で、? ・・・不実な婚約者のあざとい彼女は、自滅しました?・・・
初めての小説投稿です。
どうぞよろしくお願いいたします。
あぁあ、ついに来てしまった。この時が。
目の前にいるのは会いたかったけれど会えずにいた婚約者。
なぜ会えなかったのかって?
それはその男が、真実の愛に目覚めたとかで、こちらを見向きもしなかったから。
◇ ◇ ◇
婚約が決まったのはそのフレデリック様のノストン侯爵家から懇願に近い強い要望があったから。
半ば強引に取り決められた。
かの侯爵家はここ数年の天候不順が響いて財政難だった。一方、我がウィングス伯爵家は天候不順の時もそれまでの備蓄でなんとかなったばかりか、その状況を活かして新しい技術を開発した。また、数年前に始めた事業で、海外にも手広く商売を広げてきていたので、よほどのことがない限り、財政基盤は盤石だったのだ。
おまけに父が学生時代に侯爵にとてもお世話になったとかで、一も二もなく同意してしまったらしい。
フレデリック様は見目も良く優秀と評判で、学園でもとても人気があり、どんな素敵な人が彼の隣に並ぶのだろうと、みんな言っていた。アンジェリカも人々の話を聞きながら、同じように考えていたが、まさか自分がそうなろうとは夢にも思わなかった。
自分の意思を確かめられることもなく、あれよあれよというまに婚約が整い、彼とは話す間も無かったのだが、最初の顔合わせの時から冷たい目で見られて、それきり会うこともなく、文を出しても返事も来ないまま、会う約束も贈り物の一つもないまま、半年がたっていた。
初めの頃こそ、ドキドキわくわくと彼と会える日を期待して待っていたけれど、その気持ちもとっくにさめた。
向こうから望んできたのにこの態度。
それで、家族みんなに泣きついて、私の入学前に父から解消の申し出をしてもらったのだ。
なのに先方は息子をなんとかするので、頼むから婚約を続けてほしいと言うばかり。それからさらに半年の間、そんなことが、何度かくりかえされて、ついに入学を迎えてしまった。
それからさらに半年。無理だと思いつつ、いやいや婚約を続けてきたけれど、この頃なんだか風向きがあやしいと思ったのが五度目の婚約解消の打診を断られた半月後。
彼と噂のあるストロベリーブロンドの男爵令嬢ロレッタ・リビングストンに突然遭遇し始めたのだ。
初めは私とすれ違い様にいきなり「ごめんなさい!」と震える声で言って目にうるうると涙を浮かべて走り去っていった。
その翌る日は教室前に待ち伏せしていた彼女は、「あれは大切なものなんです!お願いですから返してください!」と叫んで私につかみかかったあげく泣き出して、あっけにとられている私をおいて走り去った。
その翌日、友人のエリザやマーガレットといっしょに教室移動のため廊下を歩いていたら、向こうから走ってきたロレッタは、私に正面からぶつかって私を突き飛ばして転ばせたあげく、勝手にすっ転んで、「なにを、なさるんですか!」と叫びながら肩を震わせて泣き始めたのだ。
私もエリザもマーガレットも驚いてすぐには言葉も出なかったけれど、移動のため近くにいて、その場面に遭遇したクラスメイト達もそろって開いた口がふさがらずにいた。みんなで顔を見合わせているうちに、フレデリック様がやってきて「どういうことだ、アンジェリカ・ウイングス!」と私を睨みつけたのだ。
彼とは最初の一度しか会ったこともないのに呼び捨てで、その上話を聞くこともなく糾弾とは。
そこに居合わせたトーラス・ボガート公爵令息が見た通りのことを彼に伝えたので、我が婚約者は悔しそうに引き下がった。私を睨むことはやめずに。
その次の日、今度は食堂でランチを受け取りテーブルに向かって歩いていたら、いきなり横から彼女が私のトレーにぶつかってきて、私はまたもころび、おかずやスープやサラダやパンが彼女とわたしの制服にぶちまけられた。間髪を入れず、「ひどいです。何をするんですか!」と叫ぶ彼女の声がひびきわたった。それこそこちらのセリフだといいたい。
まわりにいた人たちも目を丸くして見るばかり。
