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第28話 許嫁の観察と実践

「私は何をすれば良いのですか?」

「ちょっと待ってな」


 やる気に満ち溢れた様子でキッチンに立つ結愛は、俺を見上げて声を出す。



「ご飯は炊いてないよな」

「炊いてないですね」

「だよな」


 俺は結愛の料理スキルを全く知らないので、とりあえずお昼には炒飯を作ろうと思っていた。それならこちらとしても教えやすいし、どのレベルにあるのか見やすいからだ。


 炒飯は料理が上手ければ上手いほど美味しく出来上がると思う。特にあのパラパラ感を出すには、料理経験のない初心者には少し難しいだろう。



「じゃあ俺がご飯炊くから、結愛には炊き上がるまでに食材を切ったりしてもらおうかな。どのくらい出来るのか知りたいし」

「…………私、切る作業が一番苦手です。というかやった事ないです」

 

 今からご飯を炊くとして、早炊き機能を使っても十数分はかかる。その間に具材を切ったりすれば良いのだが、切った事がないとなると心配になる。



「中学の時に調理実習とかなかったのか?」

「ありましたけど、たまたまその日は休んだので出来ませんでした」

「そうなのか」


 ここの家に来た当初も自分で料理している形跡はなかったので、調理実習の経験もないとなると不安さは増す。



「まあその一回だけじゃ何も変わらないですし」

「何で開き直ってんの」

「今日は教えてもらう立場なので、分かったフリしても意味ないと思いました」

「そりゃ教え子の鑑だな」


 不安と心配は高まりつつあるが、結愛が変に格好つけずに出来ないことは出来ないと言うから、指導しやすいと言えばしやすい。


 ふん!と開き直った顔をしている結愛は、料理に関しては本当に何も出来なそうな気がする。



「…………ご飯は俺が炊くけど、心配だから待ってて」

「分かりました」


 悩んだ挙句、結愛が包丁を握るのは俺が見張っていられる時だけにした。これで指なんて怪我をしたら、一生の傷になるかもしれない。

 女子にそんな傷を残すわけにはいかないので、過保護に接するべきだろう。



「今日は炒飯を作るつもりだけど、作り方とか知らないよな」

「はい何も」

「潔いな」

「事実ですし」


 米を軽く研ぎ終えて早炊きで炊飯器をセットすれば、早速食材を取り出した。


 俺は普段から無洗米を使っているので、そこまで丁寧には研いでいない。多めに渡された生活費の割に大した物欲もないので、削れる時間を少しでも削るために、無洗米を購入していた。



