ヒーロー戦隊を追放された俺が仲間と共にざまぁします
駅の改札を抜けて商店街を五分ほど歩いたところに待ち合わせ場所の喫茶店はあった。店に入って店内を見渡すと、奥のテーブル席の男が手を上げた。小麦色の肌をした金髪の若者である。俺は彼の向かいに座り、ウェイトレスにアイスコーヒーを注文した。
あらためて向かいの男に目を向けた。いつもなら、不自然なくらいの白い歯をむき出しにして笑みを浮かべている男が、いつになく神妙な面持ちである。彼の漂わせる空気に耐え切れなくなった俺は、先に口を開いた。
「こんなところに呼び出して、いったい何の用だよ、レッドレンジャー」
色彩戦隊カラーレンジャー。それが俺たちのレンジャーネームだ。悪の秘密結社ブラックデストロイヤーの怪人たちから大田区の平和を守っている。
目の前にいる男は、カラーレンジャーのリーダー、レッドレンジャーである。
レッドが俺から視線をそらした。
「実はな、言いにくい事なんだが、その、あれだ。お前、カラーレンジャーをやめてくれないかな」
なんとなく予感はしていた。しかしここで、はいそうですか、と引き下がるわけにはいかない。
カラーレンジャーの給料は内閣官房機密費で賄われている。20代男性の平均給与と比べて高額で、手取りで40万ほどだ。危険手当20万が大きい。
更に、仕事は週一ペースで多摩川の河川敷に現れる怪人を倒す以外何もなく、その他はすべて自由時間。異例ともいえる好待遇である。
そのカラーレンジャーをやめるわけにはいかない。毎日ずっとゲームができる生活を絶対に手放しはしない。なんとかレッドレンジャーに前言撤回してもらわなければ。
「なんでだよ、レッド。俺、この前のカニ怪人戦でも活躍しただろ? 奴が横にしか動けない事に気づいたのは俺だろ? そのおかげで勝てたんじゃないか。それに、その前のエビ怪人の時だって……」
「そういうことじゃないんだよ……」
「じゃあ、どういうことなんだよ」
その言葉を聞いて、レッドがあきれ顔になった。
「本当に分からないのか? 代赭色レンジャー」
「わからない。理由はなんだ? 言ってくれ。俺に問題があるなら治すから」
「それは無理なんだよ、代赭色レンジャー」
「そんなことはない。頼むからはっきりいってくれよ」
「どんな色か分かんねえんだよ!!!!」
レッドが急に大声を出した。周囲の客が一斉に視線を向けてきた。それに気づいた様子のないレッドが興奮したまま話を続ける。
「代赭色ってなんだよ!! 普通の人はどんな色か分かんねえんだよ!! 俺たちの活躍は新聞の社会面に載るんだぜ!! そこによ、代赭色レンジャーの必殺技で……とか書かれても読者はまったく分かんねえんだよ!! それどころか、ルビが振ってねえと読めねえんだよ!!」
「いや、そこはネットで調べればすぐわかるだろ……。代赭色ってのは、赤土の色のことで……」
「世間の大多数は面倒だからいちいち調べたりしねえよ!! それによ、仮に調べて茶色の一種だと知ったらどう思うよ!!」
「どう思うって言われても……」
ここで、ようやく周囲の視線に気づいたレッドが落ち着きを取り戻し、声を低めた。
「代赭色レンジャー。お前、エゴサーチとかするか?」
「いや。ああいうのを見ると傷つきそうだからしないことにしてる」
「じゃあ、知らないわけだ。お前、ネットで何レンジャーって呼ばれてると思う?」
「地味レンジャーとかか?」
「ウンコレンジャーだ」
「……え?」
「もうお前にも分かっただろ? 俺たちは子供に夢を与える戦隊ヒーローなんだぜ。その中に、ウンコレンジャーはいらないんだよ……」
「いや……でも……」
必死に何かを言い返そうとしたが、自分がウンコレンジャーと呼ばれている事実を告げられ、何も言い返せなくなった。俺は……そんな風に呼ばれていたのか……。ひねりもなにもない、シンプルな悪口じゃないか……。誰だよ、名付け親は……。仮に小三だろうが許さねえぞ……。
「まあ、地味レンジャーでもあるけどね」
そう言った女がレッドの隣に座った。彼女の顔を見て俺は驚きを隠せなかった。
「真由美……。なんでお前がここに……」
「今日はあなたに大切な話があるの。私と別れてくれない?」
突然そう告げられ、目の前が少し暗くなった。視界がすこし回ってるように見える。なんとか冷静さを取り戻した俺は、震える声で彼女に聞いた。
「なんでだよ……。俺たち、仲良くやってたじゃないか……。それなのに、なんで……」