この時も後方からやってきたフレデリック様が彼女に駆け寄ると私をにらみつけ、「アンジェリカ、君という人は!」と言い捨てて、彼女を横抱きにして連れて行った。目撃して呆気に取られていた人たちからのブーイングに気づきもしないで。
「災難だったね」と軽くため息をつきながら差し出されたトーラス様の手に助け起こされて、「後はまかせて」というエリザとマーガレットの声に送られて、トーラス様に付き添われた私は保健室に向かった。途中差し出されたハンカチにハッとした。涙が出ていたのだ。ずっとこらえていたけれど、ほんとうに悲しくて悔しかった。
翌日、トーラス様に誘われて、生徒会に相談するべく、学園内の特別談話室に向かった。私と友人のエリザ・ユーディット侯爵令嬢、マーガレット・ホワイト伯爵令嬢、トーラス様のご友人で二度の現場に居合わせたジェームズ・ハイランド伯爵令息、ウィリアム・メイヤー子爵令息の二人が談話室に入ると、最高学年の、生徒会長でもある末の王弟殿下アレクシス様とご学友のエドワード・トラットフォード侯爵令息、グレアム・ガーランド辺境伯令息が待っていらした。
王弟殿下の司会でこれまでの状況確認と各人の意見交換がなされ、最後にアレクシス様に尋ねられた。
「で、アンジェリカ嬢はどうしたい?」
「一日も早く婚約解消したいです!
顔も見たくなければ、声も聞きたくないです」
視界がにじんでくるのを顔を上げて瞬きすることでなんとか堪えた。
一息ついて、父を通じて先方に解消を願うたびに、息子をなんとかするからと懇願されて解消できずにいることも話した。
皆、憤慨していた。
殿下は、
「なるほどね。
かの男爵令嬢は相当の曲者のようだね。ここは、私にあずからせてもらっていいだろうか?
十日以内に決着をつけよう」
と言って、にっこり笑った。
心強いと同時に、ちょっと背筋が寒くもなった。
「エリザ嬢とマーガレット嬢はこれまで以上にいつもアンジェリカ嬢といっしょにいるようにしてくれると嬉しい」
「もちろんですわ」
「おまかせ下さい」
二人の力強い言葉に安心と喜びが込み上げてくる。彼女たちの友情がほんとうに嬉しい。
「私たちはもう少し打ち合わせておきたいことがあるから、今日のところはこれで解散しよう。
それからトーラス、明日は休みだけれど、来週からの登校は彼女たちと時間を合わせたらどうだろう。
身支度もあることだろうから、何時ごろなら大丈夫か教えて?」
私たち三人は始業三十分前でお願いすることにして、退室の挨拶をして寮に帰った。
家格の違いからロレッタ・リビングストンとは寮が違うので、朝夕の食堂で遭遇することはなくホッとする。
翌週登校すると、校舎の入口でトーラス様とジェームズ様、ウィリアム様といっしょになり、そのまま教室に向かった。
六人で歩く姿にすれ違う人たちは一瞬目を見張るけれど、このところのロレッタ嬢の暴挙の噂は驚くほど広がっているようで、納得の面持ちで頷く方や励ましの視線を送ってくださる方もいた。
その日からしばらくは穏やかに過ごせたけれど、その週の終わりに食堂で彼らとテーブルに着くと、何があったのか包帯まみれで松葉杖をついたロレッタに付き添ってきたフレデリック様が、食堂に入るやいなや私を睨みつけ、
「アンジェリカ、お前はとんでもない人でなしだ。お前との婚約を破棄する!」
と叫んだのだ。
前の日の放課後、私が彼女を旧校舎に呼び出し、階段から突き落としたというのだ。
私は事実無根のことに呆れ果て、徹底的に抗議した。
彼はその場に落ちていたと私のイニシャルが刺繍されているというハンカチを高く掲げた。まったく見覚えのないものだ。そもそも私は父の考えから、名前やイニシャルを入れたハンカチは持たない。その代わりに幼い頃から、好きな花を自ら刺繍して、その隅に目印の小さな星を銀の糸で入れるようにしている。これは母からの言いつけだ。そしてハンカチが出来上がるたびに父と母と二人の兄に見せて大袈裟に誉められ、兄たちにハンカチの刺繍をねだられるまでがセットになっている。瞳の色に合わせて、上の兄にはサファイア色の星、下の兄にはエメラルド色の星だ。
