1:夜会
おうち時間の暇潰しにでもなれば、幸いです。
昼間はまだ日差しがあると暑いのに、夜になるとヒンヤリする空気に、賑やかな喧騒と音楽が溶ける。
紳士淑女の声は沢山重なるとただの騒音だわ。
眩い豪奢なシャンデリアを見上げて、何度目かに出そうになったため息を飲み込む。
サーフェス公爵主催の夜会はいつも大規模で賑やかだ。
今日はなんだっけ?
末娘ビアンカ様の16歳のお誕生日だったっけ?
さっき型通りの挨拶をした時に見た、艶やかなブラウンの髪にブルーの瞳の気の強そうな吊目の美人さんは、私のことをギロリと睨んだなあ。
「フィオレンツァ・カーライト伯爵令嬢、またこんな隅の方で1人か?」
わざわざ声をかけるためだけに、こんな隅に来なきゃいいのに。
振り返ると、眩いばかりの金髪を揺らして、春の新緑のような黄緑の目を細めて近づいてくる男性がいた。
「こんばんは。レオンハルト殿下」
不敬にならない程度には、適当にカーテシーをした。
5、6人まとわりついているカラフルなご令嬢達からは、いつも通りの冷たい目線か、存在否定の空気扱いだ。
そして、そんな周りの反応とは裏腹に中心にいる人物は、胡散臭いくらいのにこやかな笑顔を向けてくる。
「相変わらす美しい黒髪だね。今日の淡い紫のドレスにとてもよく映えているよ。神秘の森の儚げな妖精みたいだ」
――― 黒に薄紫なんて幽霊みたいな色合いしやがって、見つけるのに苦労したじゃねーか。
「お褒め頂き、ありがとうございます。妖精とはいささか大袈裟ですわ」
――― レオに見つからないように存在を薄くしてんのに、わざわざ探さなくていいわよ!
「今度はもう少し明るい色をまとった君を見てみたいな」
―――― 昨日届いた筈のロイヤルブルーのドレスはどうした?またクローゼットへ直行か?
「ふふふ。何をおっしゃいますの?ご覧になって?殿下の周りには色とりどりの美しい花が咲き乱れているではありませんか」
――― 周り見えてんの?カラフルすぎて目がチカチカしてんだけど。
「ああ、そうだ。君の父上、カーライト伯爵に話があるんだ。また今度、そちらに伺うと伝えてくれるかな?」
――― 明日そっち行くからな。茶の準備しとけ。
「いえ、わざわざ殿下にご足労頂かなくても、父に登城するよう伝えますわ」
――― 来なくていいから
「いや、大事な話だからね。伺わせてもらうよ」
――― い、く、か、ら、な。
別れの挨拶もなく、スイッと向きを変え、取り巻きのカラフルなご令嬢方を引き連れて去って行った。
やれやれ。心の暗黙の会話には気付かれなかったようだ。
こういう時には近寄らないようにしてるのに、探さないで欲しい。
顔は出したので、役目は終えただろう。
このまま抜け出して帰るつもりで、壁際を移動する。
目立たないようにしているつもりなのに、彼のせいですぐ噂のネタになる。
「おい、またレオンハルト殿下はカーライト伯爵令嬢に声をかけたぞ。あれは何なんだ?何かの隠語か?」
私が後ろを通っているのに気づいていない、どこかの貴族の年若い男性が、隣の友人らしき人に話しかけている。
「あれな。殿下が何の意図でやってるのか、皆まるでわからないんだよ。壁の花に温情をかけてるかと思いきや、ダンスに誘うわけでもなく、二言三言会話して終わり……っていう」
「だからさ、あれはただのポーズで実は近くにいる誰かへの王族からの暗号じゃないかっていう噂があって」
……っ、ダメだ。笑いそう。
「でもなあ、王族からって言ってもレオンハルト殿下は後妻の更に第三王子だぞ?今までだって、目立った活躍はしてないし、陛下からも特に目をかけられてないだろう?」
なるほど。レオ……レオンハルト殿下への周りの評価はこういう感じなのか。
*****
レオンハルト・フィンレー・グーラート。
この国の第三王子。
聡明で穏やかな第一王子のレナルド様、快活で明るい第二王子のウォルター様、二人は陛下と同じ明るいブラウンの髪にゴールドの瞳なのに、レオンハルト殿下だけ透けるような金髪に黄緑の瞳。
上二人は先王妃エリーゼ様のお子だけど、王妃様がご病気で亡くなられて、陛下が次に娶ったアリアーナ様とのお子は、陛下ではなくアリアーナ様にそっくりの容姿を受け継いでいた。
