メルヒェン
──君が悪い。
四方八方何処を見ても、不思議な景色が広がっていた。
右を向くと、洋風な街があり、左を見ると名前の分からない花が咲き乱れる山があった。
この景色を見たのが、普通の人ならば、二つや三つくらいの童話を思い浮かべるくらい造作ないだろう、と思うのだが、私は一つしか童話を思い浮かべることが出来なかった。幾ら考えても、記憶の底に手を伸ばしても、何も掴めないのである。
マッチ売りの少女。それだけは、思い出すことが出来た。
確か、苦悩に悶える少女が、雪がしんしんと降る日に街路へとマッチを売りにやって来て、マッチを売ろうとするも買い手が誰一人居らず、悲しみや虚しさに溺れた少女が、終いにはマッチで火をつけ出して──。
マッチの炎に映った幸福を、それを見つめた少女の笑顔を、私は素直に見れなかった。
人の中には、常に笑顔な人という奇怪なものが居る。その内の、優しさのあるものには、亀裂が入っている。何処、とは言わない。
あの少女にも、幸福があったはずである。どうやら、私と彼女は、少しだけ、ほんの少しだけ、似ているらしい。彼女の笑顔が誤魔化しならば。
街が、崩れた。砂のお城のように、相縁のように、一瞬で崩れていった。
山が枯れた。花は色を失った。木々は、己の周囲にある花や木、空の美しさや青さを知り、自信を失ってしまい枯れた、と妄想をしてみた。実際は山と共に儚くなっただけである。どんなに醜くても、枯れ色でも、隣の芝生は青く見えるのだから、昨日も今日も、きっと明日も気怠い。
空が、淡いピンク色に染まってきた。辺りを見回しても、淡い色の空と元の景色の崩落した名残しか見当たらない。
これが、これこそが、メルヘン?
空が割れて、全てが砕けて、視界が暗に包まれたかと思うと、ぼんやりとした光が見えてきた。
消毒液の臭い、アルコールの匂い。メルヘンなんて、知らぬ。
「スィーザーン」
赤子を囲む一人の男と二人の女の内の、一人の女がそう言った。残りの二人は崩れ落ちた。照明が明る過ぎて、目が眩む。
笑っていた。
「スィーザーン」というのは、煙草の名だろうか。