「何が仲良くよ。そう思ってたのはあなただけでしょ? 私はあなたと一緒にいて、ずっと退屈だったのよ」
「……退屈って……どこが……」
真由美は眉間に皺をよせ、吐き捨てるように言った。
「どこがですって? 本気で言ってるの? あなたとのデートはいつも家デートじゃない。一日中ゲームしているあなたを私は隣で見ているだけ。ずっと、中学生と付き合ってる気分だったわ。だけど、レッドはあなたとは全然違う」
真由美はそう言ってレッドの腕にしがみついた。レッドの腕に彼女の胸が当たるのを見て、俺はすべてを悟った。
「お前、レッドと付き合ってるのか?」
「そうよ。この前、高速に乗って茨城までドライブしたの。一面の菜の花畑を見るためにね。その途中のサービスエリアで食べたソフトクリームは本当に美味しかったわ」
「何がソフトクリームだよ。俺ならコンビニでハーゲンダッツを……」
「そういうことじゃないのよ。それにあなた、夜のほうも下手くそじゃない」
「何言ってんだよ。お前、いつも満足してただろ」
「それはあなたが道具を使うからでしょ? 自分じゃ満足に女をイカせられないから、電マやらローターを使うんでしょ。あなたとああいうことするの、オナニーするのと変わりないわ。だけど、レッドは全然違う。私はレッドに抱かれて、女の本当の喜びを知ったの」
何も言い返せなくなった。目に涙が溜まってきて、流れ落ちないように必死で耐えた。その様子を見たレッドが馬鹿にするような笑みを浮かべて立ち上がった。
「俺たちはもう行くから。じゃあ、さよなら、ウンコレンジャー」
二人が去った後、俺はテーブルに突っ伏した。泣き顔を周囲の客に見られたくなかったからだ。
「ご注文のアイスコーヒーです」とウェイトレスが声をかけたが、返事が出来なかった。テーブルにコップを置く音がしたが、動くことができなかった。
喫茶店のドアベルの音がカランカランと鳴った。それからドアベルの音は何度も繰り返し鳴り、客の入れ替わりを告げたが、俺は顔を上げることができなかった。
「いつまでそうしているつもりよ」
聞きなれた女の声がした。女は向かいの席に腰を下ろしたようだが、俺は返事をしなかった。
「なによ。ひさしぶりに会った元同僚を無視するつもり?」
「……」
「そりゃあ、あんなこと言われて傷ついているのは分かるけどね」
「……いつから聞いてたんだよ、ペールオレンジレンジャー」
「最初からよ。この店に入るあなたを見かけて、声をかけようと店に入ったの。そしたらレッドがいたから、隠れて様子を見ることにしたのよ」
「だったら、俺の気持ちが分かるだろ。ほっといてくれよ」
「追放されたのがショックなのはわかるわ。私もそうだったから。その上あなたは、彼女まで寝とられた。泣いて当然よ。だけどね、いつまでもそうしていたらお店の人に迷惑じゃない。泣くなら家まで我慢しなさいよ」
「我慢できるんならそうしてるってんだよ……。できねえから、こうしてるんだろうがよ……。頼むから、俺のことなんかほっといてくれよ……」
「代赭色レンジャー……」
「何が代赭色レンジャーだよ。お前も、ネットの奴らと同じで、俺の事をウンコレンジャーって思ってるんだろ? 俺のこと、陰で馬鹿にしてるんだろ?」
「そんなことないわよ」
「嘘つくんじゃねえよ!! レッドも、真由美も、お前も、日本中の全員が俺のことを馬鹿にしてる!! 俺のことを笑ってる!! 見下してる!! もう、何もかもが嫌なんだよ!!」
ペールオレンジレンジャーのため息が聞こえた。次の瞬間、髪の毛を掴まれ、無理やり顔を上げされられた。吐く息が感じられるほどの距離に彼女の端正な顔があり、俺を睨みつける目は血走っていた。
「だから、なに? 他の人間があなたを馬鹿にしている。だから、ずっとそうしているつもりなの? 他人に笑われたからって、そこでいちいち絶望するの? そんなんだと、普通に生きていくことすらできないわよ」
「俺の前から消えてくれよ。説教なんか聞きたくねえんだよ」
ペールオレンジは俺の頭をテーブルに叩きつけた。店内が騒然とする。
「なにしやがる!! イカれてんのか!?」
怒りのあまり立ち上がった俺を見ても、ペールオレンジは全く臆した様子を見せない。
「なによ。殴る気?」
「女は殴らねえよ。だけどいつか、なんらかの形で仕返ししてやるからな」
その言葉を聞いたペールオレンジが嬉しそうに笑った。
