3: 思い出す
領地のお屋敷はその敷地の中に広い庭園があって、そこをお散歩するのが大好きだった。
もちろん、1人ではさせてもらえない。
リンとハヤテがいつもくっついてくるのが、めんどくさくて、わざとお屋敷の中で撒いてから外に出た。
やっと1人になれた気軽さで、鼻歌を歌いながら庭師が作った小さな生垣の迷路を歩いていた。とはいえ簡単すぎて、10歳の私にはどう通ればゴールかもう分かってる。迷路を楽しむ、というより、庭師が丹精込めて手入れをしている花や植木が好きだった。
もうすぐゴールの小さな噴水に出る……というところで、目の前に火柱が立った。
よく、父上が訓練で出していた魔法の火柱を思い出した。
何本も地面から生えるように立つそれを、魔法で相殺する訓練と同じ調子で、今目の前にある火柱を消した。
こんな場所に突然火柱が立つわけもなく、誰かの魔法だろうと思い、あたりをキョロキョロ見ると、噴水の向こう側に誰かがうずくまってるのに気付いた。
「誰?」
攻撃された……とは思えないので、とりあえずその人物に誰何した。
それでもピクリとも動かない背中が見えてるだけなので、恐る恐る近付いてみたら、自分とそう変わらない年齢の子供がうずくまってる。
ふわふわとしたとってもキレイな金髪が、小刻みに震えてて、生きてることは分かった。
「大丈夫?」
そっと背中を撫でてみたら、突然ガバッと顔を上げた。
「わあ!」
上げた顔は驚きの表情をしていたけど、その造形の美しさに、子供ながらに見惚れてしまって、令嬢としてははしたなく声を上げてしまった。
ふわふわの金髪に、春の新緑のような黄緑の瞳。最初女の子かと思ったくらいにキレイな顔立ち。でも服装が貴族の男の子がするような格好だったので、すぐ気付いた。
向こうは向こうで、驚いた顔のままこちらを凝視している。
理由は分かってる。
私の黒目黒髪が珍しいんだ。
私の故郷ではみんながこうだったから、珍しいと言われてもピンと来ない。
「大丈夫?私はここのお屋敷に住んでるの。フィオっていうの」
すでに礼儀作法やマナーの勉強は始まってて、子供同士とはいえ貴族の挨拶の仕方は知ってるし、出来たけど、目の前にいる怯えた子犬みたいな子をこれ以上怯えさせたくなくて、砕けた言い方で聞いた。
「……。お前がフィオレンツァ?」
思ったのより低めの声で、愛称を言ったのに、しっかりと名前を言われた。
「そうよ」
「俺はレオ」
私の名前を知ってるくせに、自分は愛称で言ってきた。なんだか会話が噛み合わないな……なんて思っていたら、生垣の迷路の方から「フィオレンツァ様!」とハヤテの声がした。
と、気付いた瞬間にはもうハヤテの腕のなかで、金髪の彼―――レオから数歩離れた位置にいた。
後ろ抱きにされてるので、目の前に出されてるハヤテの手にしっかり握られてるクナイの鈍い光が分かる。
「ハヤテ、彼、レオンハルト王子よ」
「だとしても、魔力の乱れが尋常じゃありません」
腕の中から抜け出そうともがいても、4つ歳上の差なのか、腰に回されてる腕がびくともしない。
「っていうか、執事見習いの服でクナイって、どうなのよ?」
「得物は使いなれたものに限ります」
「どこにしまってるの?」
「リンに上着を改造してもらいまして……」
「うう……」
呑気に会話してたら王子の様子を忘れてた。
うずくまって呻きながら頭を抱えてる。
隙が出来たハヤテの手からスルリと抜け出し、レオに駆け寄る。
と、同時にレオの周りにまた火柱が4本立った。
「すごい。父上でさえ同時に2本だったのに……」
恐怖より、その魔力の高さに感心してしまった。
でも、急がないと周りの生垣に燃え移っちゃう。
さっきと同じように、でも私は1本ずつしか消せないので、落ち着いて危険そうな場所の火柱から消して行った。
魔力の弱いハヤテは「お嬢……」と声をかけてくれるものの何も出来ない。
「フィオ……、お前……」
苦しそうに顔を上げたレオが私を見る。
そのまま黄緑の光が閉じたら、ドサリと崩れ落ちてしまった。
「レオ!」
近寄って抱き起こすと、苦悶の表情で意識を失っていた、
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これが、私とレオンハルト殿下との出会いだった。






