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6話 深淵へ


 「一度ここに来た以上、工場に戻って仕事をするのは難しいって知ってるよね。」

 ルーフェの言葉に頷く。

 家事を手伝って、食事の時間。湯気の出る美味しそうな食べ物…、には見えないけど。

 遺伝子工学で作り出した味も匂いもしないゼラチンの塊にキノコのスープをかけて食べるんだけど。色が青紫色…。

 食べてみると、独特な香ばしさがあって、食べられないなんてことはなかった。まあ…、バイオノイドに配給されるあの食事よりはずっとましというか。はっきりと何かを食べてる感じがする。

 「勝手に決められた区画から離れるなんて、洗脳が溶けたことを示唆するのと同じなんだよね。」

 そう言うとルーフェは苦笑する。

 「よくわかっているようでよかったね。その割には何も知らなかったようだけど。自分がどう見られるかなんて。今頃騒ぎになってたりして。」

 見つかったら処分されてもおかしくないのかな。そこまではわからないけど、前例を見たわけじゃないし、会社の方針を説明されたわけでもない。

 「別にそこまで考えが及ばなかったわけではないから。」

 「まあ、一応調べてはあるけど、ただのウルフィナのし過ぎで出勤しない奴は五万といるみたいだし。」

 「それでよく工場を回せるよね。」

 「それでも利益が残るってことだろうね。それよりさ、カリーニャ。寝る場所は決まってないんだよね?」

 寝泊まりする場所に困ったら自分の部屋に戻ろうとしたことを言うのは不味いかもしれない。工場に復帰するのは難しいかもしれないけど、自分の部屋くらいなら…。

 答えられる目をそらすとまた質問が飛んでくる。

 「どうするつもりだったの?」

 「手当たり次第にここで自分ができる仕事でも見つけようかと…。」

 「なるほど、例えば?」

 「力仕事とか?」

 バイオノイドはただの歩く重機と言っても過言ではない。小さな部屋くらいの大きさを持つコンテナを担いで運ぶくらいなら造作もない。

 「残念だけど、ただ強い力だけを必要とする仕事なんてそうはいないかな。たまに、何かイレギュラが起きて、それをめぐっての争いが勃発して…、殺し合いまで発展したらカリーニャのような存在はいい戦力としてただ使われるんだろうけど。考えたことはあるかい?自分に似合う武器を手に、誰かの命の灯火を消すことを。」

 「そんなに治安が悪いの?」

 「ここは我々の自治区のようなものだからね。誰がどんな能力を持つのかもわからない。下手な対応策を考えるより、ただここに詰め込んでここからでなくする方が、あちら側からしたら都合がいいんでしょうね。」

 あちら側と言うのは、まるでユートピアのように広がる市民の居住区のこと。中央には聳え立つ巨大な建造物がある。菌糸の集合体。菌糸ネットワークの統合管理サーバと言うべきか。都市には少なくとも一つ以上あれが存在しないと錯綜する無数の情報をフィルタリングできず、ノイズだらけになってしまう。

 「じゃあ、私はルーフェの下につくってことにしちゃえばいいんじゃない?なんでもするからさ。」

 「なんでも、なんて軽く言うけど。じゃあ、北の蛇女を殺してほしいと僕が言ったら殺しに行くのかい?」

 「私でも殺せるの?」

 「知らない奴でも僕が命令すれば殺すんだ?」

 「ここの仕組みなんて私がわかるわけないじゃん。あなたが望むのをやってるうちにわかってきて、それであんたが間違ったと知ったら、それはまたその時になって考えればいい。わからないものだらけなのに、自分の判断を信じたって何にもならないでしょう。」