「その気概があるなら大丈夫そうね。だったら、あなたを私たちのレンジャーチームにスカウトするわ」
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ウラジオストックからの航空便が成田空港につき、約半年ぶりに俺は日本の地を踏んだ。ロシアの山奥で共に訓練生活を送った四人にの仲間たちも、ひさしぶりの祖国にどこかうれしそうである。
さっそくスマホを見ると、怪人の出没情報があった。俺は四人にそれを伝える。
「多摩川の河川敷にタコの怪人が現れたようだ。みんな、これが俺たちのデビュー戦。いくぞ!!」
空港を出た俺たちは、二台のタクシーに分乗して多摩川の河川敷を目指した。
河川敷に着くと、すでにカラーレンジャーが変身して戦っていた。先を越されてしまったようだ。だが、様子がおかしい。一方的にやられている。ブルーレンジャーとグリーンレンジャーは地面に倒れたままピクリとも動かない。
残る一人のレッドレンジャーが、タコ怪人の八本足の攻撃をまともに受け、崩れ落ちた。
馬鹿な奴だ。敗れてしまったレッドを見て、俺はため息をついた。
カラーレンジャーは元々58人いた。その58人が総出で一匹の怪人と戦っていた。圧倒的な数の力で集団リンチする。これがカラーレンジャーの必勝法だったのだ。
それなのに、レッドな何かと理由をつけては、仲間を次々と追放していった。俺が追放されたときは九人は残っていたが、その後も六人を追放したらしい。
その結果がこれである。
「いくぞ!! みんな!! 変身だ!!」
俺の掛け声に4人の仲間が呼応した。
「わかった!! リーダー!!」
まばゆい光を放ち、俺たちはレンジャーへと姿を変える。
「代赭色レンジャー!!!!」
「ペールオレンジレンジャー!!!」
「オフホワイトレンジャー!!!」
「イエローレンジャー!!!」
「ピンクレンジャー!!!」
五人が声をそろえてタコ怪人に名乗りを上げた。
「五人そろって、追放戦隊エグザイルレンジャー!!!」
ペールオレンジレンジャー。
ペールオレンジの別名は肌色である。近年、肌の色には白も黒もあるのに肌色と呼ぶのはおかしいという意見を受け、子供たちにペールオレンジと教えるようになった。うすだいだい色ともいう。
レンジャースーツは体に密着したもので、ボディラインが露わになる。そんなスーツが肌色だと、遠目にはヘルメットをかぶった裸の女に見える。
さらに悪いことに、レンジャーは変身するとノーブラになる。ペールオレンジレンジャーはたぐいまれなる巨乳であり、スーツにはしっかりと乳首が浮いてしまっている。
存在自体が卑猥という理由でペールオレンジレンジャーは追放されることになった。
通称:ドスケベレンジャー。
オフホワイトレンジャー。
オフホワイトとは純白ではない白のことである。わずかに灰色や黄色をおびている。
オフホワイトレンジャーは反社会的勢力とのつながりを疑われ、追放された。
通称:反社レンジャー。
イエローレンジャー。
カレーライスが好きなデブである。炭水化物の取りすぎで、体重は150kgをオーバーしている。
2002年に健康増進法が公布されてから、世間の肥満に対する風当たりが強くなり、その影響もあって、太っているという理由で追放された。
通称:豚レンジャー。
ピンクレンジャー。
ブスだから追放された。
通称:ブスレンジャー。
「さあ、みんな!! シベリアの山岳地帯で半年に渡った訓練の成果をみせてやれ!!」と俺は大声をあげた。
みなは、手にしたAK-47を連射し始めた。ミハエル・カラシコフが設計した自動小銃。細かな砂塵が舞う砂漠地帯など、通常なら銃には不向きな環境下でも使用できる軍用銃である。
ちなみにAK-47はオフホワイトレンジャーが手配してくれた。どういうルートで手にいれたのか聞いたが、教えてくれなかった。
途切れることのない銃撃を全身に受け、タコ怪人の体はボロボロになり、地面に崩れ落ちた。近代兵器の勝利である。
「つかれた~。早くカレー屋に行ってチーズたっぷりのウインナーカレーが食べたいよ~」
そういってイエローが地面に座り込んだ。その体重だ。立っているのもしんどいはずなのに、よくかんばってくれた。
その時、川から別の怪人が飛び出してきた。イカ怪人である。地面に座ったイエロー目掛けて触手を伸ばす。攻撃を避けきれないと思ったとき、ピンクがAK-47で怪人を攻撃し、そのまま一人で奴を倒した。素晴らしい反応速度と射撃の正確さである。
