【ハイファンタジー2,869文字】幻を使う王子様とウチ
仲間たちとはぐれてしまったのだった。
日は高く、森の色は明るいけれど、心は暗い。
こんな見知らぬ異国の森で、こんな可愛くて若い女の子が一人で歩いていたら、一体どうなるのだろう。
「どうもならへんわ!」
私は空に向かってそう言い、空元気を自分に見せた。
「ウチは世界を救う勇者フウガ様のパーティーメンバー! 武闘家の綿綿様やで! なんか出てくるなら出てきぃや! 面倒臭がらず相手にしたんで!」
するとその声に応えるように、出てきたのだった。
木の陰から、岩の陰から──
「ゴブ! ゴブっ!」
ゴブリンが。三匹、四匹……十二匹。
私は一瞬、怯んでしまったけど、気を取り直した。
私にはコレがある。数々のA級魔物を倒してきた、S級魔物にすら傷をつけたことのある、この、『世界100大武器』のひとつ、その79位に位置する鉤爪、『ネコの爪』が!
「よう出てきたな、アンタら! 斬り裂いたんで!」
腕を前に組み、ジャキーン! と。いつもなら装着した手甲の中から4本の長く鋭い爪が飛び出すはずだった。
「……あれっ?」
意味がわからなかった。お腹が空きすぎていたせいだろうか。いつも頼もしい勢いでジャキーン!と飛び出してくれる鉤爪が、シーン……とおとなしい。
「ゴブ! ゴブ!」
ゴブリンたちが近づいてくる。
「なめんな! 武器が使えなくたってゴブリンごときに負ける綿綿様やあらへんわ!」
私の武器は『ネコの爪』だけではない。徒手空拳でもB級の魔物までは倒したことのある、その鍛え上げた武術も自慢だった。
私は旋風脚でゴブリン五匹をまとめて倒したかった。
「きゅうううう……」
お腹が鳴った。
力が出ない。
「かっ……! 火事場のクソ力とか言うやろおぉぉ!? ピンチなんやから! 空腹ぐらいで動けんようなるなや、ウチのカラダあぁっ!!」
自分のカラダを叱りつけても仕方がなかった。
べろんっ!
ほっぺたをゴブリンに舐められた。
「ひゃ……、ひゃあああっ!?」
ゴブリンの輪が私に向かって狭まってきた。
何をするつもりなのだろう。食べられるのだろうか。それとも別の意味で食べられてしまうのだろうか。
「ゴブぅ!」
「ゴブゴブゴブぅぅぅ!」
全身にサブイボが立った。キモい、怖い、心細い。ぎゅっと目を閉じてしまった。
ゴブリンなんかに食べられてしまうなんて、美少女として産まれてしまった自分が憎い。
腕を両側から掴まれ、ほっぺたを三匹から舐められ、フゴフゴという臭い吐息を至近距離からかけられ、ああもう舌を噛んで死んでやる、と──
そう思った時だった。
「何かと思えばゴブリンどもか」
そんな声が聞こえた。
こんな時にとても落ち着き払った、透き通るような男の人の声だった。
「ゴブっ!?」
「ホブゴブっ!?」
ゴブリンたちが声の主のほうを一斉に向いた。ホブゴブリンも混ざっていたようだった。
私もその人を見た。ぎゅっと目を閉じていたせいか、眩しくてよく見えなかった。ただわかったことは、馬に乗っていて、立派な剣を空にかざしているその人は、シルエットだけで私を泣かせ、感動させてくれたということだけだった。
「ご、ゴブーーーっ!?」
「ほ……、ホブゴブホブゴブ!!!」
ゴブリンさんたちが急に慌てふためき、逃げ出した。その人はただ剣を空にかざしているだけだというのに。
助かったと知ると、身体中から力が抜けた。
へにゃへにゃとその場に膝をつき、倒れそうになる上半身を必死で前に倒すだけにしたら土下座みたいな格好になった。そのままの姿勢で私は言った。
「……どなたか知りませんが、ありがとうございます。おかげさまで助かりましたぁ……」
「旅の者か? 変わった服を着ているな」
その人の声がそう言った。耳に心地いい。
私のCHINA王国の真紅の武闘着は確かに西洋の人にとっては珍しいことだろう。私はこっくりうなずくと、
「私は勇者一行の者ですが……仲間とはぐれてしまいまして……」
そう言いながら顔をあげた。
眩しかったのがさらに眩しくなった。
目の前で白馬に跨っているのは、輝くような金色の髪をカッコよくなびかせた、王子様だったのだ。
「勇者一行だと?」
凛々しいそのお顔には微笑みのかけらもなかったのに、今まで見たどんな笑顔よりも光が宿っていた。
「我が国は平和だ。勇者が何をしに参った?」
「あお……おおおおお……!」
私は言葉をなくしたアホのようになってしまった。
それほどまでに圧倒的な王子様の王子様力だったのだ。
「精神的ショックがひどいようだな」
王子様が私を心配してくれた。
「後ろに乗るがよい。落ち着ける場所まで送ってあげよう」
優しい!
