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第74話 許嫁とシャツ

「結愛ちゃん、八幡くん、色々とありがとうね」


 花森さんが家に来てから1時間と少しが経ち、そう言って座っていたソファから立ち上がった。

 

 花森さん曰く、これ以上長居するのはそろそろ申し訳ないから帰るらしい。



「美鈴さんが良ければ、泊まっていってもいいんですよ?」


 結愛は結愛でまだ花森さんに家にいて欲しいのか、それとも未だに雨が降っている中を帰すのが悪いと思っているのか、引き止めようとする。



「雨もどんどん強くなってるし、電車も止まってるんじゃないか?それにこの雨の中を帰すのは気が引けるんだが」

「そうですよ。また身体冷えたらいけないですよ?」

「あはは。2人とも優しいね」


 天気予報を見る限りでは、この後も雨が止む気配はない。おまけにどんどん雨は強くなっていきそうなので、俺もこの雨の中を帰るのはお勧めしたくない。


 花森さんは電車も通学だし、そのうち電車も止まるだろうからここにいた方が安全だろう。



「良くも悪くもここには俺と結愛しかいないし、夕食も俺が作るから変に気遣う必要もないけど」

「いやー、それでも帰るよ」


 何が彼女をそうさせるのか、花森さんは帰ると言って俺と結愛の話を受け入れようとはしない。



「美鈴さん、ここにいるの嫌でした?」


 そんな花森さんの対応に、結愛は表情を曇らせた。



「そんなことないよ。いつもみたいに話をするのは楽しかったし、八幡くんが気を利かせて動いてくれるのも落ち着いた」

「ならなんで……」

「親を呼んだから、近くに迎えが来るの。だからここにいるのが嫌とかじゃないよ?」


 結愛が潤な瞳を花森さんに向ければ、微笑んで結愛の顔を見つめる。話を耳に通した結愛は、安心そうに胸を撫で下ろしていた。



「そういうことですか……」

「そうそう。電車が止まるのは何となく分かってたから、お風呂から上がった時点で連絡してたんだ」


 すでに親に連絡済みだったようで、帰らないといけないのも仕方がない。まさか花森さんも泊まりを勧められるとは予想していなかったのだろう。


 お風呂上がりにすぐに連絡したようなので、予想出来なかったのも無理はない。



「それなら、早く言ってくださいよ」

「ごめんね。結愛ちゃん達と話すのが楽しくて言い出すの忘れてた」

「…‥許します」


 結愛は何故親に連絡したとすぐに報告しなかったのかとツンといじけた目線を向けるが、理由を聞き終えた後にはゆるゆるとした顔付きに戻っていた。



「花森さん、帰るんなら傘持って行った方が良い」

「八幡くんは本当に気が効くね」

「雨降ってるんだから傘くらい渡す」


 鞄を持ち、玄関で靴を履く花森さんに傘を差し出す。外は雨が降っているのだ。普通に傘を貸すだろう。



「うんそれもそうだね。」

 