ピンクは誰よりも努力家で、俺たちの中で戦闘能力が一番高い。
シベリアで戦闘訓練を行っていた時、ロシアの特殊戦闘部隊スペツナズにスカウトされたが、彼女は断った。家族と友達、お世話になった大田区の人たちを守るのが私の役目だから、と。
地面に倒れたまま、呆然としているレッドに俺は歩み寄って手を差し伸べた。
「大丈夫か? レッドレンジャー」
レッドは俺の手を掴もうとはしなかった。
「なんだよ、それ。俺に勝った気でいるのか?」
「別にそんなつもりは……」
「調子に乗ってんじゃねえぞ!! ウンコレンジャーがよ!!」
「別にどう呼ばれようが、どうでもいいよ。怪人を倒せればさ」
ウンコレンジャーと呼ばれてまったく動揺しなくなった俺を見て、レッドは悔しそうに顔をゆがめた。そして急にヘラヘラと笑い出した。
「そうだ。お前に伝えなきゃならないことがある。真由美。お前の元カノ。何回かヤって飽きたから別れたわ。ヤリ逃げってやつ? そういうわけだからよ、今だったら寄りを戻せるぞ」
「今更あんな女、どうでもいいよ」
「嘘つくなよ。本当は未練タラタラの癖によ。本当に悪かったなぁ。お前の大事な女で遊んじまってよ」
その言葉を無視し、俺はペールオレンジレンジャーに歩み寄った。そして、レンジャースーツに浮いた彼女の乳首を人差し指で押した。
「ピンポーン」とペールオレンジレンジャーは甲高い声をあげた。
乳首を触られても嫌がる様子を見せず、直立不動のままのペールオレンジレンジャーを見て、レッドは呆然としている。
世間的には卑猥であることを理由に追放されたことになっているペールオレンジだが、本当の理由は違う。彼女のよると、レッドからの告白を断ったため追放されたらしい。
そのペールオレンジの乳首を、今度はゆっくりと強めに押した。指が、彼女の巨乳に沈み込む。
「ピンポーン」
レッドが俺を睨みつけていた。その目には涙がにじんでいた。
「誇り高いペールオレンジが呼び鈴のようになってやがる……。てめえ……ペールオレンジにどんな調教をしやがった……」
レッドの問いに答えず、俺はペールオレンジの乳首を連打し始めた。
「ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピンポーン!!」
されるがままに乳首を連打され、呼び鈴の物真似を続けるペールオレンジ。
俺は自分の尻に右手を当て放屁した。その手をすぐさまペールオレンジの仮面に押し付ける。にぎりっぺである。
「ガスが漏れてませんか? ガスが漏れてませんか?」
ガス漏れ警報器のようにそう繰り返すペールオレンジを見て、レッドが地面に顔をふした。直視したくないものから目をそらしているように見えた。
レッドに背を向け、俺たちは河川敷を歩き始めた。日が傾き始めており、多摩川がオレンジ色に輝いていた。先を行くオフホワイト・イエロー・ピンクに追いつこうと歩みを早めようとした時、ペールオレンジが愉快そうに笑いだした。
「見た? あのレッドの様子。私がピンポーンって言うたびに顔をゆがめちゃってさ」
あの様子から察するに、ヤリチンのレッドだがペールオレンジに対しては本気だったのだろう。
「なるほどなぁ。だから俺に、レッドから罵られたら乳首を押せって言ってたわけか。お前が俺に調教されているって勘違いさせて、悔しがらせたかったんだな」
「そういうこと。あなたも言われっぱなしだと頭にくるでしょ? 少しはすっきりした?」
「ああ。ちょっとだけすっきりした」
「私もよ。馬鹿な理由で私を追放した報いを、少しは与えられたから気分がいいわ」
ペールオレンジは大きく伸びをした。
「だけど、乳首を押せとは言ったけど、にぎりっぺしろとは言ってないけどね」
「半年前にテーブルに叩きつけられた仕返しだよ」
「なに? あの事をまだ根に持ってたの?」
「そりゃそうだろ。だけどもう、そんなに怒っちゃいねえよ。この半年間、お前には色々世話になった。感謝している」
ペールオレンジはうれしそうに笑った。俺もつられて笑っていた。
「しかしまあ、レッドを悔しがらせるため、好きでもない男に乳首を触らせたわけか。普通、そこまでするかねぇ」
「え? 私、あなたのことを好きでもないって言ったっけ?」
この言葉に俺はドギマギした。
「それって、ひょっとして……お前……俺のこと……」
ペールオレンジは自分の乳首を指で押して、悪戯っぽくこう言った。
「ピンポーン」