8: お茶会
誤字脱字報告、ありがとうございます!
ストックが尽きてきたので、毎日更新が滞るかもです。がんばります……。
「レオンハルトさまぁ~!どちらですのぉ~!」
間が抜けた甲高い声が立派な庭園にこだまする。
当のレオは、すっかり会得して使いなれた目眩ましの魔法を使って、庭園の奥にあるベンチで私の足を膝枕にして寝ている。
「どうするんですか、あれ」
目眩ましの魔法は見えなくなるだけで、声は聞こえてしまう。
小声とはいえ喋った私の口を下から延びてきた手で塞がれた。
抗議の目線を向ければ、なに食わぬ顔で瞳を閉じている。
小春日和の昼下がりの風はとても気持ち良く、私もなんだかウトウトしてきてしまった。
ふと気づくと手は離れ、レオは本気で寝入ってしまったようで、すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
先日、18歳の成人を迎えてから、頻繁にご婦人方のお茶会や夜会に招待されているレオ。
その目的は婚約者候補の選定だ。
なにせ第三王子だから、政治的な意味合いの強い結婚ではない。更には今まで全くと言っていいほど、夜会とかお茶会だのの公の場に姿を現さなかったもんだから、噂ばかりが先行して「黄緑と金の獅子」がどのような人物か、皆興味津々で自分の夜会やお茶会に呼びたがる。
陛下はのんきなもので「レオの好きにしなさい」と言うのに、そのくせ王族として貴族との付き合いは重要だ、と今までのように引きこもることは許さなかった。
その結果、どうなったか、と言うと。
*****
目の前の、鮮やかな赤いドレスを纏った、気の強そうな美人が、その大きなブルーの瞳を吊り上げながら言った。
「ねぇ、貴方。レオンハルト王子とはどういったご関係なの?」
こうなった。
そりゃそうだ。
どういった関係、と言われても
「幼なじみ、です」
としか言えない。
レオはあちこちのお茶会に招待される度に、断らずちゃんと出席は、した。
でも、なんだかんだ理由をつけて、必ず私を同伴させて。
「幼なじみ、とは聞いておりますわ。だからって、婚約者でもないあなたが殿下と行動を共にするのは、おかしくなくて?」
「私もそう思います」
「は?」
同意したら、美人が一瞬呆けた顔になった。
「だいたい、招待されてもいないのに来るなんて、非常識じゃありません?」
右横にいた黄色いフワフワのドレスの子が、拗ねたように言った。
あー、こちらはかわいらしい系のお嬢様ですね。まだ若そう。
「そうですね。確かに私は正式な招待状は頂いておりません。レオンハルト殿下の付添人として来ただけですので、そろそろおいとまさせて頂きます」
ドレスを摘まんで簡易的なお辞儀をして、クルリと踵をかえそうとしたら、声がかかった。
「なんだ、フィオレンツィア嬢はもう帰るのか?じゃあ、私も失礼させてもらおうかな」
レオが横の生垣から顔を出した。
ぜっっっったい、今までのやり取り聞いてたでしょー!!
レオが現れたとたんに、彼女達の顔がぽうっと赤くなり、態度が急変した。
確かに、日に当たるとキラキラ光る金髪に、何もかも見通しているような黄緑の瞳を持つ美形が、昼用のカジュアルな装いとはいえ、王族の凝った衣装を身に付け、明るい昼間の庭園に立ってる姿は絵になる。
「レオンハルト殿下、あちらにうちのパティシエ渾身の新作ケーキが御座いますの。是非、ご賞味下さいませんか?」
赤の左にいた、今日の主催者の公爵令嬢がレオの前に歩み出る。
「そうだね。じゃあ頂こうかな。フィオレンツィア嬢はもう食べたのかな?」
「ええ、先ほど頂きましたので、殿下はどうぞお召し上がりください。私はこの素敵な庭園をもう少し見させて頂きますので」
「そう?じゃあ、後でね」
そう言って、向きを変えたレオの後ろに令嬢達がついていく。私に睨むこともちゃんと忘れずに。
わかってますよー。
私が帰ると、レオも帰る。それは困る。
でも、私とレオが一緒にいるのも気にくわない。
レオを狙ってるお嬢様方のジレンマ。
私もわかってるから、あえてレオからは離れるようにしてる。
レオはレオで、私をあちこちに連れ回すくせに、基本的には放置。まあ、その方が私的にもありがたい。でも、さっきみたいな時はスルリと助けてくれる。
助けられたら、そりゃあ嬉しい。
でも、華やかなお嬢様達に囲まれてる彼を見るのは辛い。私もジレンマだ。
いっそ、レオ1人でお茶会や夜会に参加してくれれば、あんな光景を見なくて済むのに。
そもそもなんで私を連れ回すのか……、などと考えながら庭園を歩いていたら、前方から歩いてくる人影に気づいた。
年齢の割には、先ほどまでいた令嬢達にひけを取らないくらいの鮮やかなブルーのドレスを着こなした、妙齢の夫人だった。
このお茶会を開いた主催者のエレン公爵令嬢の母君、フローラ・エルゼバン公爵夫人だった。
その後ろには若い男性が付き添っている。
