7: 相性
「フィオ、フィオどこだ!」
生垣の向う側からレオの声がする。
「ずるいぞ!魔法使ってるだろー!」
めちゃ叫んでるなー。と思いつつ、音を立てないようにその場から遠ざかる。
*****
結局、「友達になって欲しい」という陛下の願いは断れるわけもなく、レオンハルト殿下は予定のない午後はウチの屋敷に来ることが義務づけられた。
そう。義務。
彼が、レオが来たくて来てるわけじゃないのだ。
って、私だって歳下の男の子と何したらいいのかわからない。
10歳ともなると既に家庭教師もついて、普通の勉強はもとより、マナーや礼儀作法、貴族との付き合い方なんかも習い始めてる。
だから、9歳とはいえ男の子と友達になる……ってどうしたらいいの?
*****
「いい?私、別に貴方とお友達になりたいわけじゃないの」
1番最初にウチに来たときに、ハッキリと言ってやった。
「そんなの、俺だって同じだ!お前、王族にずいぶん失礼な態度だって分かってんのか?」
「それを言うなら、殿下こそ王族ともあろうお方なのに言葉使いが全然なってませんわ。下級貴族でもそんな言葉使いしないわよ」
領地のお屋敷と違って、タウンハウスのお庭は狭い。先日、火柱を消した領地の噴水みたいに大きくはないけど、こじんまりしたかわいい噴水のヘリに腰かけて、お互いケンカ越しの状態。そばにいるリンとハヤテは二人とも何も言わずに立っていた。
「じゃあ、いいわ。このお屋敷に来ることは陛下とのお約束だからしょうがないとして、私も忙しいから好きに過ごしててちょうだい」
「はあ?」
まだ9歳のくせにキレイな顔がキレイに歪んだ。
「お前、俺がまた暴走したらどうするんだよ!」
「また火柱くらい消してあげるわよ。あ、私お勉強の時間だから、じゃあね」
「ちょっ……、待て!!」
呼び止められたけど、これ以上グダグダするのがめんどくさいので、その場をスタスタ去る。
ハヤテに目線を送ると、微かに頷く。
着いてきたリンがボソリと呟いた。
「あの王子、乗ってきますかね?」
「さあね」
そう言いながら自分とリンに目眩ましの魔法をかける。
しばらくして、がまんしきれなくなったレオが屋敷中をウロウロして私を探し回り始めたらしい。後にはハヤテを付けた。
もちろん、魔法をかけてるのでそう簡単に見つかるわけない。
っていうか、こんな簡単な魔法も見破れないような器なら、王族として問題有りだ。
魔力が強いって聞いたのに、使えなかったり、暴走したり、要はコントロール出来てないのね。
「王宮では家庭教師とか魔術師の教えとかないのかしら?」
「あると思いますよ」
リンが私の計算間違いを指でトントンと指摘しながら言った。
別に本気で隠れてないので、自分の部屋でリンと自主勉強していた。
家庭教師は別にいるけど、こうしてリンやハヤテに教えてもらうことも多い。
「あ、ハヤテから」
そう呟いてリンの動きが止まった。
リンとハヤテは双子だ。2人とも黒髪黒目だけど、容姿は似ていない。同性同士だとソックリになるらしいが、男女で産まれるとそんなに似ないってことを二人を見て知った。
彼らには、私と、彼らの母親しか知らない秘密の特技がある。
集中すれば、離れた所にいてもお互いの意識疎通が出来るのだ。
「心の中で会話が出来るの?」
と聞いたら、会話というハッキリした言葉ではなくて、お互いが何を言いたいのか感情を認識出来る……ということらしい。
なにせ二人の間のことなので、私にはピンと来ないが、その能力のお陰で今まで色々助けてもらったりしている。
「あら、もう来るようですわ。意外とはやかったわね」
そうリンが呟いたとたん、部屋のドアが乱暴に開いた。
「見つけたぞ!」
息を切らせて金色のフワフワが飛び込んできた。
「殿下、マナーがなってませんわ。女性の部屋にノックも許可もなしに入るなんて」
一瞬、ハッとした顔をしたものの、すぐにムッとした顔になった。
キレイな顔でクルクルと表情が変わるのを見るのが楽しかった。
「それはお前が!」
そう言ってレオは私の机に強く手をついた。とたん、机に置いてあった花瓶が私の方に倒れかけた。
皆が、あっ、と思った瞬間、フワリと空気が動いた。
花瓶も、生けてあった花はもとより、少しこぼれていた中の水までもがゆっくり宙に浮く。
咄嗟に唱えた浮遊の呪文で、最初は私がやっているんだと思った。
でもすぐに妙な違和感を感じた。
なんだかわからない。けど、フワリと柔らかい優しい何かに全身包まれてるみたいな感覚がする。
ハッとしてレオを見ると、じっと花瓶を見つめたペリドットの瞳が、もっと深みを増して濃い緑に―――エメラルド色にジワリと変わっていく。
普通、魔法は1人で発動するものだ。
大勢で協力してやるような大がかりな魔法もあるにはあるが、その場合適切な魔方陣を引いて、術者の能力は同程度の者を集めて……と、色々下準備が必要だ。
けれど、今、私たちは同時に同じ物体に魔法をかけている。
コントロールはともかく、魔力は絶対レオの方が上だ。
なのに、花瓶を壊すこともなく、花を潰すこともなく、私の苦手な水の操作でさえ、美しく表面張力を保ったまま浮いてる。
レオがチラリとこちらを見た。
心を落ち着けて、花瓶と花を机に戻す。水もスルリと一滴もこぼさず花瓶に吸い込まれていった。
何事もなかったように置かれた花瓶を見て、ほう、と息を吐いた。
レオを見れば、驚いた顔で、もう瞳は元のペリドットに戻っている。
「今のは……、なんだ?」
私もだけど、レオも初めての体験だったようだ。
「……私も、初めて見ましたが、今のが同調魔法だと……思います」
リンが横から呟いた。
「「同調魔法?」」
レオと2人でリンに視線を向けた。
「普通、同時に魔法の効力を効かせるためには、同程度の魔力を持つもの同士で、お互いの力を吸収分散させるための綿密な魔方陣が必要です」
うんうん。そこまでは知ってる。
「ですが、ある条件を満たすとそれらを必要とせずに同時に魔法を使える……というのが同調魔法です」
「ある条件?」
レオが訝しげに聞いた。
「お二人の相性がすごくいい場合です」
あっさり言ったリンの顔を見たまま、2人してしばし止まった。
相性?
レオと私?
レオも同じことを思ったのか、お互いに顔を見合わせた。
「だっ……、誰がこんな奴と!!」
と、吐き捨ててレオは来た時の勢いのまま部屋から出て行ってしまった。後をハヤテが追った。
「あら、まだ続きがありましたのに」
わざとらしく言うリンを見る。
「……。同調魔法って、珍しいの?」
「ええ。とっても。出来る方は国に保護されるくらいには」
「保護?なぜ?」
「同調魔法の威力が、格段に強いからです。好戦的な国や、内紛の多い国ですと軍事利用されます。本人達の意思とは関係なく」
ゾクリとした。
「え、えっ?それを、今、私、やった……の?」
「さすが、お嬢様です」
ニッコリ笑ってる場合じゃないでしょ!
「殿下にもお伝えしておいた方がいいんじゃないの!?」
あんな、魔力強くて更に同調魔法だなんて……。
「後を追ったハヤテが説明しているとは思いますけど……。大丈夫ですわ。お嬢様が同調しなければ」
そりゃ、そうなんだけど。