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第96話 許嫁は人肌が恋しい

「結愛、顔色悪くないか?」

「別に普通です」


 新学期が始まってからしばらくしたある日の朝、今日も朝食の準備をしてくれているのだが、結愛の様子が明らかにおかしかった。


 妙に足取りは悪いし、顔もほんのりと赤い。心なしか唇の血色も悪いような気がするので、莉音が不審に思うのも無理はないだろう。



「…………嘘はついてないよな」

「つ、ついてませんよ。そんなことより莉音くんは早く席に着いてればいいんです」

「ふーん」


 それでも悟られないようにと、結愛は莉音のことをキッチンから遠ざける。やはり体調が悪いのに間違いはない。


 顔もいつもよりも下を向いているから、もしかしたら立っているだけで辛いのかもしれない。それにいつもなら出来上がっている朝食も、今日はまだ皿に盛り付けられてすらいなかった。


 いつもは準備万端と制服にも着替えているが、今日はまだパジャマのままだった。



「結愛、体温測って」


 そんな結愛を放っておけるほど、莉音の良心は腐っていない。先に席に座って待っているように言われたが、そんなのは無視して結愛の隣まで足を運んだ。



「何でそんなことを……」

「熱がないんなら測っても問題ないはずだが?」

「うっ、、、」


 体温計を持ってこられては結愛になす術はなく、言葉を詰まらせる。顔はさっきよりも赤く火照っているので、体温を測らずとも熱があるのはほぼ確定だった。



「分かったんなら、大人しく体温測るんだな」

「…………はい」


 渋々納得したように首を上下に傾げて、結愛は莉音からの体温計を受け取る。立ち尽くしたままは辛いだろうから、リビングのソファに座ってもらう。

 ここにある体温計は脇に挟むタイプの体温計なので、服がはだけているのを見ないようにそっと目を逸らした。


 結愛が着用していたパジャマはおそらく綿で作られたもので、長袖長ズボンの、全体的に少しダボっとした印象だった。

 白が基調の作りに花柄の模様が描かれており、女の子ならではの可愛いさもある。


 不幸中の幸いなのは、そのパジャマにボタンが付いている、という点だろう。

 しゅる、というほんの一瞬だけ衣擦れのような音が聞こえてくるが、脇に挟むだけなのでそこまでボタンを外す必要はない。


 ピピピピという音と共に「もう振り向いても大丈夫か?」と尋ねれば、「平気ですよ」と声が返ってきた。



「38.2℃、余裕で熱あるな」

「すみません」

「何故謝る」

「朝から時間を取らせてしまって……」


 リビングのソファに腰掛け、深く反省した顔持ちをしている結愛は、火照った顔を隠すように下を向いた。



「こんなの取られたうちに入らないから。それに時間とか気にするなら、最初から名乗り出てきた方が早い」

「でも、迷惑かけちゃいますし」

「病人がそんなの気にしなくていいから」


 こういう時、素直に甘えられないのはそういった経験が結愛にはないからだろう。

 風邪を引いても1人、付き添う人もいない。そんな経験をしたからこそ、風邪を引いても人に頼る、ということが出来ないのかもしれない。



「やっぱり莉音くんは優しいですね」

「前に看病してくれた時、結愛が同じようなことしてくれたからな。そういうわけで俺も学校休むから」

「…………ありがとうございます」


 結愛は感謝を口にして、体調が悪いながらに顔いっぱいに明るみを浮かべる。その瞳は奥から光が輝いており、莉音からの言葉を待っているかのようだった。



「部屋までは1人で行けるか?」

「ちょっと、手貸して欲しいです。朝から我慢してたので、歩けないかもです」

「ったく、無茶するからだ」


 結愛も莉音の隣にいることで少しは安心したのか、今回は素直に言葉を述べてくれた。そして引き締めていた気が緩んだのだろう。

 

 ソファから立ち上がった結愛は、ふらついて今にも倒れそうだった。



「ちょ、ちょっと!?莉音くん!?」


 どうせ歩けないのなら。そう思った莉音は、結愛の足と背中に腕を回して、軽く持ち上げた。骨格から小柄の結愛は、莉音の腕の中でさらに小さく縮こまる。


 思わず「ひゃっ!?」と声を上げるくらいには、結愛は莉音の行動にびっくりしたようだった。

 莉音に抱き上げられてから、元々赤らんでいた結愛の頬はさらに赤みを帯び、顔からは緊張感が伝わってくる。



「これなら、結愛が歩く必要ないだろ?」

「で、でも……」

「抵抗する気力もないくらい体調が良く悪いなら、大人しく抱かれとけ」

「…………抱かれておきます」


 今の結愛に莉音の腕の中で抵抗して暴れるほどの余力はなく、信頼からかすんなりと身を任せてくれた。


 こちらとしてはそれはそれで心臓に悪いのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 腕のあちこちに当たる柔らかな感触は極力意識しないようにしながらも、リビングを後にした。