 「それは確かにカリーニャの立場からしたら賢明な判断だね。」

 「でしょう?」

 「けど、モラルは欠如している。」

 「暗闇の中を手探りで進もうとしている時に真っ先に気にするもんじゃないでしょう。誰にだって闇はあるんだから…。」

 「なら、そうだね。君の闇はどんな味がするのか、僕に見せてくれるかい。この街の深淵は君が想像するよりずっと深いところにあると思うから。」

 と言うわけで、初の仕事を貰った。

 「注射虫は僕が預けておく。価値を判断するにも鑑定してみないとわからないから。時間がかかるんだよね。寝泊まりなら僕の家でするといいさ。大丈夫、別に襲ったりしないから。」

 まあ、どこまで信頼できる人物かは、比較対象がないわけだから少し判断に困るところではあるんだけど。

 最初から騙すつもりなら自分にこんなに良くしてくれるわけがないという…。まあ、今のところ騙されている気はしないので、自分の直感を信じてみようと思う。

 それで初めての仕事と言うのは、ただのお使いである。地下に巨大なキノコ栽培区画で、多種多様なキノコをいくつか。紙に書いてもらった。キノコを薄くスライスして作るキノコ紙。もうなんでもキノコだよ、この惑星は。

 地下の区画と言っても、別に下水道を通るわけではない。

 そもそも下水道なんて施設が存在しない。やはりここの住民でも出すのはただの水しかないということで。

 ただ地下道があって、そこに入ると壁沿いで地下に進む長い長い螺旋階段がある。幅は三メートルほど。段差は緩いので、簡単に落ちそうな感じはしない。

 階段に手摺なんてものはなく、螺旋が囲っている中心部はどこまでも続く真っ暗闇。

 階段そのものが光るキノコで出来ているため、足場を失うことはないんだけど。

 真ん中には菌糸の柱がある。光ってはないので、バイオノイド特有の鋭利な光感知機能でも輪郭が見える程度。

 前から黒いマントで全身をすっぽり覆い隠した誰かが歩いてきてすっと避ける。

 「なんでバイオノイドがこんなところに…。」

 そう低い男性の声で呟かれてから通り過ぎた。

 なんで見てるだけでわかるのか。今の私はルーフェからもらった、この街特有の黒いマントで顔だけ残して全身を隠しているんだけど。

 匂いか?匂うのか?ウルフィナの匂い?

 三十分ほど進んだら下から明かりが見えてきた。一体何百メートルあるのやら。下手したらキロメートル単位で続いているのではなかろうか。

 光と見えたのは大きな天井だった。階段の先には下に続く扉があって、それを開けて中に入るみたいである。

 ルーフェからあまり詳しいことは聞いてないんだよね、自分の目で確かめてみて、なんて。

 扉の中を入ったら急に空気が暖かくなる。湿度がすごい。前があまり見えない。匂いもした。変な匂い。何の匂いかは、言うまでもない。胞子やカビの匂いである。空気の色が暗緑色に替わってるんだから、この中にどれほどの微生物が溢れているのかと。

 防毒マスクを装着する。バイオノイドならこれくらいの濃度の微生物が混ざった空気なんて全然問題ないとは言われたけど、だからと私は平気ですとか、自分だけ目立つのもね…。

 視界は悪いけど、何となく見晴らしがいいことはわかる。平原のようにどこまでも広がっているキノコ畑…。ではないか。天井は白く光るキノコが埋め尽くしているので、それなりに明るい。

 なので近づいてみなくても見える。

 数え切れないほどの巨大な芋虫を、無数のキノコが浸食していたのである。

 冬虫夏草…?

 見た目はちょっとやばいけど、まあ、許容範囲内かな。ちょっとグロいけど、遠くから見る分にはただ白い毛で覆われているようにしか見えない。

 こんなので私の中の闇が図ろうというなんて、片腹痛い…。

 なんて、思っていたのが悪かったんだろう。

 目的地である畑の真ん中にポツンと立っている大きな建物に入ると、そこには横たわった人間が棺桶の中で全身をキノコに浸食されていたのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 文章からイメージする世界が、未来的なSFか、レトロなファンタジーか、行ったり来たりしてます。 きっとそれが混じった世界なんでしょうね。 面白い。
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