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第39話 寝起きの美少女はめちゃくちゃ可愛い

「…………おはよう」


 結愛と共に過ごした年明けから数時間が経ち、朝がやってきた。俺は挨拶を口にしてリビングに向かうも、返事はない。


 まだ寝ているのかとソファの上を見てみれば、結愛は変わらずにそこで眠っていた。



(幸せそうな顔してんな……)


 寝ている時だけは何も考えられずに、気を緩めていられるのだろう。その寝顔には愛想良い笑みとかそんなものは一切含まれておらず、純粋に可愛らしい繊細な顔立ちが浮かんでいた。


 小さい頃からすくすくと育っていたら、今のように緩んだ顔付きの少女だったのかもしれない。気を抜いた状態でこの純朴さなら、辛い過去のない結愛もそうであるはずだ。


 でも寂しい経験をしたからこそ、時折仮面を被ってしまうのだろう。その虚しさや辛さを表に出さないように。


 近頃はそういう傾向も減りつつあるが、それもまだここの家でだけだ。学校では、確立した白咲結愛という理想を演じているし、それが当たり前となっている。


 だから結愛には、いつか心から楽しんで欲しいなと思った。なんて、俺が言えた事ではないんだけど。



「風邪引くぞ……」


 普段から規則正しい生活をおくっているらしい結愛なので、今日くらいは遅くまで眠っていてもいいだろう。それを咎める人もいないし、迫ってくる時間もないのだから。


 結愛がちょっとでも良い睡眠が出来るように、掛けておいたブランケットをまたちゃんと掛け直しておく。


 結愛との距離が近づけば、長いまつ毛に小さな唇。凛と通った鼻筋に、体を横たわらせたソファに広がる、綺麗な黒髪が目に入った。


 それが、ああ俺はこんな子の許嫁で、こんな子と同棲しているのだと、強く再認識させられた。



(…………ほっぺ柔らか)


 そんな無防備な寝顔をしている美少女が近距離で視界に移れば、無意識に手は伸びる。目を開いた時に髪が瞳に入らないように耳に掛けてあげれば、俺の指はつい頬を突いていた。


 こればかりは不可抗力だと言わせて欲しい。だって無理もないだろう。何の抵抗も見せない同級生の寝顔を昨夜から見せられているのだ。

 そうは言っても、俺の中の負の感情がこれ以上先に進むのを拒んだ。いつものことだ。俺が楽しもうとすれば、毎度の事押し寄せてくる。


 結愛と共に過ごすようになってからは忘れられる日も増えてきたが、それでも根を張って離れようとはしない。

 やはり俺は、自分の意志に甘えてはいけないのかもしれない。そう思うことによって、緩んだ理性を整った。



「んぅ……」


 それでも遅かったようで、結愛は声を漏らす。

眉がピクリと動き、同時にゆっくりと瞼が上がっていった。


 ソファという慣れない場所に寝たのだ。いくら寝ているとはいえ、その眠りは浅かった。



「莉音くん……?」

「おはよう」

「…………おはようございます」


 まだ寝ぼけているのか、ボーっとしていかにも状況が読み込めていないような反応をする。



「え、何で莉音くんがいるんですかっ!?」


 横たわらせていた体を勢いよく起こし、被っていたブランケットで顔を隠す。その仕草すら男心をくすぐるのだが、今は黙っておく。



「何でって、ここリビングだし」

「…………本当です」


 俺の言ったことを耳に通した結愛は、ブランケットから顔を出して辺りをキョロキョロと見渡し、納得の声色を出す。



「そういえば私、ここで寝たんでしたね」


 少しずつ脳が目覚めて思考が正常運転に戻ったのか、ほんのりと火照った頬は白へと変わっていく。



「起きたんならとりあえず朝飯食べよう。今日は初詣に行くんだろ?」

「…………行ってくれるんですか?」


 酔って眠りそうになっても一応は記憶があるようで、結愛は再確認の意味も含めてか、首を傾げた。



「俺は行くつもりだったし、結愛と約束したしな」

「約束しました」

「それなら行くしかないだろ」

「行くしかないですね」


 まさかまだ酔いが残っているなんて事はないはずだが、結愛は表情を明るくして、優しく微笑んだ。

その笑顔が俺には眩しくて、側で見届けるしかなかった。



「…………あの莉音くん、一つお願いがあるんですけど」

「何だ?」


 気を取り直して朝食を用意しようと体を動かせば、結愛から声を掛けられる。今しれっと一緒に朝食を食べようとしていることに若干驚きを感じつつも、呼吸を整えて瞳を向けた。