 花森さんは小さく頷き、口元を緩める。傘を受け取り、まだ乾いていないローファーに足を通した。



「…………でも察しは悪いのかな?」

「え?」

「いやいや何でもない。忘れてくれていいから」


 花森さんは少しだけニヤリと口角を上げた後に、小さく囁いた。だがそれもすぐになかったことにさら、俺の中には疑問だけが残った。



「じゃ、結愛ちゃんまた明日!八幡くんもまたね〜」

「美鈴さん気を付けてくださいね」

「滑らないように足元ちゃんと見て帰れよ」

「分かってるよ!」


 ドアノブに手を掛け、手を振ってから家の外へと出て行く。一応エレベータに入るまでは、結愛と共に見届けた。



「美鈴さん、帰っちゃいましたね」

「そうだな」


 花森さんがエレベータに乗ったのを確認すれば、家の扉の鍵を閉め、そんな会話を始めながらリビングへと戻る。



「急に静かになりました」

「騒がしいのが好みか?」

「いえ、莉音くんとの落ち着く日常の方が好きです。でもたまには悪くないなと」

「そうだな」


 結愛の性格的に、そこまで騒がしいのは好きではないだろう。しかし、友達と、花森さんと談笑するのは騒がしかろうがきっと楽しかったはずで、どこか物寂しさを感じていた。


 だからと言って花森さんがうるさくて騒がしいというわけではなく、明るくて元気があったという方が近かった。 

 俺も見ていて微笑ましかったし、たまには悪くないなと思った。



「…………それで、その服はいつまで着てるんだ」


 リビングに戻ってソファに座り直せば、隣でぶかぶかのシャツで身を覆っている結愛に尋ねる。



「私が着るのは嫌でしたか?」

「全然嫌じゃないけど、結愛はもっと可愛い服持ってるだろ。女の子はそういうの着たいんじゃないの?」


 俺は別に結愛に服を貸すのが嫌なわけでもないし、着て欲しくないと思っているわけでもない。むしろ美少女がぶかぶかの服を着るのはどこか保護欲をくすぐられ、出来る事ことなら着ていて欲しいとすら思いつつある。


 だがそれは俺の考えであって、女の子は綺麗でふりふりとした可愛らしいものを着たいはずだ。前に結愛は振袖に憧れていたし、少なからずそういう一面があるだろう。


 なので俺の服より自分の服を着た方が良いのではと思ってしまうのだ。



「…………莉音くんは何も分かってないです。何を着るのかも大切ですけど……誰のを着るかの方が大切なんですよ?」


 結愛は俺の方に顔を向け、真剣な眼差しで目を合わせた。その表情にはどこか恥じらいが混じっており、ただでさえ大きいシャツがもっと大きく見えた。



「だから俺なんかの服じゃなくて、可愛いの着た方が良いんじゃないかと……」


 俺なりの気遣いのつもりなのだが、結愛は不満そうな顔をした。「なんでこれで伝わらないんでしょうか」とそっと呟いて、ムッと頬を膨らませる。



「やっぱり莉音くんはバカです」


 結愛はそう言って俺に一度頭突きをして、プイッと顔を背けた。



「何故急に……」

「私のことを過保護にするのも嬉しいですけど、それだけじゃ駄目ですよ」


 俺なりに気を遣ったつもりなのだが、結愛的には望んでいた答えとは違ったようで、不満そうな顔をする。



「俺に結愛を性的な目で見ろと?」

「そ、それはいきすぎです!……はあ、今日はもういいです」


 それならと別の意見を提示するが、それが合っているはずもなく、結愛はその場で溜息をついた。流石にそれをするつもりもないし、する勇気もないので、結愛が望んだ答えである可能性は最初からない。


 第一そんな目を向けたら結愛との距離は広がっていくだけなので、見守るという俺の役目は失われる。



「………莉音くん、また服を借りてもいいですか?」


 結愛は呆れた顔をしていたが、またいつもの表情を取り戻してから首を傾げた。



「借りる分にはいいけど、気に入ったのか?」

「これ、意外と楽で落ち着くんですよ。それに全身を包まれているようか安心感がありますし」

「そんなもんか?」

「そんなもんです」


 まあ結愛に貸したのは元々あまり着ていない服なので、貸す分には全然困らない。ただ何の印もない無地のシャツなので、それが結愛の希望に沿っているのかは分からない。


 大きくえゆったりとしていて楽でという意味では、ある程度は良い感じなのではと思うが。



「それなら貰ってくれても構わないが?」


 俺は結愛のためを思っての発言なのだが、結愛はいよいよ呆気にとられた顔をして、口をポカンと開けた。



「…………それじゃ意味ないですよ。今日の莉音くんはおバカさんです」


 結愛の顔はさっきよりもより一層不満げさが増しており、頬もリスのように膨れていた。



「何だそれ」

「莉音くんにだけは絶対に教えません!」

「何で俺にだけ」

「少しくらい、自分と見つめ合ってくださいっ!」


 結愛はいじけたような、不貞腐れたような言い方をして、ジッと俺に鋭い眼光を向けた。



「…………夜ご飯、楽しみにしてますよ?」

「お、楽しみにしとけ」


 俺には結愛の言いたいこともわからず、頭の中には不可解なことだらけだ。



(結愛のためを思って何が悪いんだ?)


そう思いながらも、夕食の用意に取り掛かるのだった。

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