第2話 許嫁だからといって、仲良くなれるわけではない。
「あ、白咲さんだ」
俺が結愛と一緒に生活をするようになってからしばらく経ったある日、友人である霧中修馬と話していると、学校で彼女を見かけた。
修馬は中学時代からの同級生で、俺の事も良く知っている。俺が両親を亡くした時も、親身になって励ましてくれた。
修馬がいたから、俺は立ち直る事が出来たと言っても過言ではない。
そんな修馬にも結愛と同棲している事は話していない。そもそも話すつもりもないし、話したところで信じてもらえると思っていない。
許嫁なんて最近では滅多に聞かないので、修馬を混乱させてしまうだけだろう。
「白咲さんって可愛いよな」
「…………まあ」
「何お前、まさか可愛くないとか思ってるのか?」
「いや可愛いとは思う」
結愛と同棲するようになってから、やけに彼女の事を噂する声が耳に入ってくる。同じクラスでない俺でも、元々可愛いと噂が流れているのは知っているし、それは一目見ればすぐに分かる。
長い黒髪の綺麗なロングヘアーに凛と通った鼻筋、年に似つかないあどけなさのある瞳に肌荒れの知らない真っ白な肌。
それだけで彼女の顔立ちの高さが分かる。
さらに平均よりもちょっとだけ小柄なので、女子らしさというものが伝わってくる。
だがそれは同棲を始める前の話であって、いざ許嫁として結愛を見てみれば、何とも言えない気まずさを感じる。
「可愛いとは思うけど、別に話す事もないし」
「はぁ、お前って割と枯れてるよな」
「枯れてはない。ただ何の関わりもない女子をそんな目で見れないだけだ」
「それを枯れてるって言うんだけどな。てか仲良い女子もいないだろ」
「うるせ」
流石に小馬鹿にされているようがするので、隣にいる修馬の背中を軽く叩いておく。
(枯れてはない……)
少し素っ気ない対応をする俺を、修馬は枯れていると表現した。俺自身、健全な男子高校生なので何も興味が0なわけではない。
しかし、どうもそう簡単に行動に移せそうにはなかった。それはきっとあの時からだ。両親を交通事故で亡くしたあの時から。
自分だけ楽しんでいいのかと、いつもネガティブな感情が俺を襲ってきて、自分にとってマイナスな行動をしてしまう。
「…………莉音も、彼女作れば楽しいぞ?」
「お前だっていないだろ」
「そういやそうだった」
「どんな勘違いしたんだよ」
「まあお前にも色々と楽しんで欲しいんだよ」
そんな俺に救済の手を差し伸べるように、修馬はいつも明るく接してくれる。友人がこんなやつだから、俺は少しだけ自分に素直になれる気がする。
1人そう考えながらも、次の授業の準備へと取り掛かった。
♢
「ただいま……」
その日の授業が全て終わり、俺は真っ直ぐ帰宅した。もう何年も返事のない挨拶をしながら、自分の部屋へと駆け込む。
荷物を近くに放り投げたら、体をベッドに横たわらせる。1日の疲労を全て出し切るようにため息をつけば、ポケットからスマホを取り出した。
「確か今日は……」
ここの家で同棲する上で、すでにいくつかのルールが出来ていた。スマホの電源をつけたら、それを確認するためにスマホのメモアプリ開く。
「今日は俺が風呂掃除の日か」
毎週、月曜日と水曜日と金曜日、日曜日は俺が風呂場を掃除する日になっていて、残りは結愛がする事になっている。
風呂掃除のない日はゴミ出しをし、夕食や朝食、昼食などは各自で用意する。
他にもルールはあり、下着類はネットに入れて中が見えないように洗濯するか、もしくは手洗いをする。食器は使ったらすぐに洗って、台所に溜めないようにする。
大まかにあげればそれらのルールがあり、俺はそのルールを徹底していた。
(ここでもほとんど1人みたいなものか……)
今思えば、ここに来てからルール決め以降に結愛と話した記憶はない。別に話す事もないので話しかけるという行動に移す事も出来ない。
でもこんなものなのだろう。親に言われた結婚なんて。
どちらも望んだ付き合いじゃないのだから、距離が縮まるわけがない。お互いに縮めようともしないので、出会った当初から変わらないままだ。
(……学校から近いだけまだマシか)
今のままだとどうせ養親の所にいても何も変わらなかっただろうし、俺の性格上、彼女が出来るとも思えない。
だからせめて学校が近くなったとプラスに考えるべきなのかもしれない。そうしないと負の感情に自分を押し切られそうだから。
何の意味もない大きな溜息をまた溢しながらも、俺はルール通りの行動に移すのだった。
「さて、夕食の材料でも買いに行くか」
風呂掃除と気分転換がてらにリビングの掃除を軽く行えば、俺は夕食を作るためにスーパーへ向かった。今の時刻は7時手前だが、まだ彼女は帰ってきていなかった。
同じ家で過ごしているからか、仲良くないとはいえ女の子が遅い時間まで出歩いていると考えると少しだけ心配になる。それでも連絡先を交換してるわけでもないので、俺にはどうする事も出来ない。
(まあ大丈夫だろ……)
女の子といえど、もう高校生だ。夜の危険さは知っているだろうし、いざという時に助けがなければ、自分の身は自分で守らないといけない。
少しだけ胸にわだかまりを残しつつも、俺はそれを忘れたようにしてスーパーまで歩いた。
店内にアナウンスが流れる人混みの出来たスーパーに着けば、明日や明後日の分にも備えていくつかの食材を買った。
ご飯の度にわざわざスーパーに行くのは面倒なので、最近ではこうして食材を買い溜める。
カップ麺なんかを買えば楽なのかもしれないが、栄養的に毎日食べるのはよろしくないので、きちんと自炊している。
ゴミ出し担当の日にはカップ麺や弁当のゴミを結構見掛けたので、彼女は自炊をしていないのかもしれない。
体調面に関して思う所もあるが、食事は自分達で用意する事になっているので口出し出来ない。色々な考えが頭をよぎるが、俺はそれらを振り払って会計を済ませる。
俺は俺。彼女は彼女。それでいいのだ。
「…………白咲さん、か?」
スーパーからの帰り道、辺りを見渡しながら帰宅していれば、家からすぐ近くにある公園に1人の少女がいた。
下を向いて、暗い表情をしている少女が。
それが結愛だというのには、真っ直ぐ垂れた長い髪を見れば分かった。
声を掛けようか迷ったが、俺は結局声は掛けなかった。理由は分からないが、彼女の瞳から雫が溢れているのが、辺りが暗くなり始めた状態でも分かったから。
(気付かれる前に帰ろ……)
良くか悪くか、結愛が俺に気付いた素振りはない。だから俺には、1人ポツンと居座る結愛を見て見ぬ振りする事しか出来なかった。
自分には何も出来ないから。