「お願いというか、何というか……」

「どうした?やっぱり初詣は行きたくないとかか?」 

「それはないですけど」


 目を合わせた結愛はやけにモジモジとしていて、俺は何かしてしまったのかと自分を疑った。



「昨日の夜のこと、忘れて欲しいんです。発言や行動の諸々含めて……。」


 そしてすぐに結愛が恥ずかしがってお願いしてきたことを理解した。


 それも当然の事といえば当然の事だ。

あんな猫のように体をなすりつけ、子供ように駄々をこねる。それもそれで良かったと感じたのは本人には言わないが、結愛からすれば黒歴史そのものだろう。



「本当に何であんなことをしてしまったのか……」


 記憶がなければ良いものの、しっかりと鮮明に残っているようで、余計に羞恥心が襲ってくるようだ。



「ふっ、ふしだらな女だとは思わないでくださいね!?」

「思わない思わない」

「その子供扱いする態度を見せられては、これっぽっちも納得出来ないんですけど」


 結愛は比較的に真面目で清楚な性格をしているので、あのような言動はいつもの自分とは正反対と言える。


 やはり後悔したなと頷きながらも、手を出さなくて良かったと安堵もしている。

 まあ俺は俺なりに堪能出来たし、普段とは違う新しい結愛も見れたので、忘れはしないものの、頭の片隅に追いやることにする。



「じゃあ初詣に行くっていう約束も、忘れた方がいいか?」


 さっき再確認したばかりなので本人に行く気があるのは確かだろうが、発言や行動を忘れるという事は初詣も対象にはなるだろう。


 ほんの意地悪で言ってみれば、結愛は目を泳がせた。



「…………それは忘れないで、欲しいです」

「分かった。それだけは覚えておくわ」

「ありがとうございます」


 照れた顔を俺に見られたくないのだろう。今度はブランケットで鼻までを隠し、瞳だけが見えるようにする。

 上目遣いになっている目だけが見えるのも心臓に大打撃を与えるというのは、ここにいる俺しか知らない。



「そういえば莉音くん、昨日の夜というか私がここに寝ている時に、髪触ってましたよね?」


 ハッと何かを思い出した顔をした結愛からは、今度は俺へのお願いではなく質問が行われる。それが俺にとって心臓を握られたような行為と等しいのは、言うまでもないだろう。



「…………あの時起きてたのか?」

「ちょうど目覚めたというか、まあ起きてましたね」

「起きてたのかよ」


 てっきりバレていないと安心していたのだが、ほんの一瞬の気の迷いで触れたせいで、本人に気づかれてしまった。



「莉音くんは私の髪、触りたかったんですか?」

「…………触りたくないと言えば嘘になる」


 果たしてこれは何かの拷問なのか。自分の感情を素直に本人に伝えたい時点で、俺の結愛との円満な同棲は終わったと悟った。



「つまり触りたかったと?」

「まあ、はい……」


 最終確認でも大人しく頷き、潔く罪を認める。さっき頬までつねってしまったというのは、墓地まで持っていくしかない。



「莉音くんに言っておきます。私に無断で触る人には、もう今後は絶対に触らせてあげません」

「本当にすみませんでした」

「そもそも普通にありえないと思うんですけど」

「…………常識知らずでした」


 女性の体の一部、ましてや命とも言われる髪に触れたのはやはり禁忌に触れたようで、結愛からは軽蔑の眼差しを向けられる。


 結愛はロングヘアーなので特に髪には気を遣っているはずなので、そこら辺の配慮は足りなかったと反省しかない。


 俺には、ただひたすらに謝る事しか出来なかった。



「ふふ。冗談ですよ。全然許します。それに私にも非があるというか、一概に被害者ヅラは出来ないですし」

「結愛……」


 俺が心からの謝罪をしていれば、結愛は揶揄うように微笑む。どうやら今の軽蔑の眼差しは演技らしかった。演技でも迫力があるのだから、女の子という生き物は怖い。


 でも、そもそも結愛がベロベロになって抱きついて来なければ、俺は髪に触れるなんてことはなかったはずなのだ。自分勝手だが、そうだと思いたい。


 結愛もちょっとは同じ事を考えているのか、多少は申し訳なさそうな顔をしていた。



「…………なので、次からはちゃんと許可取ってくださいね?」

「は?」


 次に結愛から出てきた言葉に、俺は耳を疑った。だってそうだろう。それはつまり許可があれば触っても良いと言うことだ。


 まあそれは普通の友人の関係なら当たり前のことなのだが。


 お互いに瞳を逸らしたので、表情が掴めない。だが結愛は無断で触られたことに対して謝罪一つで許してくれて、特に怒った様子もない。



(また触ってもいいのか……?)


 ついそんな勘違いをしてしまうくらいには、今の結愛の発言は衝撃的だった。



「は、早くご飯を食べましょうか」

「俺作ってくるわ」

「お願いします」


 真っ白なネグリジェ姿に対して結愛の顔全体が赤く染まっていたというのは、俺以外は知る由もないだろう。


 その景色をしっかりと脳裏に焼き付けながらも、俺はキッチンへと歩き始めるのだった。

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