7話 調合屋
キノコに覆われてはいるけど死んでいるようには見えない。苦しんでいるような感じもしない。
『何をお探しかな。』
頭の中に直接響く音質を持たない声にハッとして周りを見回すけど、それらしきものは見当たらない。
「誰かいますか。」
『ここにいる。』
棺桶に入ってる人たちが一斉に手を上げた。
呆気にとられて一歩下がる。何を言っているのかわからない。
恐怖は感じないように出来ているはずなんだけど。バイオノイドは脳に恐怖を感じる部位が存在しないから。
なのにこれは何だろう。
「一体どうなってるの…。」
『我々はすべて繋がっている。個としての孤独から解放され、すべての感情と感覚を共有し、一つの存在となった。細胞一つ一つが集まって生命体を作るのと同じ。』
「キノコで繋がっている?」
『そうだ、バイオノイドの娘よ。真菌は我々の意識を繋いでいる。量子の領域から存在をを繋げている。』
「だからテレパシー能力も出来てるとか?」
『我々ではないものから考えを読み解くことは無意味。だが…、君の体内には今無数の微生物が君と繋がっている。娘よ、繋がることを望むか。それとも…。』
「キノコがいくつか欲しいだけだから。」
『それは残念なことだ。檻から解き放たれようと、意識あるものの孤独をそのまま背負うことを願う…。それはまた別の形の檻でしかないというのに。』
「自分が檻の中にいるか自由でいられるかは私自信が決めることです。」
こんなカルト宗教みたいなところに入るなんてたまったものじゃない。幸い強制的に加入させようとするようなものではなかったみたいで。
それで天井から触手みたいなのが伸びてきて、私が持ってる小さな籠いっぱいにキノコを貰ったのである。
「種類は言ってないんだけど。」
『調合屋が送ったのだろう。』
「調合屋?」
『永遠を彷徨う少年。』
「ルーチェってそんなあだ名あったの…。」
『以外か。』
これ以上話したら頭の中が可笑しくなりそうなので答えない。
この陰惨な場所から一秒でも早く離れて地上に戻りたい一心である。
それで扉を開けようとしたけど開かない。
『娘よ、歌を聞かせてくれ。君は歌を歌えるだろう。我々に君だけが知る歌を聞かせてくれ。』
「何の歌ですか?」
『なんだっていい。君は、この世界のどこにもない歌を知っている。そうだろう?』
扉はバイオノイドの馬鹿力でも開かれない。菌糸で出来ているのかキノコで出来ているのかは知らないけど、彼らが意思で操られる範囲内にあるのは確かなようで。
仕方なく歌い始めた。こんなところで防毒マスクを着けたままと言うのもどうかと思ったけど、そうしないといけない気がしたので。
選んだのは一昔前、私が子供のころに流行った、女性が歌った名曲。
歌詞はそのまま日本語で歌ったけど、それで問題なかったみたい。
『宇宙のすべては繋がっている。たとえ違う星であろうと。』
そんな意味深なことを言われたけど、彼らの視点なんてわかるわけがないんだから…。
また長い階段を上がる、ことはせず。一刻も早く地上の空気を吸わないと頭の中が可笑しくなりそうだったから、それがたとえかび臭い空気であろうと、壁伝いに走って戻った。
バイオノイドの驚異的な身体能力を実感しながら地下道に戻った時点で防毒マスクを脱いだ。これ、植物繊維で出来ているんだよね。プラスチックじゃなく。
地下道にはそれなりに行き来ている人たちがちらほら。
人と言うか、ほぼ異形だけど。見た目だけ見ると普通の人間と大差ないルーフェの方が珍しいのかな。どう見ても人間じゃないでしょう、みたいな怪物までうようよと…。
下半身が蜘蛛にしか思えないアラクノイドとか。全身に鱗が生えた人とか。
それはまだましなほうで、甲冑のような肌が見えたり、目が四つもあるんだけど全部の目の瞳孔が蛇のように縦長なところとか。
あまり攻撃的な雰囲気はしないんだけど。
通り過ぎてもちらっと目が合うくらいで。
しばらくはこの街で生きていかにといかにから、気にしないようにしながらルーフェのところへ。
まだ昼間だったけど、アンダーグラウンドの人たちは基本的に夜行性みたいで。夕方から早い朝まで活動するのが殆どなんだとか。
