第1話 俺の許嫁は同級生だった
俺には許嫁がいる。
そうは言っても幼少の頃から決められていたわけではなく、それを知ったのは最近の事だ。
数年前、両親を交通事故で亡くした俺は、親戚の家に引き取られた。
他に引き取ってくれる所もなかったし、当時中学生だった可愛げのない俺を引き取ろうとする人もいなかった。
それを嫌だとは思わなかったし、生きていくにはそうするしかなかった。だが、その親戚が俺を受け入れてくれた理由を知るのは、その後の事だった。
「お前には許嫁がいる」
俺が籍に入れられてからしばらくが経った頃のことだ。ある日、当然そう告げられた。
どうやら俺を引き取ったのは親切心なんかではなく、あくまで利用するためだった。
不幸な事に、俺を引き取ってくれた養親は子宝に恵まれなかったらしい。しかし、そんな時に俺が流れてきたのだから2人からすれば利用する他ないだろう。
血だけの繋がりはあるものの、接点なんてほとんどなかったから愛着なんてあるわけもないし、引き取られてからも親らしい事をされた記憶はなかった。
まあ許嫁がいるくらいの家なのでお金だけはあったが、やはり亡くした両親と比べるとお金よりも大切な物があった。
「……分かった」
俺にそれを拒否する権限なんてなく、あったとしてもそもそも勇気がなかった。
「それから、向こうの希望でお前はその子と同棲する事になった」
「…………は?」
次に告げられた言葉はそれだった。向こうの意思は取り入れるくせに、俺の意思は一切反映されないらしい。
第一に聞かれてすらいないので、本当に利用するだけなんだと少しの苛立ちも感じた。
「学校の事は心配しなくていい。行きたい所に行ってくれて構わない」
「あそう」
「他に聞きたい事はあるか?」
「…………ない」
結局、最後の最後まで俺は何一つ反抗する事なく決められてしまった。
せめて少しぐらい親らしい事をして欲しかったが、無いものを願った所で絶望に近い現実を突きつけられるだけだ。
向こうが同棲しようと考えた理由が気になりはしたが、聞いた所で何かが変わるわけでもないので、俺はその疑問を胸にしまった。
「くれぐれも向こう側に迷惑のないようにな」
「……はい」
俺は許嫁と呼ばれる人の容姿も歳も何も知らないので、迷惑のない行動をしろと言われてもいまいち実感が湧かない。
写真くらい見せて欲しいものだが、聞きたい事がないと言った手前、申し出難かった。
(俺、そんな人と結婚するのか……)
自分の将来すら定かではない俺からすれば、やはり許嫁というものはどうも現実味がない。会ってすらいないのに同棲をするのだから、いくら許嫁とはいえ不安にはなる。
普通は数回会ってから物事を決めていくと思うのだが、そういう機会もなく俺は引っ越しの準備を始める事になった。
まあ色々な書類の整理や高校進学やらも重なり、俺が養親の元から旅立ったのは、そこから一年くらい先の事だった。同棲するとは言われたものの、事はそう上手くは進まずにゆっくりと進行していった。
すでに高校生活は始まっており、何ともタイミングの悪い時に引っ越しは始まった。
「…………気を付けていけ」
いよいよその時はやって来て、家を出る直後の養親の最後の言葉を思い出しながらも、俺は同棲を始める家へと向かった。
家具なんかはすでに運んで設置してあるようなので、これといって目立った心配事は今の所ない。
何とも言えない気持ちになりながらその場所に向かいつつも、空だけは笑顔で俺を見下ろしていた。
「確かここか?」
俺が新しく生活を始める場所は、養親の家から電車で30分程度で到着した。元々学校までは電車で通っていたので、ここからは歩いて十数分くらいで着く。
やけに立派なマンションが俺の目の前にはあり、立地も悪くない。ほんの少しだけ心躍らせながらも、俺はエントランスへと入った。
「貴方が八幡さんですか……?」
指定された階にある部屋に向かえば、八幡莉音という俺の名前を呼ぶ声が前の方から聴こえてくる。
(相手の方は先に着いていたのか)
俺が来るまで律儀に待っていたようで、それに少しだけ気まずさを感じながらも、俺は扉の前に立つ少女の姿を視界に入れた。
「…………白咲結愛?」
そこに立っていた少女にはどこか見覚えがあり、そしてすぐに名前が浮かび上がった。俺は養親から名字しか聞いていなかったので、下の名前は知らない。
だから思いもしないだろう。まさか同じ学校の生徒が俺の許嫁だなんて。
「…………呼び捨てですか? 話した事もないのに」
「それはごめん」
「まあ別に何て呼んでもいいですけど」
彼女は俺が来る事を知っていたのか、驚いた様子はない。もしかすると秘密にしてと頼んだ可能性もある。
でなければここまで冷静さを保てるはずがない。
彼女はそんな俺の心を読むかのように、言葉を発した。
「八幡さん、一応言っておきますけど、許嫁だからって勘違いしないでくださいね。私が同棲を提案したとはいえ、貴方に対する興味なんて微塵もないので」
「…………そう」
俺は勘違いなんて何一つしていないが、彼女が俺に対する興味が一切ないというのは、言葉の節々から伝わってきた。
「…………なので親しくするつもりもないですから」
そう言う彼女の表情はどこか哀しげな雰囲気があり、俺なんかが触れてはいけないような気がした。それを隠すように風が勢いよく吹き、彼女の長い髪がボワっと広がる。
彼女が髪を手で抑え、風が弱まった時には、また平然とした顔で俺の方を向いた。
「これからお願いしますね」
「よろしく」
お互いに少しだけよそよそしさを見せながらも、変な接触は避けるように一定間隔の距離を空ける。
どうやら俺は、同級生の許嫁とこれからの高校生活を共に過ごさないといけないらしい。
今この瞬間だけは色々な感情が重りのように感じ、ゆっくりと部屋の中へと入るのだった。
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