★【残酷な描写あり3,560文字】 パリピ・フィクション 【ブラックコメディー】
「なぁ、トリボルテ」
ウィリーが言った。
「聖書のこの一節を覚えているか? 『湖の上を歩く者を見よ、水が凍っていれば誰でも出来るのだ』」
「知らないな」
俺は内心呆れながら、答えてやった。
「そんなことより相棒、仕事だぞ。気を引き締めてくれ」
「冬の湖は凍ってるから誰にでも歩けるんだとよ」
ヒーヒーヒーと笑いながら屈強なアフリカ系の相棒がデスクを蹴り飛ばした。
「聖書をバカにするな」
「おまえが自分で言ったんだろ。付き合ってられねぇな」
「なぁ、トリボルテ。置いて行くんじゃねぇぞ。おれを置いて行くな」
「置いて行くわけないだろ、ウィリー。おまえは大切な相棒だ」
「ほんとうに相棒だと思ってるか? 聖書オタクのこのおれをか?」
「いいか? ウィリー」
俺はヤツの両拳を手で包み、子供に言い含めるように、言ってやった。
「俺たちはパリピだ。それを忘れるな。とても陽気に、日本人のイカれた若者のように、仕事をやるんだ」
「オーケー。おれたちはパリピな」
ウィリーがノリノリで笑う。
「じゃ、行こうぜ。パーティーだ」
パスカルは古いアパートを丸ごと一軒借りている。
住人たちは皆、ヤツのファミリーだ。
「邪魔するぜ」
俺が102号室の扉を足で蹴破ると、若い兄ちゃんがドーナツをくわえていた。驚いてこちらを見る。
「パーティーだ」
そう言うなりウィリーが、ドーナツの詰まった兄ちゃんの口の中に鉛玉を撃ち込んだ。
「ヒャホー! 楽しいな」
「バカ! いきなり殺すな」
「だってパーティーだろぉ?」
銃声を聞きつけたパスカルの手下が四方八方からやってきた。
アパートの壁を取り去っているようだ。六部屋すべてを繋げてやがる。
「あっ!」
「野郎!」
「取り立て屋のトリボルテとウィリーだ! やっちまえ!」
「飢えている人に、お前の食物を、裸の人にはお前の衣服を分け与えなさい。余分なものはすべて施しなさい。施しをするときは喜んでしなさい」
笑顔でそう言いながら、ウィリーが死体の服を漁る。
「おい。そんなことをしてる暇はないぞ。パスカルが帰ってくる前にどうにかこの言い訳を考えろ」
俺はウィリーが皆殺しにしたパスカルのファミリーたちを眺めて途方に暮れた。
「……ったく。どう説明すりゃいいんだ、これ?」
「食いかけのハンバーガー見つけた!」
ウィリーが喜んで声をあげた。
「ちょうどケチャップ代わりに血が降りかかってるよ。ドリンクにスプライトねぇかな」
そこへパスカルが帰ってきて、声をあげた。
「あっ」
「やあ、パスカル」
俺は咄嗟に考えた嘘を口に出した。
「来てみたらあんたのファミリーがこんなことになってた。一体どうしたんだろう?」
通じるわけがない。俺もウィリーも返り血でびしょびしょなのに。
「てめぇ……! 取り立て屋!」
パスカルはハゲ頭から生えた白い長髪を揺らし、眼鏡の奥の目を険しくした。
「オレのファミリーを……! 殺りやがったな!」
「イッツ・パーティー・タイム!」
ウィリーが嬉しそうに両手を広げた。
「待て、ウィリー。パスカルも落ち着いてくれ」
殺気立った二人を俺は慌てて制止する。
「仕事だ、仕事。冷静に話し合おう。俺達は借金の取り立てに来ただけだ」
「それで皆殺しか?」
パスカルが懐に手を入れた。
「これが話し合いなんか出来る空気かよ!?」
「ゔああああ!」
ウィリーが奇声をあげた。
「やれば出来るんだよな、おまえは。ウィリー」
後ろ手に縛りあげたパスカルを抑えつけながら、俺は言った。
「へへへ! おれ、パリピだからな」
「パリピの意味、ほんとうにわかってるか?」
「わかってるさ。日本語で○○☓☓だろぉ?」
「そんな卑猥な意味じゃない。……まぁ、どうでもいい。コイツをボスのところへ連れて帰ろうぜ」
「へへ……。いいなあ、トリボルテ。早く帰ってカノジョに会いてぇんだろ?」
「ああ」
俺は素直に認め、思わず顔が緩んでしまった。
「この仕事を無事に終わらせたら俺、デイジーと結婚するんだ」
「おい……。それ……!」
「え?」
「ヤベェよ、それ……!」
「なんだよ?」
「死亡フラグ立っちまったよ! おまえ!」
「何のことだよ?」
「あるんだよ。そのセリフを言っちまったら、言ったソイツの死亡が確定しちまうようなセリフがよ。たとえばさっきおまえが言った『俺、ここから無事に帰れたら結婚するんだ』ってのも、代表的なそれだ」
「なんだ? 聖書の預言か何かか、それ?」
「いや、日本のアニメオタクが言ってた」
