大黒様とあたしの超約束
あれは10年前──あたしがまだ7歳の時だった。
「超約束だぜ?」
そのひとはそう言ったのだった。
「超約束したからな?」
星の形の砂がたくさん寝転ぶ砂浜だった。
たぶん島根県太田市だ。山の上におおきな砂時計を見たのを覚えているから。
あたしは彼に、張り切って答えた。
「ちょーやくそくだね!?」
意味はたぶん、わかってなかった。
「ちょー! ちょー! やくそくしたけんね!?」
そのひとは頼もしい笑顔でうなずいた。
逆光の中を、白いうさぎを縄に繋いだものを背負って、太陽のほうへ消えていった。
黒々とした立派なおひげに縁取られた顔が印象に残った。
しかし、覚えていないのだ。
あのひとと──大国主の尊と、あたし、どんな約束したんだっけ?
「おぉい、那美〜!」
廊下で名前を呼ばれ、振り向くと、凪が手を振りながら追いかけてきていた。
また『宿題写させてごせ』のお願いだろうか? そう思ってると、違った。
「今夜、『くにびき大橋』の上に来てごせ」
よくわからないお願いをされた。
街のはずれにかかる『くにびき大橋』。なんにもないその上で何をするというのだろう。
「何をするというのだ?」
思ったまんまを質問すると、
「来てみてのお楽しみ!」
含み笑いを浮かべて、凪はすぐにあっちへ行ってしまった。
ニヤニヤしながらクラスの友達が近づいてきて、聞く。
「那美って、隣のクラスの凪くんと付き合っちょーの?」
「幼なじみなだけだよ」
あたしはそう言って、興味もないふりをした。
「ま……、仲はいいかもだけどね」
先生が黒板におおきく『大国主の尊』と白いチョークで文字を書き、言った。
「我が県の誇る観光名所、出雲大社に祀られている神様が大国主の尊だ。とても神格の高い神様で、さまざまな名前をもっている。鳥取県の白兎海岸には『因幡の白うさぎ』という有名な伝説があるが、これに登場する『大黒様』も、大国主の尊の別名だ」
あたしは興味津々でノートをとった。
あたし、小さい頃、その神様に会ったことがあるんだよ。大国主の尊と超約束をしたんだから。
そう思うけど、それは誰にも言わない。信じてもらえないだろうし、頭のおかしい子だと思われるのは嫌だし、何よりその交わした超約束の内容をさっぱり覚えてない。
あたしは手を上げ、先生に質問をした。
「せんせい! 大国主の尊のスキルって、何ですか?」
「スキル……?」
「どんなことがデキる神様なんですか?」
「大国主の尊はな、国を作ったんだ」
「国を?」
「ウム。昔々、出雲の国は小さかった。そこへ海のむこうから国を引っ張ってきて、繋げた。それが今の島根半島だ。宍道湖も、中海も、境港も──多くの水産物の恵みを私たちに与えてくれるものは、大国主の尊が作ってくださったということになっている」
「ふーん」
正直、つまらないスキルだなと思った。
そんな神様とあたし、どんな超約束をしたんだろう。
もしかして、あたしのために国を引っ張ってきてくれて、それをあたしにくれるというのだろうか?
『おまえに世界をくれてやるよ』──そんな超超約束だった? それならなんか、ワクワクするかも。
「あと」
先生が言った。
「出雲大社は日本一の縁結びの名所だ。これは大国主の尊が国作りのみならず、子作りの神様でもあるからなんだ。つまり、大国主の尊のスキルは男女を結びつけ、子宝に恵まれさすというものでもあるな」
子宝……。
それはいらんな。
あたしは一生独身がいい。
島から島へ飛び移るように、男を取っ替え引っ替えし、冒険者のように楽しく生きるつもりだ。
とにかく子供の頃に大国主の尊とした超約束は、あたしに国をひとつくれることだと勝手に期待することにした。
夜、言われた時間に29分遅れて行くと、おおきな橋の上に自転車を止めて、凪がスマホを見ていた。
「おっせーわ」
「来たよ。何?」
凪はなんだか日本書紀に出てくる神様みたいな白ずくめの格好をしていた。
髪もいつものウルフカットをまとめ、ナントカのミコトみたいな趣になってる。
あたしは言った。
「っていうか誰かと思った。何、その格好。寒くない?」
「じつは……寒い……」
「何の遊び? 早くして。帰って観たいユーチューブ動画があーに」
「俺との約束よりそれ、大事なこと!?」
「約束なんかしちょらんけんね。あんたが来いって言ったから来ただけだに」
「おまえ……。やっぱり、覚えてないのか?」
「何を?」
「おまえが7歳の時だ。俺とおまえは、超約束をした」
そう言われて、頭が混乱した。
あたしが超約束をしたのは大国主の尊だ。凪じゃない。
正直にそれを口にすることにした。
「あたしが約束したのは大国主の尊とだよ? あんたとじゃなかった」
「おっ? 覚えててごしたか!」
「どういうこと? あんたがあの時の大国主の尊だってこと?」
「いや。俺はじつは大国主の尊の息子の一人なんだ」
「つまり神様ってこと?」
「そげ、そげ(そう、そう)」
その時、空から光が降りてきた。
見上げると、アダムスキー型のUFOが、音もなくあたしらのほうへ降りてきていた。高い建物のない田舎だから、それはなんだかショボくて小さく見えた。
ばっしゃーん! 大橋川に着水すると、さすがにおおきな音がした。
帽子みたいな上部がパカッとあいて、中から立派な背の高いひとが立ち上がった。
「パパ!」
橋の上から凪が手を振った。
そのひともUFOの中から手を振り返した。
そしてあたしを攫うと、UFOは再び浮上した。
「子供の頃にした超約束って……もしかして……」
あたしが聞くと、凪が嬉しそうにうなずく。
「俺らの星に来て、俺と結婚して、新しい国を作るんだ」
大国主の尊は黒いおひげに縁取られたお顔を豪快に笑わせると、あたしを歓迎した。
「よう、お嬢ちゃん、久しぶり! 約束どおり、貰いに来たぜ! うちの星では女性は17歳から結婚できっからな!」
いやじゃ……
いやじゃ〜……!
そんな小さい頃に勝手にさせられた約束なんか、無効です〜〜!
書ききってみたけどやっぱり失敗しましたm(_ _)m