えー、まいったなあ、ついに来ちゃったかあ、あたしの時代が!」

「このままでは時代が来るより先に、お嬢様の生涯が終わりそうですが」

「そうだった!? 絶対に入ってほしくないから、かなり力を入れた錠前を作っちゃったんだった……王都一の錠前師でも解錠不可能だぜへっへっへとか思いながら全力でやっちゃった!?」

「エミリーお嬢様の優秀さって、たまに自らの首を絞めていますよね、そのような首絞め趣味がおありで?」

「んなわけないでしょ! ただの自爆よ!」

「ええ、そうですね」

「そこは否定してよ、そんなことはないですよお嬢様、とか優しく言ってよ、あたしの従者として!」

「自らの状況を正しく理解されていることを、執事として大変に喜ばしく思っております、エミリーお嬢様の日々の成長を否定するなど私にはとても出来ません」

「慇懃無礼執事の称号をあなたに送るわ」

「大変光栄ですね」

「受け入れんな」

「どうしろと」

「くそう、皆あたしの才能に嫉妬してるんだ……」

「そんなことはありえないですよお嬢様」

「今このタイミングで優しく言うなあ!」

「使用機会が難しいですね」

「まったく、この最低最悪慇懃無礼執事が」

「そうですか」


軽く、音がした。


「では、このマフィンは慇懃無礼に私一人で平らげていいということでしょうか?」


ひょこっと顔とマフィンを覗かせながら、執事が言った。

からん、と複雑怪奇極まりない錠前は地面に落ちていた。


当然のことながら、開いていた。

錠前が外され、無効化されて宙へと溶け消えた。


「……どうやったの?」

「さて」

「吐け、言え、なに、え、マジでどうやってこの性悪錠前開けたの!?」

「いい執事には秘密のひとつやふたつ――」

「言え」

「……お嬢様? 錠前とは扉を閉めるためのものであり、そのように鈍器代わりに使用するものではありませんよ? 大上段に構えられても困ります」

「祝福の有効活用よ。言わなきゃ振り下ろす」

「避けます」

「あたしの足に向けて、振り下ろす」

「エミリーお嬢様? ご自身を脅しの道具として使わないでください、切実に」

「でも有効よね。さあ、あたしの身体が惜しければ、ノアの秘密を言いなさい!」


吐いた。

ノアの祝福は『解錠』だった。

どのような鍵であろうが、どのようなロックであろうが解除する。

泥棒としては垂涎の祝福能力であり、是が非でも秘匿しなければならないものだった。


「家で盗みやら侵入痕跡があれば、真っ先にノアが疑われるわね」

「この家だけではなく、情報が漏れれば隣接領地も真っ先に当家に疑いの目を向けるでしょうね」

「ノア、いつでも大怪盗になれるんじゃない?」

「私の職業は執事以外にありません」

「もったいねえ……」

「あと私の祝福は、御当主様にはすでに伝えております、正直、物理的に首を切られてもおかしくないと思っていたのですが」

「あの父が、その程度のこと気にするわけ無いじゃない」

「でしたね」


豪放磊落を絵に書いたような人物だった。


そして、エミリーの祝福が『錠前』であり、そのロックが時間経過と共に自身でも外せないとなると、ノアを手放すという選択肢は無くなった。


鍵なしの錠前が量産されることを喜ぶ人間はいない。


エミリーはその保証にかまけて気軽に祝福を使用した。

ノアは日々、その尻拭いのために駆け回ることになる。



 + + +



「お嬢様……」

「なあに?」

「祝福をあまりに多様しすぎではありませんか?」

「使えば使うほど強力になるらしいし、やらなきゃ損でしょ」

「だからといって私の靴紐同士を全部錠前でくっつけるという地味な嫌がらせは止めていただきたい」

「それ大変だったんだ、褒めて?」

「ご丁寧にも靴の中にまで錠前をしこんでいたときには殺意に目覚めましたよ」

「ほーめーろー!」

「どうして褒められると思ったんですか、このお嬢様は」

「努力は報われるべきでしょ?」

「嫌がらせの努力は非難されるべきです」

「ノアが苦しむと皆が喜ぶ、だから正しい」

