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第22話 許嫁の気持ち②

『今日は日直なので、帰り遅くなります』


 そこからしばらく経ったある日の学校終わり、莉音に帰りが遅くなる事を伝え忘れていたので、そう連絡をした。


 連絡なしで帰るのが遅くなったら、少なからず心配させてしまうだろう。自意識過剰かもしれないが、八幡莉音とはそういう人だ。



『分かった。頑張って』


 そこからすぐに返事は返って来た。プラスに励ましの言葉も添えて。

 彼との連絡のやり取りなんて、急用が入った時にしか使っていない。家にほとんどいるので連絡なんて長くは続かなかった。


 別に続けたいとかそんな欲は抱いていないが、良いように利用しているような気分になって、少しだけ申し訳なさを感じた。



「白咲さん、私今日用事あるから、日直の仕事任せてもいいかな?」


 いざ放課後になって日直の仕事を始めようとすれば、同じく日直だったクラスの女子は私にそう言ってきた。



「用事あるならそっちを優先するべきですね」

「ごめんね!今度何かお返しするね!」

「いえお気になさらずに」


 私は和らげな笑みを浮かべて、クラスメイトに微笑む。私は知っていた。さっきこの子が友人らしき人とどこかに遊びに行く約束をしていたのを。


 それを知った上で言い訳を許した。これは決して優しさではない。嘘だと知った上でサボりを許した、ある意味共犯だ。


 そしてお返しなんて返ってこないというのも、しっかりと分かりきっていた。これまでも似たようなことが何度かあったが、お返しなんて所詮口だけだったから。


 良いように噂を勝手に立てて、良いように利用される。それが当たり前だった。



「…………日誌を出してから帰りますか」


 日直の仕事を終わらせれば、最後に日誌を担任に出しに行かなければならない。日直の仕事といっても、教室を軽く掃くくらいで実際2人も要らない。まあ2人なら作業効率が上がるのだろうが。


 戸締まりと電気を消したら、日直の仕事なんてすぐに終わる。最後に今日の時間割などを日誌に記入すれば、この日の日直の仕事はあっという間に終わった。

 


「先生、日誌です」

「おお白咲、ありがとな」


 私は担任のいる職員室に日誌を持っていった。手渡しで渡せば、担任は辺りをキョロキョロと見渡す。



「もう1人のやつはどうした」

「今日は用事があるそうなので、そっちを優先してもらいました」


 ここで嘘をつく必要もないし、用事があると言ったのは向こうなので、それをそのまま伝える。



「そうか、じゃあそいつには明日もしてもらうか。白咲も1人でお疲れ様。気をつけて帰れよ」

「はい。さようなら」


 私のクラスの担任は全員に平等に接しているので、1人だけ仕事を放棄するとかそういうのを許さない。例え大切な用事だとしても、別日にまた仕事を用意する。

 そういう一面があるのは、ちょっと良いなと思った。

 


「はぁ……。今日はもう勉強は出来なさそうですね」


 校門から出た後、私は一人でため息をついた。時刻はまだ5時過ぎと余裕があるが、夕飯の準備等を考えれば今から帰って勉強をする時間はない。

 もしかしたら30分くらいなら出来るかもしれないが、バタバタするので集中は出来ないだろう。



(ここ最近の楽しみだったんですけどね……)


 私は2人で勉強する時間に、それなりに楽しさを感じていた。一緒に勉強している時だけは、罪悪感とかを色々忘れることが出来たから。


 本当に私はつくづく性格が悪い。許嫁として、許婿の莉音を自分のために利用しておきながら、彼が優しいと分かればこうして頼ってしまっている。

 それに対して莉音は何も言わないから、私も黙っていてしまう。



「…………寄り道しましょう」


 そんな自分を少しでも落ち着かせたくて、今日は学校の近くにある公園に来た。その公園は小さいけど湖があるくらいなので、割と広かった。

 11月の冷えた風が当たり、頭が冷静になる。



「良いなぁ……」


 近くを走る子供が目に入り、私はボソッと口に出していた。親が子供を追いかけ、楽しそうにはしゃいでいる。


 私は親からああいう事をしてもらった記憶がなかった。厳密に言えばありはするが、今はもういない母からしてもらったことだ。それも自我がきちんと確立する前だ。

 なので記憶にはあるものの、うっすらとしてしか残っていない。


 別に母が亡くなったわけではない。ある日突然、一つの置き手紙を置いて姿を消したのだ。



『いつか迎えに来るからね』


 その手紙を置いて。でも何年経っても、母の姿は私の目の前には現れなかった。それがどういう意味なのか、理解していないわけではない。

 だが、そこに淡い期待は抱いていた。離れた今でも一応は私の情報が通達しているそうなので、小さかった私なりに当時は頑張った。


 まあどれも無意味だったのだが。

 父は仕事に熱心で、家族に興味を持つことはなかった。だから母もそんな冷たい父に嫌気が刺したのかもしれない。


 父は母が居なくなってからも、変わらず仕事にしか興味を示さなかった。会社の社長でいくつもの事業も成功させていて、私の事も利用するだけ利用するつもりらしい。


 だから私は母に最後の賭けをした。もし自分の娘が許婿と結婚や同棲することになったら、助けに来てくれるのではないかと。

 結果は見ての通りだ。「いつか迎えに来る」そんな言葉なんて嘘だった。


 だから私は一人で頑張ろうと思った。ずっとそうしてきたし、そうするべきだとも思った。


 でもその考えはすぐに変わった。同棲を始めた莉音が、その考えを変えさせてくれた。多分私がずっと言って欲しかった言葉で、望んでいた物だった。


 人は脆くて弱い。自分の望みを突かれれば、簡単に頷いてしまう。胸にモヤモヤとした感情を抱きつつも、最終的には人に頼るのだ。私がそうだったように。



「危ない……!」


 公園のベンチに座って一人そんな事を考えていれば、女性の甲高い声が耳に入ってきた。声の聞こえた方に顔を向ければ、さっきまで遊んでいた親子のうち、子が湖に足を滑らせていた。


