4: 隠れる
夜が明ける前のまだちょっと薄暗い中、人気のない雑木林で馬車を止めた。
街道とはいえ、だいぶ街から離れているから、こんな時間そんなに人は来ないだろう。
馬車を下りて、近くの木の根本に敷物をひいて座り、リンが用意してくれていたサンドイッチを食べる。
「どのくらいで気づくかなぁ」
「殿下のスケジュールでは、明後日までは謁見や公式行事への参加、研究所への訪問とびっしり詰まっていましたので、途中でフィオ様……アオイ様を思い出して、スケジュールをぶっちぎってお屋敷に来ないかぎり大丈夫だと思います」
「あー……、その"ぶっちぎって"をやりそうだからなぁ……」
入れてもらったあたたかい紅茶を飲みながら、なぜリンがレオのスケジュールを詳細に知ってるのか、あまり考えないようにした。
お屋敷を出て半日。
王都の城下町からは外れ、パラパラと現れる民家も減って来た。
この辺はまだ森の中や平野に魔物が現れることも少なく、そっちの意味では安全だ。
ただ人気がなくなるほどに心配なのは、山賊や強盗の類いだ。
まだ日が昇ってるうちはいい。夕暮れまでに宿屋があるくらいの町に着かなければ、最悪野宿だ。
ぶっちゃけ、ハヤテとリンと私がいれば、数人の山賊なら多分なんてことはない。
1番私が嫌なのは野宿の方。どうしても外で寝ることに慣れなくて、修行中は日数が経つほど寝不足でよく父上に怒られた……。
「ひょわ!」
ぶわりと毛穴が開いた。
「ハヤテ、リン、何か来る!」
こういう勘は外さない。
ハヤテが素早く馬車と座ってる私達に目眩ましの魔法をかけた。
魔力の弱いハヤテだけど、こういう隠密系の魔法だけはやたらと優秀で、この目眩ましの魔法も三人の中ではハヤテが1番上手い。
とはいえ、姿が見えなくなるだけで、触れられてしまえば術は解ける。
段々近づいてくる馬の蹄の音を聞きながら、三人ともじっと止まっていた。
こんな夜明け前から、結構なスピードでかけてくる馬は軍馬だった。馬上に軍服を着た屈強な男性が何も見落とすまいと、周囲を注意しながら乗っている。
ふいに馬のスピードが落ちた。
鼻をフンフン動かして、こちらを向いた。
私達がさっきまで食べていたサンドイッチの匂いを嗅ぎ付けた?と思ってヒヤリとする。
「なんだ?何かあったか?」
声を聞いて、馬上の人が私も知る軍部の最高峰である第一部隊の隊長を務める、ドナルド・ワーグ隊長だと知る。
第二王子の直属の部下で、私も何度か夜会でお会いしたことがある。
整った男らしい顔つきは強面で、夜会では女性から遠巻きにされていたっけ。
でも、そんなことを気にするような人ではなかった。上司であるウォルター様に忠誠を誓い、規律を守り、部下をまとめ、武術にも長けた完全なる軍人だ。
『ちょっと~!気付くの早いし、追跡にこんなお偉いさんを使わないでよー!』
見えてないだろうけど、顔をひくつかせていると思いがけないことを言った。
「こんなところで道草食ってる場合じゃねぇんだよ。早いとこ姫さんを見つけないと、アイツ……壊れるぞ……」
深いため息をこぼして、ワーグ隊長はまたものすごいスピードで去って行った。
「壊れる……?」
誰が?
レオが?
いやいやいや。ない。ないデショ。
あんな神経図太いレオが、私がいなくなったくらいで壊れるとか……
ない。