5: 嫌です
初めて会ったあの庭園から、しばらくはお互い全く会わなかった。
ところが1ヶ月くらい経った頃、城下のお屋敷にいる時に、急にお父様と私が王宮に呼ばれた。
10歳でも、急遽王宮に呼ばれる、ということが尋常ではないことくらいわかる。
こないだのレオの状態はどう見ても異常だったし、それを見てしまった私 (とハヤテ)に何かお叱りがあるのかとビクビクしながら馬車に乗った。
でも、考えてみればなぜレオがウチの庭園に、しかも領地のお屋敷にいたのかわからない。
ガタゴト揺れる馬車の中で、あの黄緑の瞳を思い出していたら、父上に話しかけられた。
「フィオレンツァはレオンハルト殿下とお会いしただろう?彼をどう思った?」
私と同じ黒髪黒目だけど、その黒目が見えないくらい細い瞳を柔らかに和ませて、若い義父は言った。
「うーん、あのときは具合悪そうだったですし……。でも、とっても意思の強い綺麗な瞳をお持ちの方でした」
「仲良くなれそう?」
「仲良く?殿下と?あまりお会いすることがないと思うんですけど……」
いいよどむと、お父様はふふふと意味深に笑った。
王宮に着いて、お父様と手を繋いだまま長い廊下を通って、回廊を抜けて、中庭、また廊下を通ってかなり奥の方へと進んで、やっとのことで目的のお部屋に通されて、ソファーに座ることが出来た。
なんとなく本からの知識で、王様とか偉い人に会う時は、それ専用の部屋、謁見室?でお会いするものだと思っていたのに、普通のお部屋に通されてソファーに座って、お茶とお菓子まで頂いていて、なんだかお友達の家に遊びに来たみたい……と、思っていたらノックの音がした。
従者がうやうやしくドアを開けると、スラリとした体格の、父上と同じ歳くらいの男性が入ってきた。服装は意外にも華美なところはなく、紺色のジェストコール、ジレ、のファッションは普通の貴族みたいだった。でも、その落ち着いた金色の瞳からは威厳が滲み出していた。
この人が王様……。このグーラート王国国王、カイザー・グーラート様……。
子供ながらに圧倒される。
「ご無沙汰しておりました」
お父様がそう言って陛下に礼をしたのを見て、
私もあわてて礼をすると、その顔がニコリと緩んだ。
「君がフィオレンツァかい?」
「はい。初めまして、国王陛下」
緊張して上手く喋れない。
「ははは、緊張してるね。まあ座りなさい」
お父様と二人でさっきと同じソファーに座ると、向い側に陛下が座った。
陛下は、ドア付近に立っていた護衛の騎士も、お茶を入れてくれたメイドも、すべて下げさせてしまった。
「さて、フィオレンツァ嬢はレオの火柱を消した、と聞いているが、間違いはないかな?」
お父様ではなく、私に聞いてきた。
確かに消した。
でも、火柱を消せる、とか他の魔法のことも口外してはいけない、と教えられてきたので、陛下への返事を躊躇してお父様を見た。
「大丈夫。陛下はフィオレンツァのことは全てご存知だから、素直にはなしなさい」
細目が柔らかい。お父様がこういう表情をするということは、陛下は信頼出来る人だと判断した。
「はい。消しました」
「アレを消せるだけの魔力がある、ということだね?」
コクリと頷くと、陛下はおもむろに座ってる私に近づき、ひざまづくと両手を取った。
陛下にそんな格好をさせるわけにいかない、とあわててソファーから下りようとしたら、止められた。
「フィオレンツァ嬢にお願いがあるんだ」
陛下からのお願いなんて断れるわけない。
「レオンハルトの友達になって欲しいんだ」
「と……、友達…ですか?」
「そう。こう言ったらなんだけど、あの子結構乱暴でね」
「乱暴……」
「更に魔力が強いもんだから、こないだみたいに暴走することがあるんだよね」
「暴走……」
「だから、今まであの子には友達がいなくてねぇ……。あの子の暴走をちゃんと止められる君なら友達になってもらえるかな?と思って」
「……」
そんな凶暴そうなのと友達になりたくない。
断ろう、と思うけど陛下に何て言ったらいいのかわからない。
「それに、レオンハルトも君のことを気に入ってるようでね」
「!?」
あの時しか会ってないのに?
「い……、嫌です!」
考えるより先に口が動いてた。
「なんだと?」
一瞬、陛下かと思ったその声は後ろから聞こえてきた。
陛下は、やれやれと言った表情で私の後ろを見てる。振り返ってみると、そこにいつの間にかレオンハルト殿下が立って、こちらをあの黄緑の目で見ていた。
「レオ、呼んでから入りなさい、と言っただろう」
陛下がちょっと厳しい顔で言った。
「俺はこんなやつ気に入ってない」
「じゃあ、丁度いいわ。私も殿下とはお友達になれません」
ハッキリそう告げたら、一瞬でレオの顔が赤くなった。怒らせた。
「じゃあ、なぜあの時助けた!?」
突然の質問に、一瞬ポカンとしてしまった。
「具合悪そうにしてたから優しくしたのであって、好かれたくてやったわけではありません。更に言えばあそこは私のお屋敷で、あのままでは大好きな庭園が燃やされそうだったので、火を消しただけです」
一息にそこまで言った。
レオンハルト殿下は、私の顔を見たまま固まっている。多分、今までこんな同じ年くらいの女子に反論されたことがないんだろう。
「あっはっはっは!」
それまで黙ってやりとりを聞いていた陛下が、突然笑いだした。
「すごい、レオにここまで楯突いた子、初めて!」
「申し訳ありません。無礼を通り越して、怖いもの知らずでして……」
お父様が全然悪いと思ってない顔で謝った。
「うん。やっぱり友達になって欲しいな」