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5話 ルーフェとカリーニャ

 この世界で見る夢はどこかへ向かうことなくただひたすらに落ちていくだけ。

 痛みから解放され、感情を忘れ、自分が何者だったかも忘れ。

 いくら注いでも注いでも埋まることはない、胸に空いた大きな穴。

 生物ならではのものか、それとも知性の対価と言うべきものか。たかが動物の分際で神に挑もうとするとこうなるのとも当然と言うのか。

 何だったかな。

 人が人としてある証として、飢えない衝動がある。

 誰もが感じること。どこかへ向かうべきと訴える精神。

 特に我慢しようと思えばできなくもない。湯船につかると水の暖かさで何もかも忘れられて、眠りについても自分の胸に穴が開いていることを忘れられて。

 懐かしい、気にせず生きてきた年月が懐かしい。

 ふっと自嘲して、口の中に残った辛さにも喪失感を無くう効果があるのかと、違う惑星でもやることは同じだと納得。

 どうやら眠っていたようである。

 やっぱり私の気を失わせる目的だったのかと、少年のように見えるその人に怒るのは筋違いと言うもの。

 少年は窓際のキノコ机の前のキノコ椅子に座って、菌糸の束と指先を繋げていた。あれがネットワークである。

 私が眠りから覚めたのを感じ取ったのか、椅子から立ち上がりベッドまで歩いてきて片隅に座って話しかけてきた。

 「よく眠れたかい?」

 少年は私を部屋の中にあるベッドで寝かせていたのである。ふかふかな羽毛…、ではなく。ふかふかなコケで出来たベッド。布団には柔らくて暖かい大きな葉っぱ。厚みもある。

 ここまで来るとただの童話の中の世界と言われても信じてしまいそう。

 「うん、ありがとう。」

 あまり気分が良くないというと、少年は横になるかと提案して、それで実際に横になったらそのまま眠ってしまったのである。我ながら危機感がないというべきか。

 「どういたしまして。」

 「どうして…、どうして見ず知らずの私に親切にしてくれるの?」

 「推理かな。」

 「よければ内容を教えて欲しいんだけど。」

 「そうだね、君の体臭からは長年過剰にウルフィナを使ってた人特有の匂いがする。なのに精神を保てていて…、しかも何かしらの目的のためにお金を必要としている。それはきっと君自身のタメだろう、特に悪いことをしたいと思っているわけではないのは、君が世間に疎いことからもわかる。人間に育てられたことも今接触しているわけでもない。ここの事情もわからないんだから、僕みたいなものと接触しても無反応。」

 やはり見た目通りの年齢ではないと言うことなのだろう。それにしても彼の口から語られることは、私にとっては考えもよらないものばかり…。

 「あなたって…、どんな人なの?」

 「一応、この区画のまとめ役かな。アンダーグラウンドにある四つの勢力のうち、一つのトップ。こう見えて僕は結構顔も効くし、強いんだよ?だからこのあたりではみんなして僕を頼る。それで知り合いにバイオノイドが迷い込んだと聞いてきてみれば君がいたわけさ。ビックリするでしょう?」

 うん、びっくりした。知らない間に目立っていたのかと。安易に動くべきではなかった?それでもこうすることしか頭の中になかった。今すぐ町の外に向かって走るなんて、ここ以外の町がここと同じじゃないという保障なんてどこにもないんだから。

 「バイオノイドって、珍しいものなの?」

 「バイオノイドには自分で考える能力を授けないようにするのは、バイオノイドを所有する会社なら当たり前に取る方針だと思うよ。会社の資産なんだから、会社の資産が自らの意思を持って勝手に行動すれば大変なことになるでしょう?多分、自由に関することを何も教えてもらえないんだろうね。培養液の中で洗脳教育を受ける。違うかい?」

 「違わない。」

 会社に忠誠を尽くすことこそが生きがい、バイオノイドの存在意義であると教え込まれる。人のタメに生まれ、人に尽くすことはとても神聖なことであるとも。

 生まれて間もないころから菌糸と意識を繋げて、情報を直接インプットされるのである。地球の菌糸でも情報を交換する独自のネットワークを持っていたんだけど、ここの菌糸はそれより多くの改良と機能の拡張があって、それこそ無数のデータを菌糸のネットワークを通って行き来するのである。

 「なのに自分の意思で動いた。ウルフィナのし過ぎで頭がおかしくなっているかもしれない。知ってるかい?バイオノイドはアンダーグラウンドに生きる大抵のものより、莫大な出力を出せるように設計されてる。そんなのが狂って暴れだしたら大変なわけさ。」

 つまり危険因子として見られていたんだと。いつの間にか監視されていたようである。

 「私は別に…。」

 「うん、目を見てわかった。君の目には光が宿っているね。未来を思い描いて、自由を知る人の目だ。何が目的だい?僕にここまで言わせたんだから、話してくれてもいいと思うけど。」

 確かに、彼が話したことが事実なら、彼に自分が思っていることを話してもいいと思うけど。

 「あなたが言っていることが本当のことかどうかはさておき、あなたが会社と繋がってるかそうでないかは私からしたわからない。だから、言えない。」

 私がそう言うと少年は気を悪くすることなく肩をすくめるだけだった。

 「まあ、それもそうだよね。悪くない答えだったよ。それよりさ、バイオノイドちゃん…?何時までバイオノイドって呼ぶのもどうかと思うから、よかったら僕が名前を付けてあげようか。」

 前世の名前を使いたいと思っていたわけではないんだけど、この世界の人間がどんな名前を使ってるのかもわからないんだよね。

 「それよりあなたの名前は?」

 「これは失礼、僕はルーフェ。ただのルーフェさ。」

 イギリス人のサッカー選手みたいな名前…。まあ、これなら許容範囲内かな。

 「わかった。名前、付けてくれない?いつまでも番号で呼ばれたくないから。」

 私は、レーゲンと言う培養施設で10363番目に生まれたことからレーゲン10363と呼ばれている。

 「そうだね、カリーニャってどうかな。」

 「どういう意味?」

 「今はすべての蝶々が鏡を持って生まれるけど、昔の蝶々はそうではなかったんだ。その時の蝶をカリーニャって言うんだ。君の神の毛と同じく青い色の羽を持つ。」

 ちょっとロマンティック過ぎる気もするけど、せっかくだし。

 「わかった。私はカリーニャ。よろしく、ルーフェ。」

 私が握手を求めたらルーフェはいたずらっぽく笑って鎖骨から白くて長い手を伸ばし、私の手を握った。それでもその手には確かな暖かい人の温もりがあったのである。


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