眩しいだけじゃなくて、お優しい! この王子様!
さっきのゴブリンさんたちはきっと、この王子様力に目をやられて逃げ出したんだ。そう、思った時だった。
「厶?」
王子様の目が、ぴくりと上を向いた。
「なるほど……。親玉を呼びに行ったか」
私も武闘家。もちろんその気配には気づいていた。
森の大樹の向こうから、何かがやってくる気配がする。
やがて大地を揺るがす足音が聞こえはじめ、そいつが大樹のてっぺんに顔を覗かせた。
「ヴオオオ! キンゴブーーーッ!!」
一つ目のゴブリンだ。でかい! でかすぎる! こんなのゴブリンじゃない! 初めて見た!
「久しぶりだな、キングゴブリン」
王子様がフレンドリーにバケモノに話しかけた。
「そのような巨体を普段どこに潜めているのだ」
キングゴブリンさんは会話する気なんかないようだった。
とてつもなく巨大な棍棒を、太陽に向かって振り上げる。
それが落ちてきたら地上に生きているものは何もなくなると思えるほどだった。
王子様がまた剣を空に向かってかざした。
それ以外は何もしていない。剣を上に掲げただけだ。
しかし、今度は私にもしっかりと、それが見えた。
「き……、キンゴブ〜〜〜っ!?」
キングゴブリンさんの全身が、一瞬にして炎に包まれたのだった。
かわいそうに。振り上げた棍棒を振り下ろすこともなく、早く火を消そうと、湖のほうへドスドス走っていってしまった。
「い……、今のは……?」
私はちゃっかり王子様の後ろに乗りながら、王子様に聞いた。
「フッ」
王子様はただ笑っただけだった。
「彼も我が国の住人だ。殺しはしない。ただ、悪さをすれば幻を見てもらうだけだ」
でも、その一言で、私には察しがついた。
私たち勇者パーティーのリーダー、勇者サイダ・フウガは『このゲールラント国にいるという高名な幻術使いを仲間にしたい』と言っていた。
この人が、フウガの言っていた高名な幻術使い……その名もフリードリヒ・ヴィルヘルム・タダノ・バカ……?
「娘よ。怪我はないか?」
私を後ろに乗せ、馬を歩かせながら、王子様が聞いてくれた。
「名はなんという?」
「助けてくれてありがとうございます」
私はお姫様になった気分で夢心地だった。
「私、勇者パーティーで武闘家を務めます、劉・綿綿と申します。……あなたは?」
「私はカイル・エーリッヒ・ゲールラント」
凛々しい声でカイル様は名乗られた。(よかった……タダノ・バカじゃなくて)
「この国の王子だ」
『本物だったーーー!!!』
私は思わずガッツポーズをしていた。
(いつか続く……かも?)
書き直すならもっと真面目にやりたいm(_ _;)m