「勝手に部屋入るけど、いいか?」

「莉音くんなら、いいです」

「じゃあドア開けるから、少し頑張って強めにしがみついててくれ」


 莉音くんならいい、その言葉は莉音の心を尋常じゃないくらいに揺さぶるが、ギリギリで理性を保ち、ふぅと息を吐く。


 リビングを抜け出てから結愛の部屋の前まで来れば、扉という大きな難問に目の当たりにした。

 リビングの入り口にも扉はあるが、こちらは今日は開いていたので特に気にする必要はなかった。


 だが結愛の部屋の扉が開きっぱなし、ということはないので、どうにか開かなければいけない。



「こ、こうですか……?」

「ま、まあ……そんな感じ…」


 結愛は体全体を使って、「ぎゅぅ…」と効果音の鳴りそうなほどの勢いで莉音の体にしがみつく。

 感覚としては、抱きしめられていると言った方が近く、触れている箇所の全てがさらに密着した。


 その時にさっきよりも随分と柔らかな感触が胸の辺りに押しつけられ、莉音の思考力をがっと削る。


 こんなの意識するなという方が無理な話なのだが、結愛からの信頼があっての行動だと強く思うことで、何とか堪える事が出来た。



「…………ベッドの上に下ろすぞ?」

「はい。運んでくれて助かりました」


 莉音も自分の顔に熱が昇っているのを感じながらも、ようやく入った結愛の部屋で、さっそくベッドの上に横たわらせる。


 自分の誕生日ぶりに入った結愛の部屋はどこか懐かしいように感じて、ふんわりと良い匂いがした。


 結愛をベッドに寝かせた後も、莉音の体にはさっきまでの感触がまだ残っていた。

 


「次からはもっと早くから言ってくれ。心臓に悪い」

「でも、私が起きた時はまだ莉音くん寝てますし」

「ぐっ……それは俺にも非があるが、そういう時くらい起こしてくれて全然いいから。むしろ俺は起きるの遅いし、起こしてほしい」

「ふふ。相変わらず相手に気負わせない言い方がお上手なことで」


 体を横たわらせた結愛の上に布団を被せ、次はもっと早くから頼ってくれと、結愛に再度伝えておく。


 今回は耐えられたが、今のような事が今度何度もあっては、莉音だって我慢の限界が来る。

 それを結愛には理解して欲しいのだが、すでに結愛も結愛で体調の限界なのか、ぐてっとした様子を見せていた。



「…………莉音くん。私、莉音くんに伝えないといけないことがあります」

「なんでもどうぞ」


 顔を赤らめ、ちょこんと布団から顔を出す結愛は、何やら改まった顔付きをしていた。



「…………私ですね。実は体調悪いの隠したのには理由があるんです」


 布団で口元を塞ぎ、それでいて小さな声で放たれた言葉は、莉音の耳を疑うようなものだった。



「ど、どんな理由があるんだ?」

「なんだと思いますか?」

「…………余計な心配させたくないとか、そういうのじゃないのか?」

「それもあります」


 「相変わらず莉音くんは」そう言いたげな笑みを浮かべる結愛は、口元まで隠していた布団をさらに上まで上げて、顔付き全体を覆い隠した。



「…………正解はですね。隠していれば、莉音くんが私のことを、絶対に心配してくれると思った……からです」


 布団の内側から聞こえる、少し篭ったような声に、莉音の心臓はさらなる高鳴りをしてみせた。



(結愛が布団の中に潜ってくれてよかった)



 そう思ったのは、それほどまでに結愛の発言が莉音の理性を削り、少しずつ戻りつつあった莉音からの平静を消し去ったからだ。



「その……つまり、俺に心配されたかったと?」

「…………はい。もっと正確に言うならですね。私のことを見てくれていると、自覚したかったから、です」


 そんな愛らしいことを布団の中からとはいえ正面から言われては、言うまでもなく男心に突き刺さる。



「…………そんなことを思っていた私は、いけない子ですか?」

「いーや。良い子良い子」


 熱があり、少し思考が上手く出来ていないのだろうか。結愛は子供のような口調を莉音に見せつけ、庇護欲を唆らせる。



「えへへ。やったー」

「はーい、良い子だから早く寝ようなー」


 よほど嬉しかったのか、布団の中に隠していた顔を表に出し、幼さやあどけなさを全面に出した口調と表情をしていた。


 そんなのを見ては、莉音もほぼ反射的に手を伸ばしてしまう。「良い子良い子」と言いながら頭を撫で、ほんの少し頬をつついたりもした。



(体調が悪い時は、全身で甘えたいよな)


 きっとこれが結愛の素であり、不自由なく育った姿なのだろう。いつものような大人びた素振りは微塵もなく、ゆるゆるに緩みきった表情が浮かんでいるだけだった。



「俺はそろそろリビングに戻るから、ぐっすり寝てくれよ」


 このままここにいてあげたのだが、そうすると莉音の中に押さえ込んだ色々なものが爆発しそうなので、結愛のためにも自分のためにも、リビングに行こうと決断する。


 それが阻止されるなんて言うのは、これまで1人で風邪を乗り切っていた結愛のことを考えれば、すぐに分かることだった。



「…………駄目、いかないで」

「え」


 立ち上がった莉音の服を、結愛は細く小さな指できゅっと掴む。

 体調が悪くて心細い時に側にいて欲しいと感じるのは、結愛だけでなく誰だって思うことであろう。


 それが結愛の場合なら、人一倍強く思うはずだ。



「いっちゃ……や。1人にしないで……」


 滲んだ瞳と火照った頬。それらを前に掴まれた手を振り解けるほど、莉音の理性は固くはなかった。

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