「私はどんな大悪党ですか」

「あたしに野菜を食べさせる悪党」

「お嬢様以外にとっては救世主ですね」


そうしている内に、「鍵をかけられる対象」が増えた。

最初は扉だけだったのが、いつの間にか人参そのものにもロックをかけることができるようになった。当然ノアが解錠した。

それ以外にも、盾をロックして強度を増やしたり、剣にロックをかけて折れず曲がらずの凶器に仕立て上げた。


そして、果てには打ち込まれる魔法そのものにもロックをかけて止めることすら可能になった。


飛んでくる火炎球はごろんと固まって横たわり。

氷矢の群れはその空間ごとロックして無効化させた。


「ふふん、あたし、最強」

「基本的な魔力弾はロックできないのですから、油断は禁物です」

「純粋魔力そのものは、さすがに無理なのよねえ、できたら便利なのに」

「それが可能になれば実質的な魔力貯蔵です。色々なものがひっくり返りますよ」

「ふ、けど、あたしの凄さに皆が気づきはじめている、さあ、もっと称賛を、もっと褒めて!」

「えらーい」

「どうしてそこで棒読みになるのよこの慇懃執事!」

「しかしこれ、少しヘンじゃないですかね」

「話を変えないで、もっと褒めなさい、心から!」

「エミリー、すごいよ」

「と、突然名前で呼ぶのは、なし……!」

「注文の多いお嬢様ですね。私が問題としているのは、炎や氷がロック可能なところです」

「むぅ、それのどこがヘンなのよ」

「魔力から物理的なものへと変換されたものです、火球は炎ですし、氷矢は氷です」

「当たり前じゃね?」

「別の言い方をしますと、炎や氷がそのままの形を保っています。他を燃やさず、冷やさずに」

「ん、ん? どゆこと?」

「お嬢様の祝福、ロックした対象の時間まで止めていませんか?」


実際、そうだった。


エミリーが野菜を食べずに残し続け、日々を泣いて暮らしていた料理長は、最近ようやく笑顔を覚えた。

いつまでも新鮮なままの状態を保つ保存庫を手に入れたからだった。


旬の素材を一年中提供できる。

春保管庫、夏保管庫、冬保管庫、秋保管庫の4つがすでにある。これからもっと増設予定だ。

採れたてのように新鮮な食材が、いつでも手に入る。


王都の料理番にも不可能な境遇であり、最高の調理環境だった。


執事のノアからもらった鍵を胸元からかけて、決してなくさないようにした。


しかし、だからこそ、ひとつの事件が起きた。


「あのさ」

「はい」

「これって、そういうことよね?」

「だと思われます」


彼らの前には檻に閉じ込められたネズミがいた。

いつの間にか食料保管庫に入り込んでいたのを捕獲したものだった。


保管庫にネズミ侵入は問題だが、そう気にしたものではない。

エミリーの錠前を活用する前は、ごく普通に入り込んでいたのだから。

それよりも、そのネズミが「痩せていなかった」ことが問題だった。


土下座をしている料理長をよそ目に、二人はただ真剣だった。


「最近は季節も変わって春保管庫は使わなくなっていた、そこにこのネズミはいたのよね」

「はい、侍女が言うには扉を開けてすぐのところで発見したそうです」

「どうやって入ったのかしら」

「食材を運ぶ時にはだいたい扉は開けっ放しですからね、その隙に入り込んだのでしょう」

「いちいち閉めずにいたのは、今回ばかりは幸運だったわね」

「いえ、以前から保管庫の扉は閉めるな、というルールになっていたようです」

「どうして?」

「閉めるとサボりたくなるから、という話だったのですが、これを見る限り違ったようですね」

「ふぅん」

「……春保管庫は、記録にある限り二週間は開いていませんでした。そして、どれほど調べてもネズミが食べた痕跡は見つかりませんでした」

「実はどっかから抜け穴があった、ってこともないか、あたしの祝福、そういう穴も行き来できなくさせるし」

「ですね。食料がロックされており齧って食べることができなかった、ということもないでしょう。それで二週間は長すぎる。まして、このネズミはガリガリに痩せているわけでもない」

