3話 境界線
プロット作るより世界観構築に考えを巡らせているので、序盤はそんなに面白くないかもしれません。
朝になると重低音が響く。
窓から顔を出しても暗緑色の空気は変わらない。まるで生物の体内のようである。空を見上げたら案の定、クラゲを連想させる巨大な生物たちが浮いていた。
輸送生物ガガンテ。
青白いお腹と夜間にもうっすらと光る背中を持つ。
大きさは…、石油タンカよりは小さいけど中規模のクルーズ船よりは大きい。
まさに生物合成と遺伝子工学による集大成。
自然ではありえない設計で作られた巨大生物である。
狂暴さはかけらもなく光合成をして微生物を食べるため、危険性は皆無と言うか…、死んで落ちて来たら大変なことくらいか。寿命が近づくと専用の廃棄処分場に連れて行って殺すらしい。
お腹に大きな空洞があって、そこに貨物を入れて運搬する。
この星で巨大な運搬手段と言えば空にはガガンテ。
海には、また何かあるようだけど、あいにくそこまでの知識は持ってない。
奴らは正確な時刻に眠りから起きて鳴く。眠りから覚めて輸送が始まる。数十匹のガガンテが違う高度で、最初はゆったりとした動きで、ガガンテの騎手の命令を聞いて。
あくびをして部屋に戻り、お腹がすいた。
箱の中から一つ取り出して嚙み千切る。果物の中にたくさん粒が入っていて…。
何かを発酵したものの中に何かを詰め込んでいる?
得体の知れない虫の死骸かも知れないけど、これしか食べられる物がない。ジューシーな果肉が口いっぱい広がって、酸味と苦味と独特な臭さが残る。
ほんの少しだけ塩味もする。
注射虫とか光虫…、あれは食べ物じゃない。一応有機物だから食べられるとは思うけど、慣れ親しんだ味から離れてゲテモノに挑戦するなんて、飢餓状態じゃないんだから。
服は着替えない。これ一着しかないので。繊細な菌糸で出来た簡素なデザインの黒い半ズボンと灰色のシャツ。下着もなく生地は固い。
階段なんてものはない、穴から落ちる。上る時も穴から、落ちる時も穴から。
まるでアリの巣である。
略してアリ巣…。
外へ出てそのまま走った。バイオノイドの交通手段は、何を隠そう、ランニングである。
早くたどり着いたら仕事量を増やせる。仕事の量を増やせたらその分だけ快楽をもたらすバクテリアである“ウルフィナ”が貰える。お金すら与えられない…。
ほぼ全員が快楽を与えてくれる、麻薬のようなバクテリア中毒。
濁った目をして、無表情なまま走る姿はシュールにも見える。
それでも一緒に暮らす場合は話もするし、性行為はなくても抱きしめあったり、親密な関係になるのは少なくない。
私だってそうだった。だから一人になって無性に辛くなっていたんだろう、快楽バクテリアがもっと欲しいと。
出勤時間なため工場に向かって道を走るバイオノイドの姿をたくさん見かける。すれ違いながら彼らとは反対側の市民が住む町の中心部へ。
実際に市民街へ足を踏み入れようとしているわけではない。そんなことをしたら捕まって食べられる。そういう生物が徘徊している。市民には優しいんだけど、バイオノイドには…。
目的地はスラムと市民街の境界線上にある闇市場。
スラムにはバイオノイド以外にも表社会から何らかの理由でドロップアウトした人間が住み着いている。バイオノイドの居住区からここまでくるバイオノイド、いるのかどうかは知らない。ただ都市から離れるにしても体に刻まれた寿命はどうにかしたい。
だから足を踏み入れる。
お金は持ってないので露店を通り過ぎると物珍しそうにこちらをジロジロと見ている人たち。
いや、人と言うか、異形…。
足が四つある男性、背中に巨大な翼が生えた女性、目が複眼の性別不明のマスクをつけた異形。
聞いてはいた。
ドロップアウトをする人間は自分の体を過度に改造している人が殆どであると。
市民には自らの遺伝子を自然の突然変異ではない限り、同じ人間と全く交配できなくなるまで変えるのは法律で禁止されていると聞く。
猫耳とか赤外線が見える目、筋力強化などは許容範囲内。
確かに超えてはいけない線がないと、好き勝手に変異して原型を無くすのも時間の問題な気もするけど。
しばらく歩いて、なんでも買い取ると書いているお店とかないのか期待していたんだけど、さすがにそんなに都合がいいわけではないようである。
案内人とかがあればいいんだけど。立ち止まってため息をつく。ここは市民街と近いせいか暗緑色の微生物の濃度も薄い。空気が新鮮。
「何かお困りかな。可愛いバイオノイドちゃん。」
隣から老婆の声がしてそちらに視線を移す。確かに困った顔はしていたかもしれない。そこには老婆…、ではなく小さい少年が立っていた。
背は13歳にしては少し低い方の私よりもっと低い。赤い瞳に背中まで長く伸ばした赤い髪。
着崩したブレーザー制服みたいな服だけど、光沢がある生地を使ってる。色は赤と黒で全然制服見たいな感じはしないんだけど。
十歳にも満たない見た目だけど、果たして本当に見た目通りなのかはわからない。
「迷子?」
そう聞くと。
「こっちのセリフよ。こんなところでバイオノイドが何用かしら?あまりウロチョロしてたら…、どうなっても知らないわよ?」
今度は若い女性。声帯を遺伝子操作して音のトーンを調整しているようにしているのかな。
「どうなるの?」
「さぁ?」
「これ、売れる場所とかないか探しているんだけど、知らない?」
ポケットから注射虫を取り出す。前世の記憶を思い出させるバクテリアなんてとんでもない代物を詰め込んでいた注射虫。
まだ生きている。中身が残っているかは知らないけど、単純に私たちが日々使うウルフィナ入りの注射虫とは見た目からして頑丈そうで、フォルムや色合いまで高級感がある。
ただの虫なのに…。
「お前…、こんなのどこで手に入れたんだ。」
今度は若い男性の声。
「声は一つに固定してくれると助かるんだけど。あんたが言ってるのか後ろに誰かがいるのかわからないからさ。」
「うん、それもそっか。これでいい?」
見た目通りの声になる少年。
「ありがとう、それで、知らない?」
「売ってお金なんて手に入れて、それからどうするの?バイオノイドでしょう?人生でも楽しむの?ウルフィナ以外にも求めることがあるの?」
「初対面で言う義理はないと思うんだけど。」
「言うじゃない。バイオノイドなのにそんなに喋れるんだ?誰から学んだの?」
まあ、彼が気になることもわかる。
人間に服従をするだけの喋り方とか、バイオノイド同士での簡単な会話しかしないのが普通ではあるんだけど。
「なんで私が質問に答えないといけないのかわからないんだけど。」
「人間様からの命令でも拒否できるんだ?」
別にそんなロボットみたいに頭の中で何らかの形で人間の命令は必ず聞くよう、プロトコルがインプットされているわけじゃない。
「あんたは自分を人間と言えるの?」
「それを言われちゃ、仕方ないね。」
少年はケロッとした顔で舌を出して笑う。
「で、知ってるの?知らないの?」
「それよりさ、僕が買ってあげようか。」
そう言われ、私は少し迷う。相場なんて知らないんだよね。当たり前だけど。経済とも無縁な生活で物の価値もわからない。
どうしようかな…。