夜会やパーティーなどで見かけない顔だった。
「フィオレンツィア嬢、こんにちは。お茶会は楽しんでらっしゃる?」
にこやかに話かけてくるけど、この夫人は気をつけなければならない。
「はい、ありがとうございます」
にこやかに笑って、簡潔に済ませた。
この夫人に余計な情報を与えると、話に余分な装飾をつけて、かつ周りじゅうにあっという間に広められる。
「皆さん、レオンハルト殿下に夢中で、賑やかですこと。フィオレンツィア嬢はお入りにならないの?」
「私は……」
なんて返したらいいのか、わからない。
だって、このフローラ夫人が娘のエレン様よりも強くレオに娘を嫁がせたかっているのを知っているから。
多分、私、夫人の排除項目に入ってる。
「ああ、紹介を忘れていたわ。こちら、私の甥のアーネスト・エルゼバン。私達がタウンハウスにいる間は、彼に領地を任せているの」
20代後半くらいの男性は、明るいオレンジがかったブラウンの髪はちょっとくせ毛なのかウェーブしてる。それが、タレ目のブラウンの瞳と相まって、なんともモテそうな容姿をした男性だった。ずっと領地にいた、という割には最新のフアッションをさらりと着こなしている。
「アーネストと申します。こんなに美しいご令嬢とお会い出来て光栄です」
するりと手を取り、挨拶の口づけを落とす仕草も慣れたものだ。ずっと領地にいた、というのは嘘かもしれない。
「アーネスト、こちらのお嬢様はフィオレンツィア・カーライト様。お父様のカーライト伯爵は陛下とも旧友の仲なのよ」
わあ、この夫人どこまで知ってるんだろ。
「フィオレンツィアと申します」
無愛想にならないように気を付けた。
「ずっと領地にいても一向に結婚する気配もないから、このシーズンは王都に引っ張ってきましたの」
話している間、ずっと手を離してくれないんだけど、どうしよう……。
「私、他の方にもご挨拶に行かなければならないの。フィオレンツィア様、アーネストの話し相手になっていて下さいません?」
「えっ……」
否応なしに夫人はサッサと賑やかな方へと去ってしまった。
これは……。
レオから私を引き離すための作戦なのかしら?
などと勘繰っていたら、捕まれている手をグイっと引かれた。
「あちらにベンチがあるので、そこで少しお話しませんか?」
にこやかに笑う顔が、私には胡散臭く見える。
手を繋いだまま歩き出す。
なんか、その繋いだ手からゾワゾワするものが這い上がってくる……。
嫌悪感、とは違う違和感に足が重くなった。
「へえ?さすが黒、と言ったところかな」
小さい呟きたったけど、聞こえた。
ハッとアーネストを見ると、さっきまでの人好きのするやわらかな笑顔から一転、品定めをするような冷たい凝視に変わった。
「何を……」
言いかけたその口を、後ろから伸びてきた手で塞がれた。
そのまま後ろにグイっと引き寄せられる。一瞬、後ろに倒れてしまうかと思ったのは、すぐさま腰にまわされた腕で、がっちり支えられた。
「それ以上、喋ってはいけないよ」
そっちこそ、王子口調のまま耳元で喋らないで欲しい。
「彼女に、何をした?」
さっきまで冷たい手で捕まれていた手を、レオはそっと暖かい手で持ち上げた。
見ると、フワリと紫色をした魔法の残滓が手の先にまとわりついている。
えっ?
今、私に何か魔法をかけていた?
全く気付いてなかった自分に驚愕してると、レオが無言でその残滓を払った。
「ほう。それが見えるってことは、レオンハルト殿下は魔法がお得意だったのですね」
アーネストは全く動じた様子もない。
チラリとレオが視線を向ければ、王族に恐縮することもなく、自ら話し出した。
「エルゼバン公爵様の甥に当たります。アーネスト・エルゼバンと申します。レオンハルト殿下」
「確か、公爵の領地の代理人だったな。なぜここに?」
「このシーズンは公爵夫人に呼び寄せられまして」
「では、シーズン中は公爵家に?」
「そのつもりです。どうぞ、お見知りおきを」
レオは返事をしなかった。
「私の質問に答えてないな。彼女に何をした?」
アーネストは不適に笑った。
「あまりにも美しく珍しいお方だったので、つい……」
「ついで魅了の魔法をかけていては問題だな」
魅了!?
なんてことしてくれるのよ!!
と、思ったけど、んん?確かに違和感を感じたけど、別にアーネストにドキドキしたりとかしてない。
「残念ながら、何やら強力な防御魔法で跳ね返されてしまいましたが」
アーネストは意味深にレオをじっと見つめている。彼はなんでこんなに不遜な態度を取っていられるのか。などと考えていたら、その視線を向けられた。
ハッと気付けば、さっきからレオに後ろから抱きしめられたままなんだけど……。
「なるほど……。殿下のお気に入りってわけですか」
「違っ……」
反論しようとしたら、またしても口を塞がれた。
「そう思うのなら、これ以上かかわるな」
「ふふ。苦しいところですね。誰がとも、誰にとも言えないお立場だ」