「あー、つまり、その……」

「単純に考えると答えは一つでしょうね」


ロックすることで時間を止める。

それは炎や氷や食材はもちろん、生きたネズミも対象範囲内だった。


そして、人間も。


「なんか、話が大きくなりすぎじゃね」

「お嬢様」

「なに」

「ひょっとしたら、お嬢様はマジで救世主かもしれません」

「どゆこと?」

「お嬢様の祝福は、使う内に強化されていたのでしょうね。錠前の祝福で、これほどまでに能力を拡張させた例は今までありませんでした」

「あとノアね、あなたが開けなきゃさすがに気楽に使えないって」

「どちらにせよ、多くの人を救えるかもしれません」

「だから、どういう意味よ」


実際、救世主だった。



 + + +



翌年、渇水期がやってきた。

ある程度のランダム性はあるものの、これは定期的に訪れるものである。

当然のことながら対策は十分にしてあるが、それでも厳しいものがあった。


なにせこれは一年以上続く。

いくらか餓死者が出るのは当然の苦難だった。


しかし、アチソン領では違った。

十分な水の蓄えがあったことはもちろん、「人口の二割が一時的にいなくなる」ことでこの危機を乗り越えたのだ。


渇水期が終わり、通常の農業を再開できる時期には人口が復活しており大規模な耕作活動が行えた。

いなくなっていた人々は、まるで「渇水期など無かった」かのように元気であり、アチソン領は大いに栄えた。


「やっちゃったねえ」

「やれてしまいましたねえ」


呆然と彼らが見つめる先にあるのは、巨大な建物だ。

やったことといえば、これを建て、女子供を入れて、「エミリーが全力で作った錠前」でロックしただけだった。


たったそれだけで、ただそれだけで、長々と続く渇水期を乗り越えた。

失われるはずだった命をすべて救えた。


「……あの人達さ、もうちょっとくらい、あたしに感謝しても良くね?」

「たぶん実感が無いんでしょう、僕らにだってありませんよね」

「僕?」

「私が知る限り、ほぼダメージなく渇水期を乗り越えられたことなんて初めてですからね、きっとどう反応していいのか分からないのでしょう」

「ねえねえ僕って言った? 昔みたいに」

「おそらく混乱は起きるでしょうね、一年以上の時間差が出来てしまっている、その差を埋めることに苦労するでしょう、しかし、その後にやっと実感します、エミリーお嬢様の祝福でこの苦難を乗り越えられたことを」

「ね、もう一回言って、ねえねえ!」

「ノアお兄ちゃんと昔のように呼んでくれたら考えます」

「ノアお兄ちゃん!」

「……僕の負けです、エミリー、あなたは素晴らしい」



 + + +



エミリーの錠前の能力は衝撃ではあったが福音でもあった。

その祝福は、一定時間後ではただの物質となる。

建てた建物に錠前をつける、という祝福を発動させれば、後は本人がいなくてもいい。


つまり、アチソン領が行ったような「一時的な人口の避難場所」を各地に作成することができた。

次の渇水期は、誰もが無事に越えることができるだろう。


エミリー・アチソンの祝福はもうたかが一領地が専有していいものではなくなった。

国家が、もっと言えば王家が所有すべきものだと見なされた。


もし、他国が彼女を娶ればどうなる?

あるいは、誘拐されたら、暗殺の対象になったら?