「じゃあまずは具材を切ってみるか。今日はチャーシューとネギだけしか入れないから、それらを切ってみてくれ」


 台の上にチャーシューとネギを置いたら、結愛は新鮮そうな顔で食材を見つめる。

 炒飯なんてこれだけあれば十分に美味しくなるだろう。といいつつも、実際はこれだけしか炒飯に入れるような食材がなかった。



「随分と大きいチャーシューですね」

「これ全部食べるわけじゃないぞ。ただ安かったから大きめのを買っただけ」

「なるほど」


 俺が冷凍庫から出したのは、細切れのチャーシューではなく、一本丸々の重みのあるチャーシューだ。


 特別チャーシューが好きというわけではないが、昼食は自分で用意しないといけないので、なにか一品作る時に扱いやすい。


 だからこれ一本丸々使う気はさらさらない。というか結愛と二人じゃ食べ切れないだろう。



「食い意地張ってるな」

「…………馬鹿にしないでくださいっ」


 俺が揶揄い混じりの言葉を発すれば、結愛は肩の辺りをペチッと叩く。頬を膨らませてそっぽでも向きそうな勢いだが、ほんのりと目線が鋭くなっただけだった。


 この時は、いつもヘラヘラしている修馬の気持ちがちょっとだけ分かった気がした。



 決して痛くはない物理的な攻撃だが、少しずつ心の距離が近づいているのを感じた。



「ほい、さっそく切ってみて」


 だからと言っていつまでも話しているわけにはいかないので、料理を行うためにも行動に移す。


 食材を切ることを料理というのかは怪しい所だが、包丁を握ったことのない結愛からすれば大きな挑戦だ。



「…………大丈夫でしょうか」


 経験のない結愛は、用意してある包丁を握らずにジッと睨めっこをする。横から見てる分には何とも面白い画なのだが、ここから一向に進みそうにない。



「大丈夫。俺が見とくから」

「もし切れたとしても変な形になると思いますよ?」

「最初は皆んなそんなもん」

「そうなんですか?」

「そうだぞ」


 そんなありきたりなアドバイスをしつつも、結愛が包丁を握れるかを見届ける。

別に失敗しても良いのだ。たとえ不恰好になっても上手に切れなくても、それを咎める人は誰もいない。


 むしろ完璧にやろうとするから逆に変に失敗する。それならミスしても良いという前提で自分なりに一生懸命やった方が、絶対に自分のためになる。


 それがたとえ不恰好であったとしても。



「じゃあ切ります」

「力の入れすぎには気をつけて。左手は切らないように猫の手な」

「はい」


 念のためにそれだけ忠告すれば、結愛は恐る恐る包丁を握る。袋に入ったチャーシューを取り出してからまな板の上に乗せ、俺の言った通り左手を猫の手にして置いた。


 慎重な動きで刃先を肉につけて、そこからゆっくりと刃を通した。



「…………ボロボロです」


 まあここまでは立派なオチだろう。最初から上手に切れる人なんていない。結愛は自称要領が悪い人間なので、尚更だ。



「チャーシューは綺麗に切るの難しいからな」

「わざとですね」

「言い忘れてただけ」


 さらにチャーシューはじゃがいもやにんじんと比べて崩れやすいので、料理の経験がある人でも切るのは難しい。


 冷凍してからだとそれなりに切りやすくはなるものの、それでも難易度は高いはずだ。まあ最終的に食べやすいサイズに切るので、ボロボロでも問題はないが。



「切る時は上から下ってイメージでも悪くないけど、引いて押すに近いかも。あとまな板に対して垂直に使えば切りやすいぞ」

「…………なるほど」

「やってればそのうち覚える」

「はい」


 パッと見た感じでの改善点を述べ、付け加えてアドバイスを送る。俺が見本としてチャーシューを切るのも方法の一つだが、やっぱりやらないと上達はしない。

 

 見せることによって知識は増えるが、技術が身につくわけではないのだ。



「えっと、、こうですか?」


 俺の言われたことを素直に受け取った結愛は、すぐさま行動に移して包丁を握る。言われただけでさっきよりも上達している辺り、やはり要領が良いのではと疑いたくなった。



「いや少し違うな。もうちょい引く感じ」


 結愛の熱心な姿に当てられたのか、俺も俄然燃えてきた。



「ここで力を入れれば切りやすいから」


 人は集中すれば、少し行き過ぎた行動を取ってしまう。一つの事だけに意識がいくので、周りが見えなくなるのだ。


 俺はただ切り方を教えようとしただけなのだが、包丁を持った結愛の手を、上から握っていた。



「…………結愛?」

「は、はい……!」


 集中している俺がそれに気づくはずもなく、隣で赤く染まる結愛の顔を見て、ようやく意識が切り替わった。



「ごめん。ちょっと距離近かった」

「いえ!嫌というわけではなくてですね、ただ急だからビックリしたというか……」


 結愛からすればビックリどころじゃ済まないだろう。いくら許嫁、、友達とはいえ、男からいきなり触れられたのだから。



「いや、女性の体に無断で触れて許されるはずがない」

「莉音くんは友達なので、これくらいは別に……」


 ぽっと頬を赤らめてままの結愛は、目線を逸らしてそう呟く。



「それに私は教えてるもらってる立場なので、莉音くんの真剣さが伝わってきて嬉しいくらいです」

「人に頼られたら出来る限り全力で応えるだろ。頼って来た人にもよるけど」


 どうやら結愛はそこまで怒っていないようだったので、器の大きさと寛大さに感謝した。



「あの、もう一度切ってみてもいいですか?」

「もう好きなだけ切ってくれ」


 まだ2人分作るには量が足りないので、全然切ってもらって構わない。むしろ意欲的に取り組めるなら、出来るだけたくさん切った方が良いだろう。


 余ったらまた後日炒飯を作れば良いのだから。



「きっ、切れました!」


 そこからしばらく眺めていれば、パァと顔色を明るくした結愛が俺の方を向いた。


 最初はボロボロで一つ一つの形も大きさも違い、炒めたら消えてしまいそうだったのに、今は食べやすいであろう大きさで、丁寧に切られていた。


 もっとも、すでに数十分は肉を切っているので、本来であれば炒飯が出来上がっている頃だが。

まあそれは言わないで胸にしまっておいた。上手に切れて気分が上がっている時にそんなことを言ってしまえば、冷めてしまう。


 折角楽しく出来ているのだから、この際時間はどうでも良いだろう。



「見てください!ちゃんと切れてますよね?」

「よく切れたな。ちゃんと見てたぞ」

「はいっ!」


 まな板の上には、今切ったやつも含めて大小様々な肉片が乗っている。それらに目を輝かせて見つめる結愛は、幼さを全開にした笑みを浮かべていた。


 当然だ。これまで出来なかったものが出来るようなり、苦戦して上手く切れなかったものを、長い時間かけてようやく切れるようになったのだ。

 その達成感と喜びは、今まで1人を過ごして来た結愛からすればとてつもなく大きなものだろう。


 そしてこれまで自分の感情を抑えてきた分、結愛は放出する時の破壊力が凄まじかった。


 俺には結愛が誉めて欲しそうにしている子供のように見えたので、手を伸ばして頭を撫でた。



(これは良いのか……)


 結愛は喜びに満ち溢れてろくに思考が出来ていないのか、俺の手を振り払うこともなければ嫌がる素振りも見せることはなかった。


 ただひたすらに柔らかい髪に小さな頭が、手の平の中に収まる。目を細めて柔らかな笑みを浮かべている結愛は、まるで子犬のようだった。


 どちらかというと、頭を撫でて正解だったのではと思えるほどに、結愛は表情を緩ませていた。

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