でも、別に兄弟の仲が悪いわけではないことを私は知ってる。
儚げで透けるような金髪と、ペリドットのような明るい黄緑の瞳。
小さい頃は女の子みたいにかわいらしかった顔も、歳を取るごとに造形の整った、でも男らしくキリっとした精悍さもにじみ出て、19歳となる今では「金と新緑の獅子」などと呼ばれ、貴族のご令嬢方に常に秋波を送られている。その顔が、高さのあるスラリとした体躯の上に乗っかってるんだから、王族の醸し出す高貴なオーラがなくても、そりゃあ目を引く。
更には、公にはされていないけど、アリアーナ様がたとえ遠いとはいえ王族の血が入っていたのが濃く出たのか、魔力がものすごく高い。
そもそも王族は魔力が高く出るのは常だったけど、レオはそれを遥かに越えて、小さい頃は制御出来ないくらいだった。
年頃になった時に魔法の師についてからは、メキメキと力をつけて今は魔力・魔法に関しては彼の右に出るものは国内にはいないくらい。
でも、それを知るのは王宮関係者の一握りだけ。ある事情でレオの力のことは伏せられている。
レナルド様は智略を、ウォルター様は軍部を、レオは裏で魔法を駆使し、このグーラート王国はそんな三人の王子によって、近隣の国から畏怖を感じられるくらい磐石な王国になっていた。
*****
無事に屋敷を出て、正門の方を見ると、ウチの馬車はちゃんと心得てて、出入口付近に待機してるのが見える。
さっさと帰ろうと一歩足を踏み出した所で、後ろにグイと腕を引かれた。
「どこにいくんだ」
聞き慣れた低音が耳元で聞こえる。
ちょっとゾワリとしたけど、大丈夫。態度には現れてない。
「離して頂けますか?レオンハルト殿下」
「顔も見てないのになんで俺だと?」
―――気配です。
とは言えない。
あまりにも長く近くにいたため、彼の気配は私にはわかる。
「それに「殿下」とか言うな。気持ち悪い」
「私も、ご令嬢向けのあのバカ丁寧な言葉使いは気持ち悪いわよ」
周りに人がいないのを確認した上で、お互いいつも通りの口調に戻る。
「俺も帰る。乗せろ」
「なんで!自分の馬車は?っていうか、お城は伯爵家と方角反対だから!」
「泊まらせろ。どうせ部屋空いてんだろ」
「ちょっとやめてよ。小さい頃と違うんだから!レオがウチに来るっていうだけで、さっきの令嬢方のあの目線、見た?」
そう言い合いながらも、グイグイと私を掴んだまま馬車へ向かい、既に乗り込もうとしている。
御者も、私達が小さい頃からこんな感じなのを知ってるので、当たり前のようにドアを開けて待ってたし。閉めてるし。走り出してるし!
「ちょっと、せめて反対側に座ってくれない?」
それでなくても慣れない夜会で体力消耗してるのに、あろうことかこの男は私の膝の上に頭を乗せて寝転がってる。
狭い馬車の中で、寝転がれるわけもなく、そのスラリと長い足をもて余している。
「体勢、苦しくない?」
「ん……」
寝てんの?
まつ毛がビッシリ生えている瞳を閉じている顔を見ると、小さい頃とあんまり変わらないような気がする。
「で、アランはどうしたのよ?また置き去り?」
アランとは、レオの従者。
レオも一応王族なので、どこへ行くにも従者がついてくる。
なのに、レオはめんどくさがってすぐ彼を置き去りにしてしまうのだ。彼が不憫すぎる。
「お前、こんな状態をアイツに見られてもいいのか?」
寝てるかと思ったら、黄緑の視線がこちらを見ていた。
こんな状態?
言われて気付いた。
私ったら無意識でレオの髪をサワサワと撫でていた。
フワフワとした猫っ毛の金髪は、小さい頃ほどじゃないけど柔らかくて触ってると気持ちいい。
膝枕して頭ナデナデしてる、なんてまるで恋人同士みたいじゃないの!!
あわてて離そうとした手を、引っ込めるより先に捕まえられた。
そのまま手の甲にレオの唇がつけられる。
「……!」
手の甲のキスなんて、貴族の挨拶として何度も経験してる。けど。
こんな下からガッチリ目線を合わせたまま口づけられると、心臓に悪い。
しかも膝の上の美形は、美しい顔のままニヤリと笑った。
「アランに見せたかったか?」