建てられた「避難場所」は増えることはなく、壊れたらそれでおしまいになる。

絶対に防がなければならなかった。


「ねえ」

「はい」

「あたし、やりすぎちゃったのかしらね」

「かもしれません」


エミリーがいたのは離れの小屋だった。

昔、ハンガーストライキのために立てこもった場所だ。


鍵はかけられていなかったが、二人は同じように内外にいた。


「あたしね」

「……はい」

「人が死ぬのは、嫌なの」

「知っています」

「誰かが苦しむのも、嫌」

「ええ」

「あたしが他国の手に渡れば、そういうことが起きるわ」

「……」

「だから、こうした方がいいのは、分かっているの」


エミリーと、王家との婚姻が結ばれることになった。

実質的にそれは命令だった。

エミリー本人ではなく、その祝福が囲い込まれた。


「どうして、こうなっちゃったんだろう」

「ふざけすぎたのかもしれませんね」

「もっと、そうしていたかったなあ」

「ふむ……」

「なに?」

「私は、まったく気が効きませんね」

「ん?」

「この場面、人参入りのマフィンを作って持ってくるべきでした」

「あはは、やだ、マフィンだけにして」

「結局、人参を好きになってはくれませんでしたね」

「嫌いなものは嫌い」

「……エミリー、ぼくは」

「言わないで」


カチリと、ロックされる音がした。

小屋に対してではなかった。


「さよなら、あなたはクビよ、ノア」


足音は離れた。

扉は最後まで閉じられたままだった。



 + + +



結婚式は盛大に執り行われた。

エミリー・アチソンの所属を明示するためのものだった。

彼女を害することは国そのものに喧嘩を売る行動だと示した。


決して粗雑に扱わない証と言うように、エミリーと年齢も近い王族が選ばれた。

もっとも、そこに義務以外のものはない。


互いに国という重いものを背負うための行動であると分かっていた。


教会にて婚姻が交わされる。

そのために歩く。

赤い絨毯の敷き詰められた道を。


カチリ、カチリと音がした。

歩くたびに、繰り返し。

それは着飾った花嫁からのものだった。


招待客たちは不思議そうな顔をするが、花嫁は素知らぬ顔でカチリカチリと進んだ。

よくよく耳を澄ませば、小さな声も聞こえたはずだ。


「閉じて、閉じて、閉じて、閉じて――」


何度も何度も言っていた。

自身の心から溢れようとするものを、片っ端からロックしていた。


閉じ込め、開かないようにした。

思い浮かぶ人の顔を。


神に仕える司祭が、婚姻を交わすように促した。

これでもうロックするのも終わりだ。

そんな必要もなくなる。


何度も心に錠前をつける。

幾重にも、幾重にも。


心なんてものは、きっともう必要なくなる。

すべて鍵をかけて閉じ込めてしまうのだから。


ふと横を見ると、人の顔があった。

知らない顔だった。


――ああ、そうだ……


自然に、思った。


――これもロックしなきゃ。


ガジン! と一際強い音が響いた。


え、と誰かがつぶやいた。

花嫁の横に、花婿の姿が無かった。


代わりに巨大な錠前があった。

人間の姿がなくなっていた。


――閉じよう、ぜんぶ。


エミリー・アチソンは、それだけを思った。

周囲のあらゆるものがロックすべき対象だった。


悪役令嬢が出たと、誰かが絶叫した。



 + + +



ノアは私生児だった。

寄る辺というものがなかった、家族というものを知らなかった。


祝福が使えるところを見ると、おそらくはどこかの貴族の私生児であり、生まれてすぐに捨てられたのだろう。

それがひょっとしたらアチソン家ではないかと疑ったこともあった、自分はひょっとしてエミリーの実の兄であり、だからこそ、この家で働けたのではと。


アチソン家当主の底抜けの明るさと愛妻家っぷりに、その邪推は完璧に打ち砕かれたが。


「お前はクビだ」


その当主に、そう言われた。