「それは私のものではありません。
私はイニシャルを刺繍したものは一枚も持っておりません。
それに私は旧校舎になど行っておりません。
けれど、婚約は喜んで破棄させていただきます」
食堂は静まり返り、ロレッタの肩を抱きながらフレデリックが怒りで顔を真っ赤にして何かを叫ぼうとしたその瞬間、廊下でアレクシス殿下がこちらに向かいながら側近のご友人たちと話しているのが聞こえてきた。
「え?大怪我をした御令嬢は妃には無理だよ。
後遺症が出たら公務はむずかしいだろう?」
「そうは言ってもアレク、愛が有ればそんなことは瑣末なことなのでは?」
「それに誰かに階段から突き落とされるような恨みを買う類いの子は私に見せない性根の悪さがあるのかもしれないし」
「そんなものでしょうか?」
「私はそう思うよ」
そう言いながらご友人が開けた扉から殿下が入ってきて、扉のまえに陣取っていた二人にぶつかってしまい、フレデリック様と肩を抱きかかえられていたロレッタは松葉杖ごと激しく転んだ。
「すまない。前方不注意だった。・・・おや、君はロレッタ嬢? 随分な大怪我のようだけれど・・・」
と悲しそうに眉を寄せ、そのあととても優しい声で、「ひとりで立てるかい?」とわたしたちまでドキドキしてしまうような超絶色気のある艶やかな声できいた。
その声に魅せられるようにロレッタは立ち上がった。
「よかった」と彼女に甘く微笑みかけた殿下は私の隣まで歩いてくると、彼女の方を振り返り、「歩ける?」と彼女の方に両手を差し伸べた。
ロレッタはうっとりした顔で「はい」と答えるとこちらに向かって歩き始めた。松葉杖なしで。
殿下は彼女が進むごとに後退り、食堂のみんなが道をあけてくれるのを良いことに、その速度を速めていく。はじめはよろよろ見せていた彼女は、彼に追いつこうとスタスタ歩きから駆け足になり殿下の腕に飛び込もうとした瞬間、彼が驚いたように身を躱してよけたので、給仕のワゴンに激突して、緩んで解けかけていた包帯はおかずやスープまみれになってしまい、「火傷してはいけない」という甘い声の殿下の命により、何本もの水差しの水が彼の側近たちの手でバシャバシャ彼女の全身にかけられたあと、「確認のため」と包帯はすべて解かれた。
「よかった。火傷はないようだ」と優しく言って、「はい」とロレッタがウルウルした目でアレクシス様を見上げると、突然殿下の顔が曇り、目がきびしくなった。
「で、・・・君、どこを怪我しているの?」
◇ ◇ ◇
それからは三家を巻き込んでの大騒動だった。
何しろ王弟殿下が証人なのだ。
フレデリック様の有責できれいに婚約破棄はなされ、彼は私が卒業するまでは領地で謹慎、ロレッタは他にも何人もの子息に秋波を送っては親しくなり、いくつかの婚約をだめにしていた前歴が明らかにされたため、それぞれへの慰謝料を払うために、大金を用意しなければならず、領地をもたないリビングストン家は困り果てた。それを聞きつけて莫大な支度金の用意を申し出てくれた、隣の大国の年の離れた大商人の元に嫁いで行ったそうだ。彼は不幸なことに娶るたび、三年程で妻を病や事故で、亡くしてしまっているそうで、彼女は七人目の妻になるらしい。
あんな性格でもロレッタは若く、愛らしく、男性の心を虜にできる人なので、その方も今度こそ幸せになれるのではないかと思う。
あの騒動の後、父は侯爵と袂を分かち、兄たちは今まで以上に私を甘やかすようになった。私はしばらくは羽を伸ばすつもりだったけれど、つい先日、良い友人でいてくれて誇らしいと思っていたトーラス様の婚約者になってしまった。
誠実な堅物と評判なのは今も変わらないけれど、二人になるとなんだか身の置き所がないほどに甘くなり、私はドギマギしっぱなしだ。
・・・で、これからの未来はまだわからないけれど、あのころと違って、毎日が輝いているように思え、心からしあわせを感じている。
お読みいただきありがとうございました。
そして、誤字報告、ご感想などいただき、感動しました。
ありがとうございました。