「なんだそりゃ……。バカバカしい。帰るぞ」
俺たちは乗ってきた黒いクライスラー300の後部座席にパスカルを押し込むと、ウィリーの運転で本部へ向かって走り出した。
俺は助手席で足を組み、隣のウィリーに言ってやった。
「ここから俺にどうやってDoomが訪れるっていうんだ? ん?」
「わかんねぇ。わかんねぇけど、ヤバいぜ? おまえ、死亡フラグ立っちまったからな」
「パスカルは縛りあげた。仲間はおまえが全員血みどろにしちまった。誰が俺を殺すっていうんだ? ん?」
「まぁ、ジョークだよ。あれはジョークさ。いい女を貰う男は不吉なジョークを言われるってことぐらい、おまえも心得てるだろ?」
「ああ。デイジーはいい女だ」
俺はついニヤけてしまう。
「彼女と結婚できるなんて俺、今最高に幸せだよ」
「おいっ! それ……」
「ん?」
「それも言っちゃいけねぇセリフだ! 『今、最高に幸せだ』ってやつ!」
「何のことだよ」
「死亡フラグだ! それ言ったヤツは必ず死ぬ!」
「縁起でもないこと言うなよ」
「それもだーッ! 死亡フラグだ!」
「まぁまぁ。一息入れようぜ。おまえ、銃弾撃ちまくったよな。一体何発撃った?」
「覚えてねぇ」
「ちょいと確認するな?」
そう言って俺が銃口を自分のほうへ向けた時だった。いきなり銃が暴発した。
ぶっしゃーー!
「あっ……!」
ウィリーが慌てて車を停める。
「ははははは!」
縛られているパスカルが愉快そうに笑い声をあげた。
クライスラーの窓ぜんぶが俺の血で真っ赤に塞がれたのだ。もちろん車内も俺の血やら脳漿やらでベットベトだ。
「ああ〜……。だから言ったのによ」
真っ赤なウィリーは車から下りると、真っ赤なパスカルを下ろさせた。
「仕方ねぇ……。ここから歩きだ。めんどくせーな」
そして真っ赤な二人は車を乗り捨て、面倒臭そうな足取りで歩いていった。
いや、待て。なぜ死んだ俺がこんなことを喋っている?
これは夢なのだろうか?
いや、タイトルを見ればわかることだった。これはフィクションなのだ。
俺はフィクションの中の登場人物だから、ほんとうに死ぬことなどないってわけか。ははは。
きっと次の行ではしれっと生き返っているに違いない。
「うめぇな、このホットドッグ」
ウィリーの声が言った。
「おまえも食えよ。分けてやるぜ、トリボルテ」
目を開けると暑苦しい黒人の顔があった。
「ウィリー……。俺……、死んだか?」
俺は自分の顔を手で確かめながら、聞いた。
「なーに言ってんだ? 死んでたら今ここにおれといねぇだろうが。それともキリストの復活の日がもう来ちまったとでもいうのか?」
「そうか……」
俺は笑った。
「デイジーに生きてまた会えるんだな」
「さぁて、メシも食ったし……」
ウィリーが黄色い椅子の背もたれに身体を崩してもたれかかる。
「コーラでも飲むかな」
「食うことばっかりだよな、おまえは」
「そればっかりじゃねーぜ? 神様のことだっていつも考えてる」
「ああ。聖書オタクでもあったよな」
「オタクかよ……」
ウィリーはジョークでも耳にしたように、目を覆ってハハハと笑い、そして、言った。
「なぁ、トリボルテ。聖書のこの一節を覚えているか? 『湖の上を歩く者を見よ、水が凍っていれば誰でも出来るのだ』」
「知らないな」
俺は内心呆れながら、答えてやった。
「そんなことより相棒、仕事だぞ。気を引き締めてくれ」
「冬の湖は凍ってるから誰にでも歩けるんだとよ」
ヒーヒーヒーと笑いながら屈強なアフリカ系の相棒がデスクを蹴り飛ばした。
「聖書をバカにするな」
「おまえが自分で言ったんだろ。付き合ってられねぇな」
「なぁ、トリボルテ。置いて行くんじゃねぇぞ。おれを置いて行くな」
「置いて行くわけないだろ、ウィリー。おまえは大切な相棒だ」
「ほんとうに相棒だと思ってるか? 聖書オタクのこのおれをか?」
「いいか? ウィリー」
俺はヤツの両拳を手で包み、子供に言い含めるように、言ってやった。
「俺たちはパリピだ。それを忘れるな。とても陽気に、日本人のイカれた若者のように、仕事をやるんだ」
「オーケー。おれたちはパリピな」
ウィリーがノリノリで笑う。
「じゃ、行こうぜ。パーティーだ」
黒いクライスラー300に乗り込みながら、なんだか知らないが違和感を覚えた。
なんだかこの会話、前にもしたような……。
「ま、いいや」
俺たちは車に乗り込み、パスカルとその仲間の住むアパートへ、パーティーのノリで借金の取り立てに出掛けた。
映画『パルプ・フィクション』を元ネタにしたオリジナルストーリーです