「もう言われました」とは言えなかった。

気力の一切が失われていた。


「なぜかわかるか?」

「いえ……」

「お前をこの家と無関係にするためにだ」


意味がわからず、顔を上げた。


「お前らふたりとも、余計なもんに縛られすぎだ、もうちょっとくらい世の中の条理をぶっ壊してもいいんだぞ」

「気軽に無政府主義を勧め過ぎでは?」

「バランスの問題だ、強すぎる無理は不本意な結果にしかならん、終わってから嘆き悲しんでも意味がない」

「僕は――」


クビ宣告は二度目だ。

だが今回は、正式なものだった。


現実的な立場として、自由になった。

もうこの家の執事ではなくなった。


その実感が、その認識が、じわじわと脳に染み込んだ。

知らずかけていた錠前が外れたようだった。


途端に思い浮かぶ顔は、一人しかいなかった。


「僕は――ちょっくら泥棒に行こうと思います」

「いいぜ、行け」


父親公認で攫いに行くことになった。



 + + +



全速力で行き、たどり着いた婚姻会場は、阿鼻叫喚の有り様となっていた。


荘厳な教会の様子はもう見る影もない。

祝福のためのパレードは無惨に散り散りの残骸だ。


それら全てには生えていた。

刻一刻と増えていた。

錠前が。


逃げ惑う人の胸から突如として生え。

発動された死呪とおぼしきものがロックされて転がり。

見慣れた錠前が教会の尖塔に、巨大に引っ掛けられていた。


「あれは悪役令嬢だ! 通常魔法だけを使え! 他は無効化されている!」


叫ぶ人の口にも、すぐさまロックがかけられた。


貴族とは、魔術師の別名である。

誰も彼もが基本的な魔術の素養があり、使いこなすことができた。


命がけのその情報を正しく受け取り、純粋魔力をぶつけようと練り上げ、そして、無駄に終わった。


「ロック」


放たれた純粋魔力に鍵がかけられた。

光球に錠前がかけられ、停止した。

使った魔術師の、すぐ眼前で。


己自身の心を閉じ、悪役令嬢となることで、魔力そのものですらも施錠可能とした。


総勢十人以上の前に、ヂヂッと唸る光球と錠前のセットがあった。

悪役令嬢はすぐさま指を鳴らした。

純粋魔力にかけられた錠前が消える。


魔力は、しかし、そこに残る。

一度は完全に「推進力を停止させられた魔力」が。


「っ!」


言う暇もなく全員が吹き飛んだ。

ダメージ源は彼ら自身の放った魔力だった。


爆発が悪役令嬢の周囲で連続し、後には呻く被害者だけが残されたが、彼らももれなくロックされた。


「なるほど、本当に斜め上に行きますね」


教会入口でノアは思わず呟いた。

奥の壇上にはエミリーが――いや、錠前祝福の悪役令嬢がいた。


虚ろな表情で、ゆるく腕を広げ、花嫁姿のままで。

強い祝福が、その輪郭を淡く彩る。


周囲の足元には花束代わりに錠前が敷きつめられていた。

椅子を、人を、空気までもをロックし続けていた。

言葉もなく、ほとんど反射的にすべてを。


視線が、合った。

いや、それはただ注目を惹き寄せたと言ったほうがいいだろう。


ノア本人だとは認識していなかった。

悲しそうにただ呟いた。


「いちばん、ロックしなきゃいけないのに……」


無秩序な施錠が止まった。

矛先がただ一人に向けられた。


最優先対象、もっとも閉じなければならない相手。決して心に浮かんではいけない人。

数十もの錠前がノアを襲った。



 + + +



悪役令嬢の倒し方は、その罪を詳らかにすることだと言われている。

その行いがどれほど自分勝手であり、法を逸脱した行為であるかを大衆の面前で明らかにする。


それにより「祝福が悪しきことに行われていること」を証明するのだ。

神より授けられた祝福が途切れ、暴走もまた止まることになる。


それが、基本的な悪役令嬢退治のセオリーだ。


しかし、それなら、罪なく法を遵守した悪役令嬢がいればどうなるだろう。

悪ではない悪役令嬢が出たとすれば?


