4話 アンダーグラウンド
値段を比較できると良いんだけど、信じられる知り合いがいるわけでもない。
そもそもこの星の人間の性格に関して、同じバイオノイド以外は交流も乏しいのでどのようなやり取りが行われているのかもわからない。
それでも会話は成立していた。精神の在り方にそこまで差があるようではないみたい。
じゃあそれを信じて踏み込んでみる?
「ねぇ、私が普通のバイオノイドと違うことに何か価値とかないの?」
「どうだろうね。バイオノイドに価値を求めるような殊勝な人がこんなスラムにいるわけない、なんて考えられないのかな。それとも…、バイオノイドに性的興奮を覚える変態とか?」
そんな娼婦紛いなことをしないといけないの?
「売るとしてさ、せめて、なんか、なんかないの?こんな道端でいつまでも話すのはちょっと。」
「うん、気が利かなくてごめんね?ついてきて。」
少年が信じられる人間かどうか、私には何の判断材料も持っちゃいない。ここは話に乗ることしかなさそう。いざと言う時は逃げてしまえばいい…。土地勘もないのに逃げ切れるのかは疑問だけど。
道には傾斜もあるし階段もある。
殆どキノコ畑なバイオノイドが住む区画とは雰囲気からして違う。
それでもどことなく漂う退廃的な雰囲気は隠しようがないみたいで、時折麻薬のような効果があるとしか思えない甘ったるい匂いが鼻に響く。
ここだけ考えるならスラムと言うよりアンダーグラウンドに近いかもしれない。
建物は安くて固いだけの、濁った水晶のような色の建物は見られない。
市民街のようにドーム型でもない。セピア色のキノコが円錐形で建てられている。古い時代の建築様式らしい。
建物の高さは地上四階か五階くらい。地下があるかは入ったことがないので知らない。
広く高い入り口もちゃんとあるし、開けられた入り口から見るに廊下とかキノコで出来たテーブルとかの家具類もある。
キノコは何の形にも加工できるから、家具以外にも生活用品はすべてキノコ。プラスチックの代わりにキノコを使っているようなものである。
地球でも石油が枯渇したらキノコを使ってたのかな。その時代になるまで生きてなかったのでわからないけど。
「はい、ここが僕のお店。適当なところに座ってて。」
それで歩いてたどり着いた場所は比較的にこじんまりした、同じく円錐形の建物。入り組んだ路地は平面ではなく立体的で、階段がいくつもある。道端は木々の根っことコケだらけ。
家具は簡素なデザインで、丸いテーブルと背もたれのない丸い椅子がいくつ置かれている。薬屋みたいな感じがした。
カウンターの方に何か生物がいる。ガマガエルかな?一メートルはしているような…。そして少年の髪の毛の色と同じく赤い。
紺色で光るキノコが天井を埋め尽くしていて、結構明るい。
海の中に入っているような錯覚を覚える。夜には発光しなくなるのかな。それともずっと光ってる?
少年はカウンターの奥に入って、ものがたくさん入った棚を見上げた。その背丈では届きそうにないと思ってたら、鎖骨あたりから細くて長い真っ白な腕が伸びて、棚の上にある黒い瓶をその白い手で取る。
ゾッとした。やっぱりただの人間じゃない…。
「飲み物は青菌糸茶でいいかな。バイオノイドちゃんの好みがあるなら聞くけど。それとも何か食べる?」
私にだけフレンドリーなのかそれとも元々すべての他人にはそういう喋り方なのかわからないので戸惑う。
と言うか菌糸でお茶も作るのか…。あれ厳密にはカビの一種じゃなかったっけ。
「別に気にしなくていい。商談に入りましょう。」
出されたものを飲んでそのまま気絶して売られるとか、逮捕されるとか…、それともばらされるとか?そんなことを考えられていたので断るけど、少年は構わずお茶を入れながら話す。
「そう急ぐこともないでしょう?それとも追われているの?」
「違うけど。」
「じゃあ待ってて。きっと気に入ると思うから。」
そう言って大きくて赤いガマガエルの背中に、その大きなキノコのコップを二つ置く少年。
ティーカップとはサイズからして違う。ゾッキよりは小さいかな。
木のスプーンで瓶の中から青い粉末を抄い、コップの中に入れる。
そして壁に生えた木の根っこを引っ張ってきて。
根っこの先の部分を捻ると水が出てくる。
コップに水が注がれる。
水を止めて根っこをまた壁側に戻すと壁の中に先っぽだけ残して壁の中にスッと吸い込まれて行く根っこ。
そして少年がガマガエルの頭を撫でると。
ガマガエルの背中が徐々に赤く光る。
つまり、あのガマガエルの背中は熱を発するように出来ているってこと?
少年はよくやったとガマガエルに大きな果物の種?アーモンド?みたいなのをガマガエルの口に放り込む。
じっと見つめるとガマガエルがこっちを見る。ちょっと可愛いかも。
不思議な国に迷い込んでいる気分である。いや、実際に全く違う惑星ではあるんだけど。私自身が地球人からしたらただのエイリアンになってるんだけど。
少年はテーブルの上にコップを置いて座る。香ばしい、趣のある匂い。嫌いじゃないけど飲まずにいたら。ちらっとガマガエルを見ると光っていた背中はもとに戻していた。
「もしかして睡眠薬を入れるとか考えてる?」
否定も肯定もしないまま黙ったまま視線を逸らす。
「あのさ…、バイオノイドはそんなに柔なものじゃないんだよね。けど、これでわかった。君、別に人間に育てられたわけじゃないんだね。」
隠すことでもないので素直に頷く。
「じゃあ、あれかな。培養液の中にいる間に変なものでも詰め込まれた?それとも菌糸ネットワークから必要な知識以外に接続できていたとか。」
そう、ここは電子のインターネットはないけど、菌糸のネットワークが惑星全域を繋げている。
「どっちでもない。生まれつき。」
「あまり話したくないようだね。」
嘘じゃないんだけどね。
どうやらそこまで警戒する必要はなさそうだと安心して飲んで見ると、チクチクと刺すような感覚と共に全身に急激に広がる安心感。音が見える、色が聞こえてくる。これって。
「これ麻薬とかじゃないの?」
「うん?ウルフィナはいいけどこれはダメなの?」
まあ…、悪い人ではなさそうだけど…、感覚がちょっとぶっ飛んでいるかもしれない。