【ホラー】屠殺
目が覚めるとひどい匂いがしていた。
接待を受けていた部屋とは違っていた。床も壁もコンクリートの殺風景な広い部屋で、私は縄に吊るされてさかさまになっていた。
「ありゃ……。起きちゃったか」
男の声が死角から響いた。
響いた声はすぐにコンクリートの壁に吸われて冷たくなった。
私の見えるところまで歩いてくると、男の顔が見えた。街で私に声をかけて来た、あの男だった。綺麗な髭が狼を思わせる、色気のある目をした男だ。
「お姉さん、あのまま眠ってたほうがよかったのに」
そう言って、手に持った大きな包丁のようなものを、トントンと自分のてのひらで打ち鳴らす。
私は声が出なかった。
額に銃のようなもので何かを撃ち込まれたのを覚えている。たぶんあれのせいだ。全身が麻痺して動かない。
「びっくりしたかい? 目を覚ましてみたら、こんな所にいて?」
男は親切に私に教えてくれた。
「人の肉を食べたがっているお客さんって、結構いるんだよ。俺は食べないけどね。カネになるからやってる。申し訳ないけど、美味しいお肉になってもらうよ」
もう一人、背の高い男が部屋に入って来た。
「彼が君を屠殺する。俺にはとても出来ないからね」
髭の男は優しく笑う。
「俺には君が人間にしか見えない。豚や牛にはとても見えない。しかし、彼には君が食肉にしか見えないらしいんだ。とりあえず俺はこれで失礼するよ」
そう言うと、背の高い男に包丁を手渡し、また私のほうへ振り返る。
「さよならだ。最後の俺の仕事はコイツだ」
お尻のポケットに入れてあった大きな銃のようなものを、再び取り出した。
「ストレスを与えると肉がまずくなるんでね。すべて忘れて、リラックスしてお休み」
彼が私の額に銃をあてる。
そこから電撃のようなショックを私の脳に撃ち込むのだ。
しかしそれよりも早く、背の高い男が銃を奪い取ると、髭の男の額にそれを押しあて、銃爪を引いた。
「大丈夫か、ジェニー」
デイヴは私の縄を解きながら、謝った。
「すまん。遅れた。危ないところだった」