その実例が眼前で示されていた。


現在進行系で違法と無法を行っているが、弾劾することはできない。

近づけばもれなくロックされる。


第一、それが原因で悪役令嬢となったわけではない。

現在の罪は過去の発生理由に繋がらず、相手の心には届かない。


「――っ!」


口付近で食むように閉じられた錠前に、ノアは祝福にて作成した鍵を入れた。

すぐさま回し、無効化させる。


次々に襲い来る錠前を左腕や足にわざと噛ませる。

右手だけで解錠を行った。


「ぐッ」


錠前は消えれば存在しなくなる。

貫通した部分も元に戻る。


だが、その祝福は空間ごと閉じていた。

わずかにでも動けば、貫通と同じ傷を作成した。


「エミリーお嬢様、さすがにこれはおふざけが過ぎます」


左腕や足や腹に傷を作りながらも、ノアは紐付きの鍵を数百と展開させた。


いままで、ずっと同じようなことをしていた。

エミリーが作成した錠前と同じ回数、ノアはそれを開いた。

気軽な作成に対し、時間制限や、窮屈で見えにくい箇所からという制限を設けられながら。


彼の祝福能力もまた熟達していた。

あるいは、エミリーよりもずっと。


錠前が現れ、閉じる。

通常であればまったく反応できないその期間内に、鍵を差し込み回した。


次々に前触れもなく現れる、形も鍵構造も異なるそれらすべてに適切に対処する。


「そして錠前構造がワンパターンすぎます、これ、まったく考えなしにやっているでしょう!」


どれもこれもかつて一度は開けたものだった。

数に戸惑いこそしたが、慣れればこちらのものだ。


来る端からすべて解錠し、無効化させる。

錠前は何もロックできずに、消え去る。


ロケット弾のように来た錠前を、一閃で解錠した。

鍵をひるがえし、上から落下してきた錠前も同様に消し去る。


「というか、困ったことがあると閉じこもりたがる癖が昔とまったく変わっていません、成長というものがなさすぎじゃありませんか?」


進む。

一歩ずつ、近寄る。


花嫁姿が困惑していた。


「だって……」

「だってもなにもありません、他相手ならばともかく、私を相手にこのような単純を投げてよこしてどうするんですか」

「が、がんばったもん!」

「努力の方向が間違えすぎです!」

「ノアが悪いんじゃない!」

「どこがですか」

「ちゃんとしてくれなかった!」

「それは違いますね」

「どこがよ……!」

「私はもっと悪くならなければならなかった。私もエミリーも、正しいことをしようとしたのが失敗でした」

「え」

「そもそも今の私は執事ではありません」

「へ……?」

「クビになったので転職することにいたしました」

「なに言ってるの」

「今の僕は盗賊です、王族の花嫁を盗みに来ました」


エミリーは目を見開いた。


「……大悪党だ」

「ええ」


二人は間近で睨み合った。

あるいは、見つめ合っていた。


「ですが困ったことがひとつありまして」

「なに?」


エミリーの様子は変わらない。

話こそ前と同じようにできているが、その身体を彩る祝福の強力に変化は無い。


今でもやはり「悪役令嬢」であり続けた。


「僕が盗もうとしているのは、錠前の祝福なのでしょうか、それとも、エミリーという女の子なのでしょうか?」

「……」

「今のあなたはどちらだ?」


ノアは真剣だった。

どちらを「盗んでほしいか」を迫った。


その切実は、鍵を剣のように構える姿には、どちらであっても盗んでみせるという意思があった。

たとえ世を混乱に陥れる災厄だとしても攫って見せるという意思が。


エミリーは、顔を下げ唇を噛んだ。

その意味をたしかに理解した。


「どっちでもないかな」

「え」


その上で――

複雑怪奇極まりない、異形の錠前をガチンと噛み合わせた。

それは全力で回避したノアの頭部があった空間を閉じていた。


「盗まれるのなんかごめんよ、あなたが、あたしのものになりなさい、ノア」

「エミリー!?」

「ノア、あなたをロックしてこの場から連れ去るわ。あなたをただの被害者にするの。そうして安全を確保した場所で、ちゃんと選ばせてあげるわ。あたしのものになるか、自由な盗賊になるのかを」


祝福そのものか、ただのエミリーか。

ノアが突きつけた選択に対する答えは「両方」だった。


あるいは、エミリーこそがノアに選択肢を突きつけた。

エミリーのものになるか、自由の身となるのかを。


子供の頃から変わらない、己の思うがままにしてみせるという気概に満ちていた。


「は、はは……」

「ノアがあたしを盗もうだなんて百年早い!」

「せっかく自由になったんです、ようやく想いを自由に伝えられるようになったんです、もう閉じ込められるのなんて御免ですよ」

「じゃあ、盗んでみたら?」

「そうします。エミリーも、僕を閉じ込められるものなら閉じ込めてみてください」

「絶対逃さないから」

「それ実質、僕に選択肢がないですよね?」

「逃げたらまたロックしに行くだけよ?」

「盗賊としては脱獄しなければなりませんね」

「悪役令嬢に狙われて逃げられると思ってるの」

「はは」

「なに笑ってるのよ」

「僕のために、そうなってくれたんですね」

「ちっげーわよ! 自惚れんな!」


想いは詳らかになった。

その痴話喧嘩は一昼夜に渡って続いたと伝わる。



 + + +



その後の出来事としては単純なものとなる。

二人はもう国にいることはできなくなった。


エミリーは変わらず悪役令嬢であり続けていたし、ノアは素でそれに対抗してみせた。

国が扱える範囲をもう越えていた。


だからこそ二人は出奔し、新たに国を作った。

海上を施錠し、巨大な大陸として固定化させ、ノアの解錠で形を整えた。


そこには彼らと同じような、祝福を暴走させた者が集った。

逸脱した者たちが身を寄せ合い、ひとつの集団を形成した。


世代を越えて、力を蓄え、帰属意識と法を形成し、その果てに彼らは「魔族」と呼ばれることになるが、それはまだ先の話。


「お二人は?」

「またよ」

「ああ、またね……」


ただ、二人の争いの決着は結局つかず、結婚した後でも続けていたという。

あるいは、そうやって痴話喧嘩をするのがもう目的になったと、そういうもっぱらの噂だ。




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