★【ヒューマンドラマ?】シッパイダーマン 〜 ファー・フロム・ザ・中之島ロール 〜
強力な毒グモに噛まれたピーター伊東くんは、死ぬまでの3時間の間だけ、蜘蛛の能力が使えることになった。
なので、死ぬまでにどうしても食べてみたかった『中之島ロール』を買いに行くことにした。
「ロールケーキ大好き人間としては、あれだけはどうしても食べずには死ねないからな」
彼女に一時間かけてスパイダースーツを作ってもらった。
「失敗だー、これ。一時間じゃやっぱりこんなのしか無理だよう」
ピーター伊東くんが着てみたピッチピチのスーツを見て、彼女はそう言った。
しかし意外に伊東くんは気に入っていた。
彼女のお父さんの長袖下着とそのズボンに赤と青の刺繍をしてもらったのだが、見た目の変態っぽさと染みついた臭いはともかく、動きやすくて、しかも涼しいのがよかった。
頭には彼女のお父さんの白ブリーフをあのヒーローっぽくしたものを被った。
目が見えないので穴を2つ開けてもらった。
てのひらから粘っこい糸を出し、飛ばす。
それをビルの壁や電柱にくっつけると、蜘蛛のようにぴゅんぴゅん飛べた。
死ぬ前にぴゅんぴゅん飛べて気持ちいいなと思った。
これで中之島ロールが食べられて、それが噂通りに美味しかったら、俺の人生これでいいや。
そう思えた。
彼の住む兵庫県加古川市から大阪の中之島まで約70km、結構早かった。
途中、垂水のあたりで糸をくっつける高い建物が疎らになったが、そこは山陽電車の屋根に乗って移動した。
死ぬ前にこんな体験ができてよかったなと思う。
まるで世界を救うヒーローにでもなったような気分だ。
そんなことはちっとも関係なく、これからロールケーキを買いに行くだけなのだが。
何も争い事は起こらなかった。
飛んで行く彼を見て、人々は珍しがったが、せいぜいスマホで動画を撮られただけで、特別なことは何もなかった。
警察も民衆に混じってただ見送るだけだった。ぴゅんぴゅん飛んで行く彼を止められるものは何もなかった。
中之島に着いたのは死ぬ一時間前だった。
買うために並ぶ時間も、コーヒーを買う時間も、中之島ロールの味を堪能する時間もたっぷりありそうだった。
ピーター伊東くんは安心して長い行列に並んだ。
当然のように、赤と青の刺繍の入った長下着姿の彼は、変質者と間違われ、通報された。
しまったふつうの格好で来ればよかったと思った時にはすべてが遅かった。
警察官に取り押さえられながら、彼は涙を流しながら繰り返した。
「中之島ロールが……! 中之島ロールが食べたいだけなんです!」
しかし無情にも、パトカーに乗せられた。
彼は涙声で叫んだ。
「シッパイダー!」
「俺の人生、シッパイダー……」
ピーター伊東くんは警察署で調書をとる警官を無視してそればかり呟いた。
彼女のお父さんの長下着は彼の涙で湿ってしまっていた。
その時、取り調べ室のドアを開け、婦人警官が、お皿にロールケーキを持って現れた。
「ロールケーキが食べたかったんですよね? これ、どうぞ」
そう言いながら彼の前にお皿を置く婦人警官が女神に見えた。
彼は、聞いた。
「これ……、中之島ロールですか?」
「そうですよ」
死ぬ1分前だった。
残念だが、ゆっくりしている時間はない。彼は急いでフォークを手に取り、慌ただしく震える動作で、中之島ロールを口に入れた。
同時に婦人警官がこう言った。
「中之島ロールのバリエーションで、梅ロールなんですよ。あたし、これが大好きでぇ」
ピーター伊東くんは泣きながら、最期の言葉を残した。
「スッパイダー……」