【現実世界恋愛】ポップコーンを放り投げて
ポップコーンを一月の空に放り投げた。
風に煽られ、フラフラしたかと思うと、口に届く寸前で大きく横に飛んで逃げていった。
「あ。もったいない」
「どうでもいいんじゃない?」
ソフィーは冷たい。
たまに自分のこめかみに拳銃を押し当てて「こいつを殺すぞ! いいのか?」とでも言ってやりたくなる。
「ねぇ、ソフィー」
そのブロンドの髪が隠す横顔を並んで追いかけながら、わたしは言った。
「今度はピーナッツでやるから、見ててよ?」
「急ぐのよ、シャルロット」
ソフィーは冷たく言った。
「一年は短いんだから」
「長いわよ」
わたしはむきになっていた。
「長いんだから、あなたがわたしのほうを向いてる暇なんて、いくらでもあるはずよ」
「一年前を覚えてる?」
ソフィーは頑ななまでにわたしの顔を見てくれない。
「何をしてたか」
わたしは額に指を当てて考えた。思い出そうとした。そんな昔のことなんてすぐには記憶の中から手繰り寄せられない。
「キャンディーを空に放り投げて、あなたそれを口で受けて、喉に詰まらせそうになってたでしょ」
それを聞いて思い出した。
それをきっかけに、色んな記憶が遠いところから大群で駆け寄ってきた。
「サムを追っかけていたわね」
「ええ、サムを」
言われる前からサムのことを思い出していた。
ビーグル犬のサムがわたしの楽しみにしていたフランクフルトをくわえて逃げたから、ソフィーと二人で全力で追いかけていた。
「あなたはあの頃、ポップコーンにはまだハマってなくて」
「そう。弾けるキャンディーにばかり夢中になってた」
足元の石畳を見つめながら、一年前を歩いているような気になった。
隣を歩いているのは、まだ髪の短かったソフィーだ。
「そしてわたしは……」
ソフィーが続きを言いかけたのを腕を組んでやめさせた。
「あんたはめっちゃ変わったよね。ほら一年もあったら色んなことがこんなに大きく変わるんじゃん」
からかうように、ブロンドの長髪に人差し指を突き刺して、ソフィーの頬をつんといじめた。
「あの頃はわたしに夢中だったじゃん。今では?」
ソフィーがやっとこっちを振り向いた。綺麗なオトコの顔。剃り残したヒゲがかわいかった。
「ねぇ、わたしばっかり見ていてよ」
「見てるわよ。いつだって。……あんたの胸の形とか好きなんだもの」
「わたしの口もよく見て?」
袋の中からまたポップコーンをひとつ取り出すと、一月の空に投げた。
今度は運良く風には流されず、まっすぐこっちに落ちてきた。
「あっ」
鼻と口のあいだにそれは命中すると、そのままぽろりと下へ落ちていった。舌を伸ばしたけど遅かった。
「ぷっ」
ソフィーが吹き出す。
「何よ。可愛いわね」
わたしが頬を膨らます。
「わたし、性転換したからこれ、BLでも百合でもないよね?」
「うん。【現実世界恋愛】でいいと思う」
ソフィーの言葉にわたしは真面目に答えた。
「あんまり情緒不安定にならないで」
そう言って、カレの頭を抱き寄せた。
放り投げられたポップコーンみたいにフラフラしながらも、カレの唇はわたしの唇にすっぽり吸い込まれた。