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prologue 誓い合った友情〔1〕


 青春を送るために必要なものと聞かれたら?

 放課後にカラオケで一緒に歌ったり、マクドナルドでポテトをつまみ合うような気の合う友達?

 それとも。クリスマスにプレゼント交換を行ったり、バレンタインにチョコを渡してくれるような甘酸っぱい恋愛を行える恋人?

 もしかすると厳しい練習を越えて達成感に溢れられるような部活動と答える人も居るかも知れない。

 でも俺の中ではそれらは結果であって、根本的なところでは違うと思う。

 正解は、ある程度のまとまった時間だ。

 なぜなら結果までの経過を過ごすことのできる時間がないと他人と友達になることは至難で、恋人なんて千年先。

 それこそ部活動なんかは時間制限在りきで中途半端に終わって消化不足を起こす。

 これらの点から、比較的良好な青春を送るためにはその青春に費やすための時間がどれほど大切なのか分かるだろう。


 ……ま、これは俺の体験談からくる持論で暇だったからそれっぽい風にしてみただけなんだけど。

 手慣れた様子で素早く段ボールに私物を詰め込む両手とは裏腹に、停滞していた俺の脳味噌を働かせてみたのだ。

 それにしても今回で何度目の引っ越し作業なるんだろうか。

 小学生の時に四回、中学生の時に二回……いや、今回で三回目か。幼稚園の時は覚えていない。

 父さんの仕事の都合で俺の人生は転校に次ぐ転校。

 まるで雛鳥に餌をあげるために狩りに行く親鳥が、雛を咥えて狩りに行くような矛盾を感じる。

「いや……どちらかと言えば渡り鳥的な?」

 頭の中で繰り広げられる意味不明な思考に自前の口で突っ込みを入れるという器用な事を行う。

 これも暇だからなんだけど。

 そんな脳とは対照的に、両手は単純作業を繰り返しせっせと荷造り。

 段々と物が失われ寂しくなっていく自室を見て何か思うところはあるが、そんな風情とは打って変わって俺のテンションは絶好調だ。

 なぜって? それは今回の引っ越しが今までのとは別物だからだ。

 まず始めに今回の引っ越しで俺の渡り鳥生活が終了するということ。

 両親が海外赴任になり俺が今年で高校生になるということで両親だけ海外に、そして俺は父さん家系の叔母夫婦が住んでいる町に引っ越し。

 そしてもう一つ。俺の一人暮らしが決定しているということ。

 叔母夫婦の住んでいる家は俺が一緒に住むには小さいということで、一人暮らしを認められたのだ。

 一人暮らしに不安はないのかって? そんなのは段ボールに入れてガムテープでぐるぐる巻きにしておけばいい。

 一人暮らしとは学生のロマンなのだ。

 今までは引っ越しの都合上で他の同級生とは少し遅れて入学……もとい転校ということに嫌気がしていたが、むしろ今ではその入学が待ち遠しい。

 なんたってもうこれで別れが多すぎて友達を作る気力を失うなんてこともないし、恋人を作るために奔走しようとしても奔走する前の助走までしか走れないなんてこともない。

 それに部活動に入ってもコンクールや試合に出る前の練習で終わるなんてこともあるまい。

 今まで時間が足りずに何かをやり遂げる以前の問題だった。だけど、これからは違う。

「ふははっ、ふへっ」

 俺は今まで夢に見るほど焦がれた青春が実現するかもしれないという事実に笑みを(こぼ)すが、それは(はた)から見れば周囲に何もない殺風景な部屋で段ボールに両手を突っ込んで笑っているという変態そのもので。

 今の俺にその客観的事実を知るすべはなく、俺は半ば狂喜的な笑みを浮かべたままいつ買ってもらったのか覚えていない『ピカピカ宝石大図鑑!』を段ボールの一番上に詰め込んだ。





 全ての調理器具をしまい込みどの段ボールに入れたのか分からなくなったため、机さえない殺風景を通り越してもはや()な部屋でコンビニ弁当を貪ること五日間。

 その異様に長い五日間を越えて、遂に引っ越す日がやってきた。

 因みに、父さんと母さんは三日前一足先に海外へと旅だった。

 しんみりしたかって? あの両親にそういうのを求めるのはお門違いだ。

 なんてったって中学二年の時出張の事前まで、俺に何も伝えずお金を置いて二人とも一週間海外に出張したような人たちだ。慣れって……怖い。

 と、そんな茶番もとい現実を脳内で起こしつつ、今現在俺は電車に揺られている。

 電車の窓から外を見ると、自然五割に人工物五割ってところだろうか。工事現場がここからでも多数見える。

 どうやら俺が引っ越すことになる町は、都市開発が進められているようだ。

 今まであったものが取り壊されるというのはどこか寂しいところがあるが、それ以上でもそれ以下でもない。

 長年住んできたとかなら地域愛というものがもしかしたら湧くのかもしれないけど、残念ながら俺にはそういった物を感じられるような心はないようだ。

 そんなドライな気持ちに酔いしれ、まだ微妙に中学二年生の時に誰しもが患う病に抜け切れていない俺を脇目に電車は着々と目的地に近いていたらしい。先ほどまでは閑古鳥が鳴くようだった車両内はいつの間にか人混みにまみれていた。

 急激に密度が増加したからだろうか、香水や化粧用品の独特な匂いが入り乱れる紛争地帯が形成される。

 俺がそこから逃げるように座席から車両の扉に近づくと、同じ駅で降りるらしい他の乗客たちも俺に釣られて降りる準備を始める。

 車両内にはアナウンスが流れ、駅のホームに車輪と線路の金切り声が響く。

 ガコンッとどこかアナログな音と共に扉が開くと俺を先頭にして、人が読んで字の如く濁流となって流出し始めた。

 俺はその流れに乗って、改札を目指す。

 改札を目指すために階段を上る俺と、電車に乗り遅れないように急いで階段を下りる人達。

 その両方に挟まれる形となった俺は川を必死に上る魚達の気持ちがよく分かったような気がした。

 少しでも油断すると下りてくる人達に押されて、後ろの人達に()り下ろされかねない。

 正確にはそこまで物騒じゃないんだろうけど、体感的にはそんな感じだ。

 俺はなんとか濁流に吞まれないように立ち回り、切符を通して改札を通過する。

 ここが俺が住む町か……。

 目の前に広がるのは新設されたらしいビル群に加えて様々なチェーン店が建ち並ぶ町並み。

 湿り気を帯びた駅のホームとは裏腹に、改札を越えた駅前は春の陽光に照らされて俺の青春物語(未定)を祝福してくれているみた「楓兄(かえでにぃ)さん……だよね?」


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