【雨澤 穀稼さまのお題】大スランプDr.神月御劔(しんげつみつるぎ)の華麗なる苦悩
Dr.神月御劔は苦悩していた。
彼の作るロボットが、ことごとく初戦敗退してしまうのだ。
25XX年、野蛮だからという理由で廃止された人間同士のボクシングに代わって、ロボット同士が戦う『ロボット・ボクシング』が大流行していた。そう、ヒュー・ジャックマンさん主演のあの映画のように。
「リアル・スティールじゃだめなんだ!」
Dr.神月御劔は作りかけていたロボットをぶっ壊しながら、叫んだ。
「この世にもっと、かわいい女の子そっくりなロボットを創り出すんだ! そしてそれが最強だったら萌え萌えじゃん!?」
しかし現在の最強は、ライバルであるタク・マツドの作った『ヤーヴェ』だ。いかにもロボットといった厳つい見た目の、鋼鉄のチャンピオンであった。ちなみにDr.神月御劔はタク・マツドを一方的にライバル視していた。
呼び鈴がなった。
研究所のドアを開けると、そこに等身大の美少女フィギュアが立っていた。
「君は?」
聞くと、美少女フィギュアは細い体をくねくねさせて、にこっと笑い、名乗った。
「わたし、メリーさん。あなたの娘なの」
産んだ覚えは、あった。
ロボット技師になる前、Dr.神月御劔はセクシードール製造会社に勤めていたのだ。
そこでそういえば、意思をもち言葉を喋る美少女フィギュアを作ったことがあった。名前までは決めていなかったはずだが……。
しかしこの子に戦闘能力はまったくない。今は用がないと思った。
「帰れ」
そう言うと、メリーさんはまたにこっと笑い、一枚の書類を差し出してきた。
「私を買ったひとが、私を返品することにしたの。これ、譲渡証明書なの」
なるほど。製作者に返品するのか。販売会社ではなく……。
なんだかそれがもっともなことのように思えて、Dr.神月御劔は彼女を仕方なく引き取ることにした。どうせ食事代はかからない。電気代も吉野家のコンセントを借りればタダだと思った。
「また勝ってしまったな……。当然だ」
タク・マツドは拳闘場のVIP席から戦いの結末を見届けると、悠々とブランデーを飲み干した。
リングの上では颯爽と立つ戦闘ロボット『ヤーヴェ』が、バラバラになった挑戦者のロボットを見下ろしながら神のような威厳を見せている。
「あなたは天才だわ」
その傍らで同じくグラスを傾けながら、ハリウッド映画に出てきそうな美女がタクをうっとりと見つめた。
「誰もあなたの作ったロボットには敵わない」
「私の作った『ヤーヴェ』は完璧だ」
ふんぞり返りながらタク・マツドが自慢する。
「オリジナルの高性能トヨダ製ハイブリッド・エンジンを搭載し、ミサイルのごとき加速性能を有している。その上に強さを象徴する神を模したスタイル……。コイツを超えられるものが何かあるかね?」
赤いチャンピオン・ベルトを巻かれ、『ヤーヴェ』が下りたリングの上で、次の試合が始まった。
「厶……? なぜ、王者決定戦の後に試合が?」
余興はふつう、試合より前に行われるものである。
しかしメインイベントの後にその試合は始まった。
背広姿の興行主がリングにあがり、マイクを持った。
「皆さん、今日のメインイベントはこちらになります! 新しい時代がやって来ました! かわいい美少女型ロボットの登場です!」
それとともに美少女ロボットがリング上に躍り出た。
緑色のツインテールを揺らし、華奢なその身体をかわいくくねらせ、自己紹介をする。
「はじめまして、皆さん! わたしの名前は『初鰹ミックン』だよっ! よろしくねっ!」
観客席から割れんばかりの歓声が起きる。いかついロボットばかりの中に突如として現れた美少女ロボットに目をやられたのだ。頭もおかしくなっている。
ライブが始まった。リングの上を色とりどりのレーザービームが飛び交う。露出の多い衣裳に身を包んだミックンは男たちのハートを完璧に射止めた。
「それでは本日の真のメインイベントを行います!」
興行主が高らかにマイクを掲げる。
「チャンピオン、『初鰹ミックン』と、挑戦者『ヤーヴェ』の決勝戦でえっす!」
「いや……、待て」
タク・マツドはうろたえた。
「聞いてないぞ。それになぜ、私の『ヤーヴェ』が勝手に挑戦者にされてるんだ!?」
「それでは試合開始ですっ! カァーン!」
興行主の口ゴングで戦いは開始された。
「いっくよーっ!」
仕掛けたのは『初鰹ミックン』のほうだった。いきなりの大技『ミックンミックンにしてやんよ』だ。
「まぁ、いい」
タク・マツドが嘲笑う。
「返り討ちにしてやれ、『ヤーヴェ』」
『ヤーヴェ』が得意のカウンターパンチの態勢に入る。『初鰹ミックン』はタコのようにくねくねとした踊りから一転、そこに鋭い蹴りを繰り出した。
まともに喰らった『ヤーヴェ』の頭部が吹っ飛ぶ。
「あーっと! 瞬殺だあーっ!」
興行主が興奮してマイクを振り回す。
「一瞬にして決まりました! 勝者は『初鰹ミックン』! 新しいチャンピオンの誕生ですーっ!」
観客席が湧きに湧いた。
やはりみんなかわいい女の子が好きだったのだ。
「おい……。待て……」
タク・マツドは途方に暮れた。
「ボクシングだぞ? 『鋭い蹴り』って……」
その頃、Dr.神月御劔も途方に暮れていた。
「『ヤーヴェ』が……負けちまったぞ。誰だ、あの美少女ボクサーは?」
メリーさんがにっこり笑って、答えた。
「はい! わたしのお姉ちゃんなの!」
その頃、モニターで観戦していた男が自室で興奮していた。
「やった! やったぞーっ! さすがは俺の『初鰹ミックン』だ!」
それはメリーさんを返品した男であった。
こうして大スランプDr.神月御劔の華麗なる苦悩は続いていったのであった。いやこれ、失敗だ。