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   城慧一・3


「城さんから、兄にもっと表に出るよう言ってくれませんか?」

 と、歩ちゃんが言ってきたのは、歩ちゃんが大阪に帰る当日のことだった。


 赤いキャリーケースを引いて店内に現れた歩ちゃんは、フルーツサンドを三つと甘夏サンドを二つ購入した。

「大阪まで?」

「はい。あ、でも、一つは帰りの新幹線で食べます」

 三、四時間くらいか。長時間の持ち歩きはオススメしないが、できる限りの対処はしよう。保冷バッグに保冷剤を入れて、その中にフルーツサンドを詰める。お手拭き、それからショップカードも入れておこう。

 そして、あの言葉がオレに突きつけられたわけだ。いや、平日の客足が少ない時間帯で、本当によかった。

「城さんから、兄にもっと表に出るよう言ってくれませんか?」

 最初に来た時の一言を思い出す。やっぱり歩ちゃんはそう感じていたんだ、とどこかで安心した。

「……別に城さんばっか目立とうとかじゃなくて、本人が出たくないんだろうってことは、わかってます」

 あ、なるほど。

 オレに敵意を持っているのかと思ったけど、そうじゃなかったみたいだ。

 ようするに、轍がこのまえ話してくれた『昔話』は、歩ちゃんにとってもそう昔の話じゃないってことだろう。二人で食事に出かけた時に何かがあったのか、久しぶりに会って思い出したのか、そこまではわからない。

 やっぱり似てるな、轍と歩ちゃんは。

 ヘンなところで頑固だったりワガママだったりするくせに、優しくて、ひとのことばっか考えてる。


「轍は、自分のペースでちゃんと進んでるよ」

 表からはなかなか見えづらいだろうけれど、と苦笑すると、歩ちゃんも眉を下げてふきだした。轍の岩みたいに硬い表情でも浮かんだんだろう。

「だから、気に病む必要はないんだ」

 余計なお世話だったかもしれない、と口にして少し反省する。別に歩ちゃんまで傷になっているとは限らない。幼児の時のことだ、憶えているかもわからないのに。

 歩ちゃんは不思議そうに瞬きをして、

「兄が何か言ってました?」

 と、首を傾げた。

「いや、ただ単にオレの勘だけど」

 そうですか、と歩ちゃんはオレから保冷バッグに入った商品を受け取る。

 この無表情で無言の間というのは、国吉家ではきっと当たり前なんだろう。会計を済ませ、何かを思案するように目を伏せた歩ちゃんは、両手でしっかりバッグを持つと、ガラスケースにぶつかるんじゃないかというくらい深々と頭を下げた。

「ふつつかな兄ですけど、よろしくお願いします」


 突然の挨拶に、オレはレジに入れる小銭を落としそうになる。見事に腰から折れた歩ちゃんの後頭部を見つめて、誰もいないからと盛大に動揺した。

 多分、これはそういうことだ。

 オレも轍も、自分の家族に一度も言ったことはなかったし、見せたこともなかった。しかし、家族の『ただ単の勘』がそう告げたんだろう。

 死ぬんじゃないかというくらい動悸で胸が痛い。それと同時に、死ぬんじゃないかというくらい嬉しかった。

 認知されることに期待してなかった。だから、お互いの家族や、友達や、菊ちゃんにも言ってこなかった。

 ふいに目頭が熱くなる。やべえ、と懸命に自分に言い聞かせて堪える。

 オレが何か言葉を発する前に、歩ちゃんは勢いよく頭を上げた。

「ごちそうさまです、フルーツサンド」

「あ……うん。あ、裏口開いてるから、挨拶してってよ」

 轍も喜ぶから、と裏手を指差すと、歩ちゃんは何事もなかったように笑った。

「はい」

 ガラガラとキャリーケースとともに歩ちゃんが店から出ていく。

 それを見送り、オレはケースに手をついて蹲った。


   ***


 あの時の、綺麗に腰から上体を折った姿勢と同じ、まっすぐな礼を、轍がした。

 何か示し合わせたのかと思ってしまった。いや、おそらくそれはないんだけど。

 狼狽して、自分でも驚くほど初心な対応をしたと落ち込みながら、ビールをぐいと飲み干す。

 よろしく頼むのはこっちの方だ、と思いながら、それを伝えるタイミングを完全に見失った。オレも轍も、すでに意識は食事とテレビのバラエティーに向けられている。タレントと芸人が地方に赴き、地元の人々と喋るというものだった。

 強欲だよなあ、と冷凍をチンしただけのブリ照りを頬張りながら、オレは心の中で零した。期待してなかったとか言いながら、手にしたら次が欲しくなるのが人間だから仕方ない。誰かに認知してもらえば、別の誰かにも認めてもらいたくなる。

 形にしたくなる。

 正しく箸と茶碗を持つ轍の手を見て、なかなかに難易度が高い、とオレは自分の願望をブリと一緒に飲みこんだ。

「このブリ照り、当たりだよな」

「ああ、美味しい。今度また買おう」

 十年以上の付き合いでも、やはり勇気はいるものだ。

 高校生の頃に初めて『友達じゃない』と口にしたことを思い出した。あれから十年も先の未来が、今ここにある。

 この先の未来も変わらずそこにあるのだと信じて、ただ毎日を慈しむしかできないのが憎らしい。

「こういう、ぶらぶらするだけの旅もいいかもな」

 のどかな海沿いの町でタレントと釣り人が話している姿を見ながら、オレはぼんやりと呟いた。

「そうか?」

 珍しい、と轍が静かにオレを眺めている。これは、あれだ。オレが疲れているのかと窺っている目だ。普段口にしないことを言ったから。

「爺さんになってからでもいい?」

「そうだな……だが、爺さんになったら、したいことが別にできるかもしれないしな」

 当たり前のように一緒にいることに気をよくしながら、オレは真剣に考える轍の答えを待つ。『したいことが別にできるかもしれない』という轍の考えは、当然の言葉かもしれないが、この一年の日々果を思うと感慨深いものがあった。

 無表情に、無言でカレンダーを見つめていた轍が、小さく笑う。

「今したいと思うことが一番だ」

 そうだな、とオレはメシに大きく口を開ける。轍とこうしていることが、今オレがしたいことだと思う。

 噛みしめると、ほのかに甘い味が口いっぱいに広がった。

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