【宇宙】詩人になんかなりたくなかった
母星からのお偉いさんが宇宙船に乗って到着した。なんて役職かは知らん。興味がないからだ。赤く燃える衛星ベスタを背景に、凍るほど冷たい乾いた大地にそのおっさんは宇宙船から降りて来ると、あろうことかこの俺に聞いてきた。
「君。調査の進捗状況を教えてくれ」
俺はもちろん、こう答えるしかなかった。
「火の海は山とともにあり、冷気は凍らす雲すら見失い、そして私の生命は、遙か4光年の彼方に故郷を失い、私の母の迷える子は、今……」
「おい……。意味がわからんのだが……」
「申し訳ありません。私に聞くのが悪いのです。ここに林檎あり、黄色い林檎は君とあり……」
「なんだコイツは。データと具体的調査結果のみで答えてくれないか!」
「そいつに聞いてはいけません」
笑いを堪えながら副隊長が前に出て、俺に聞こえるような声で、
「そいつは詩人なんです。何の役に立つのかさっぱりわかりませんが、本部が連れて行くよう命令したもので……」
「そうだ。俺は詩人だ。説明のために言葉を使うのが得意でない。言葉を説明のための道具の仕事から解放してやり、自由に空を踊らせるのが得意だ。うたうことしか出来ない。
テレパシーが欲しいといつも思っている。たとえばこの石だ。これが俺の頭の中にあるものだとして、俺はこれをこのまま相手の頭の中へ送り込みたい。言葉ではなく物体のまま、そっと優しく、相手の頭の中にあるその手に渡したいのだ。
そんなことは不可能だとわかっている。わかっているので、俺は言葉で岩を削り、言葉の石を相手との間に作り出す。それを眺めて、笑って「石だね」と言ってほしいのだ。「意味がわからん」なんてつまらない言葉はいらない。石に意味などないのだ。石があることに意味など」
「なるほど。人類が地球を脱出して移住するには適しているということか」
お偉いさんが俺の独り言を遮って言った。
「しかしこの星には水がない。それをどうするんだね」
「水は作り出すことができます」
副隊長が答える。
「酸素はあります。地球から水素を運び込み、結合させれば……」
「天地創造レベルの計画だな。我々の手で海を創り出し、この星に生命をもたらすというわけか」
「それは凄いことですよね」
俺は辛抱たまらずまた口を開いた。
「生命の星を創造するということは、元々のこの星を破壊するということだ。俺はその瞬間を見たい! この星を不孝という光の物語の舞台へと導くはじめの言葉が、どういう発音で、どんな感情とともに発されるのかを。そしてざわめきが」
「それは慎重にやらんといかんな」
お偉いさんは俺を無視した。
「援助資金の無駄遣いにならんよう、確実に可能だと判断できない限りは許可はできないぞ」
「わかっております」
副隊長は俺のことを汚い虫でも見るような目で一瞥してから、お偉いさんに頭を下げた。
「私にお任せを」
(未完)