 鬼ごっこなんかで子供が危険な場所に行きたがるのは、最早あるあるだろう。その子は自分の重力を支えきれずに、そのまま湖の中へダイブしてしまった。


 人間は水に浮くが、危険を察知してそこでもがいて暴れれば、逆に沈んでいってしまう。一度沈めばどんどん危機感が強くなり、さらにもがく。

 そうすれば体の中に水が入って、また沈む。その繰り返しだ。


 本当なら見ていた私が助けに行くべきだろう。だが私の足はピクリとも動かなかった。当然だ。私は自分のことしか考えていないのだから。人のために動こうと思っても、怖くて一歩を踏み出せなかった。

 それは見ていた親も一緒だったのか、震えるばかりで声も出さずに立ち止まっていた。


 きっと状況判断が上手く行かず、気が動転して何をすれば良いのか分からないのだろう。



(誰か助けて……!)


 私には祈る事しか出来なかった。周囲の人も動き出そうとはしているが、周りの様子を窺うばかりで動き出す気配はない。

 誰かのために自ら危険な場所に飛び込む人なんて、そんなお人好しはいない。



『ぽちゃんっ!』


 そう思ったが、その場で動き出した人が1人だけいた。その人は制服を来ていて、高校生にしては上背があり、どこか見慣れた顔をしていた。


 着ていた制服のブレザーを近くに脱ぎ捨て、恐る様子もなく湖に飛び込む。水に入り込む音だけがその公園に響き渡り、周囲の注目がそこに集まった。



「…………何やってるんだ!俺たちも助けに行かないと!」

「そうだな!急げ!」


 その1人の行動で周りの意識が変わり、皆んなが湖に集まる。

周りが動き始めたのと同時に、潜り込んだ学生は水面から出てきた。

 両腕に子供を抱えて。



「ありがとうございます……!ありがとうございます!」

「いえ無事で良かったです」


 高校生に助けられた子供は、吸い込んだ水を体内から出すように吐き込んでいて、まず命の無事が確定した。

 親はハッと涙を流しながら感謝を述べていて、助けた高校生は平然とした顔で子供を渡していた。


 その高校生は、八幡莉音という同じ学校の生徒だった。そう、私の許婿だ。やはり彼は優しかった。


 人の優しさなんて、取り繕おうと思えばいくらでも取り繕えると思う。だけど莉音の親切心は、取って付けたような物ではない。

 

 自分が取って付けた優しさを演じているから分かる。言い訳を並べるだけでなく、動くべき時に動けるか。その差は大きく違ってくる。


 けどもしそれが出来る人がいるのなら、それは水で全身が濡れようが、濡れて髪がボサボサになったり顔や体に泥や落ち葉がくっついていようが、人の目にはカッコよく映る。


 当然、私の目にも。



「君凄いな!良くあの場で動けたな!」

「君みたいな若い子がまだいたのねぇ!」


 そんかカッコ良い光景が目に映れば、誰だって関心せざるを得ないだろう。莉音は周囲の人から英雄扱いだった。



「…………俺はただ、親子に楽しく過ごして欲しいだけです。失ったらもう、取り戻す事は出来ないから」


 彼が放ったその言葉には、深い意味がありそうだった。まるで経験があるような、そんな言い方だった。


 莉音は良く「俺は○○○なだけ」という言葉を用いる。それをどういう気持ちで使っているのか、それが気になった。

 


「八幡さん、凄いですね。私はちっとも動けなかったのに……」

「白咲さん?」


 私も周りに流れるように彼の元に行き、そしてその言葉を放った。



「あ、もしかして見てたのか?」

「はい。一部始終……」


 莉音は出来ればバレたくなかった、そんな顔をした。学校外で親切にし、そしてそれを人に曝けることなく隠そうとしている。

 優しいのに、人との接触や距離感を特に気にしていた。



「別に口外したりはしませんよ。八幡さんが嫌そうなの、顔を見れば分かります」

「助かる」

「…………善意を隠すなんて、変な人ですね」

「俺はヒーローになりたいわけじゃないからな」

「そうですか」


 莉音は体についた泥や葉っぱを落としながら、私と話す。



「…………その代わり、今からお時間いいですか?少しお話があるので、」


 私も決意した。彼を私の自分勝手な行動に巻き込んでしまった事を話そうと思って。もうこれまでのような私にとって楽しかった時間は過ごせないかもしれない。


 だけど隠すよりは良いはずだ。元々嫌われようとしていたので、今更後悔はない。



「いいけど、どうかしたのか?」


 私の提案に、彼はそっと頷いた。

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