【思いつき】ひなま釣り
「おー、磯野! ひなまつりに行こうぜぇ〜!」
中島がよくわからないことを言い出したので、ぼくはツッコんでみた。
「おいおい中島ぁ〜。ひなまつりは行くもんじゃなくてやるもんだよぉ〜。それに僕ら男の子だろ? あれは女の子のお祭りで……」
「違う違う雛祭りじゃないぜ。磯野、知らないのか?」
「な……、何をだい?」
「お城の堀川にヌシが住んでいるんだよ。そいつを釣ったやつは、悪魔にだって立ち向かえる力を神から授けられるんだぜ?」
「ぬ……ヌシ? もしかしてそいつの名前が……」
「そう。『ひなま』だ」
「ひなまを釣るからひなま釣りか……」
僕は合点がいって、ぽんと手を叩いて、言った。
「よし! やってやろうじゃないか!」
僕と中島は野球道具を持って、お城へいった。堀川には苔色の水が静かに澱んでいた。
「ここに『ひなま』が……」
「ああ……。絶対に俺たちの手で釣り上げようぜ」
「ちなみに今日は三月三日だから……」
「ああ! これは雛祭りのひなま釣りさ!」
早速、僕たちはバットを取り出すと、そこにグローブを結びつけ、先にボールをつけると、川に投げ込んだ。
「こ……、これで釣れるのかい?」
「たぶん……」
面倒くさいもったいつけた描写はなかった。
すぐに水に浮かんだボールを水底から強く引っ張る力があった。
「かかった!」
「『ひなま』か!?」
僕らは二人がかりでバットを立てた。
グローブが糸のようにピンと張る。
物凄い力だ! グローブが切れそうだ!
中島が声を上げた。
「こ……これ、お父さんがアメリカで買ってきた大谷翔平選手のサイン入りグローブなのに!」
「なんでそんな大事なグローブ持ってきたんだよ!」
「やっぱりひなま釣りやめて野球やろうぜ」
「やろう、やろう」
僕らはバットを投げ捨てて、グランドのほうへスッタラターと駆け出した。
『ひなま』は取り残された。
おわり。