紫外線対策?ここの微生物は元から地球のそれよりずっと頑丈なので紫外線ではどうにもできないんだけど。
ルーフェの家にたどり着いた時に気が付いたけど、看板がちゃんとある。看板と言うか、屋根の下に蔦が伸びてそれが字を描いているせいで最初は気が付かなかったみたい。
蔦が書いている文字は、『調合屋』。
ああ…、それで…。
そもそも調合屋って何ぞやと言う話だけど。後でルーフェに聞いてみよう…。
中に入るとルーフェはある女性とテーブルの前の椅子に向かい合って座って何かを話していた。
「量子フィールドから直接情報を引っ張りだすだけだとして、そこには意思が介入できない部分があって…。」
ルーフェは最後まで言葉を紡がずこっちを見て手を振る。
「お帰り、カリーニャ。」
「ただいま、ルーフェ。彼女は?」
オレンジ色の菌糸で出来ている目隠しをした、シャツと短パン姿の妙齢の女性。茶色い髪はほどよく膨らんで獅子を連想させる。体の凹凸がはっきりしていたけど、色気のある雰囲気ではない。
目隠しはただのおしゃれみたいな感じもするけど、多分、バイザーみたいなもの。しかも一目見た感想は、強そう、だった。この世界での感は馬鹿にできない。地球とは比較にならないほど多くの微生物を体内に取り込んでいるので。
微生物が量子フィールドと干渉して情報を引き出すことが出来るというのは、ファンギーテラでは常識。つまり、直感がただの説明できない感覚を越えた、第六感、いや、第七感と言うべきか。
「ただの客さ。」
ルーフェにそう言われた女性はむっとした表情をするけど、反論することなく肩をすくめてからこう付けだした。
「リーグムと言う、バイオノイドの娘。」
ちょっと堅苦しい言い方をするのかな。
リーグムから自分の名前を言われたから、同じく答えるけど。
「カリーニャだよ。」
リーグムは頷くだけだった。
「奴らにあったのかい。」
ルーフェの質問。奴らって、固有名詞とかないのかな…。あれが固有名詞を好まないなら仕方ないけど。
「闇深いって、てっきり人をキノコを育てる苗床みたいに使っているのかと思ったんだけど。」
そう素直に感想を述べる。
「君は随分と想像力が豊かなんだね。たちの悪い悪夢うじゃないんだから、そんなわけないでしょう?」
そう言われても、私はこの惑星がどんな感覚で回っているかなんて、少しくらいしか知らない。バイオノイドをただの道具として使ってる会社とか、それを是としている市民たちとか。
「階段がやけに長かったんだけど、昇降機は使わないの?」
技術がないと言うことはないと思うんだけど。動力源はちゃんとある。
生物機関と言って、エネルギーを入れると勝手に動く筋肉の塊みたいなものがあるんだけど。
意識があるかどうかもわからない、培養して使うけど、細胞に寿命がないので栄養を与えるだけで無限に生きるという。生きるのであってるのかは知らないけど…。
工場でも良く使っているものだから、てっきりここにもそういうものがいたるところにいても不思議じゃないと思ったら。
「この街に昇降機のようなものはないんだよね。それは私たちが時が過ぎるのを苦に思わないから。」
「刹那を生きるバイオノイドからしたら、一分一秒でも我々と違って大切と言うことなのだろう。もっと配慮してあげたらどうだ。」
リーグムがそう語る。
刹那って…、まあ、この星の人間は寿命なんてとっくの昔に克服しているとは聞いたけど…。それでも意識の在り方と言うか、形がいびつに歪んでは狂ったりするようで、そうなる前に安楽死を選ぶらしい。大体二千年ほど。エルフか何かか。
ちなみに、時が来て狂いたくないからと脳を改造する場合もあるようで。するともうアンダーグラウンド行きだけど。
それで出生率は極めて低いけど、人口は増加の一途を辿っていて。
結果、地下と空の上に新たに居住区を作る計画が進んでいるんだとか。それと深海とか?
培養液の中で菌糸から詰め込まれた知識である。バイオノイドだからと、学ぶことに差はない。違いはバイオノイドは人に奉仕するために生まれたもの、とだけずっと言い聞かされることくらい…。