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栞、迎えられる

目姓を名乗りたいと言ったことに対して、おじいちゃんは大層喜んでくれた。それから、ようやくここにきた本題。これから私達がどう暮らすかについてを話し合った。


「お金については心配するな。お前達の親が遺した財産に手をつけずとも、二人が大学に行って、それから自立するまでの資産なら持ちあわせている」


だからそのお金は大人になるまで大事にとっておけと断られた。


「まあ、それはもう少し先の話だ。当面の話をしないとなぁ。今の学校や住所をどうするか、だな」


今まで父と暮らしていた家も借家などではなく父の持ち家であった。公共料金以外は支払いも残っていないため、そのまま暮らすのもこっちに越してくるのも選べることができるとの事だった。どうしようかとケンちゃんと相談をする。


「俺はあの家で暮らしたいと思っとるけど姉ちゃんは?」


「私も、少なくとも高校出るまでは暮らしたいな」


友達とかは会えない距離ではないから問題点から外すとして、こっちにくると通学に時間がかかるし、転校するとなるともっと手間だ。別の学校だと教材も違うだろうから、今まで勉強してきた内容と異なってくる。追いつくのは一苦労だ。それならば、高校を出るまでは向こうで暮らした方がいいだろう。


「保護者がいなくても大丈夫かい?」


心配そうに尋ねてくるおじいちゃん。嫌味になるがこれが葬式後私達を放置していた人の言葉とは、ここにくるまでの私だったらとても思うまい。


「もともと、お母さんが亡くなってからは家事は全員で分担してやってきましたし。お父さんも仕事で帰ってくるのが夜遅くだったりしたので多分そこまで変わって来ないと思います」


ここ数日は実際に二人でやってこれたのだから、できないことはない。


「あ、でも。できれば休みの日にはこっちにも顔を出したいです」


「そうしてもらえるとありがたい。俺のことだから、今日みたいに仕事に没頭してしまうとついうっかり生活費などを仕送りもせずに過ごしてしまうかもしれない。来てくれた時に渡すようにしよう」


その後あれこれと取り決めをして、とりあえずはひと段落ついた所で。奥から弥都さんが顔を出した。


「話は終わったかい?良い機会だ、二人とも店の奥においでな」


おじいちゃんの方を見るとついて行きなさいという意味なのか彼は黙って頷いた。言われるがまま、ケンちゃんと店の奥まで向かう。


薄暗いが、広いスペースに出た時。わっと言う歓声に包まれる。


「ようこそ、たしちやへ!」


奇々怪々。魑魅魍魎。有象無象。


弥都さんのような人の形を取っているものから、道具そのままの姿をしているもの。元の形をある程度残したままデフォルメされたようなもの、何かよくわからないものまで様々な姿形の物が、私達を取り囲むようにして迎えてくれたのだった。


「急ごしらえで悪いが、私ら付喪神の歓迎会さね。とりあえずここに今いた面子に声をかけた所、皆が喜んでいたよ」


ガサゴソと大きな音をたてながら何をしていたのかと思えばそんな事をしていたのか。


「アーアー、聞こえますか。聞こえますか、奥の皆様方!さあさあ!ここにおられまするは我らが主人!俊蔵さんのお孫さんときたものだ。で、あるならば僕たちががせねばならんのは?そう、歓迎しかないよね!」


ピョン、と私達の前に小柄な少年が飛び出してきて早口でそうまくし立てる。


「おやおやおや?こちらは若かりし頃の主人にそっくりだ生き写しだ生まれ変わりだー!時間ができたらまずは僕を弄る。それが彼の生きがいでありました。さあ、この方も僕を責め立てるのでありましょうか!」


「俺は死んでないぞジョークス」


「ジョークスはしゃしゃり出るなー!」


「ミッちゃんに任せとけー!」


ケンちゃんの顔を見て、頬を染めて話すジョークスと呼ばれた少年に野次が飛ぶ。そんなことは御構い無しに次は私を見て。そしてすごい勢いで二度見をしてきた。


「oh、今日はなんて日だ!目の前にいるのは天使だろうか?あの時、遠目で眺めた運命の人!千夏さんかと思ってしまった!心も瞳も君に釘付け!お名前お待ちしておりま……す」


その声でシン、と場が静まった。


「おいジョークス?……ジョークス、まだ切り替えられないのか」


誰かがそう呟く。さっきまで元気だった彼の表情が抜け落ちたかと思うと、見る見る間にしぼんでいき、ボフン!という音と共に古ぼけた小さな物体になった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


ノイズ混じりに聞こえる、謝罪を繰り返す機械的な声。ため息を一つつき、おじいちゃんはそれを拾い上げた。


「ジョークスはな、ラジオの付喪神なんだ。いつもはうるさいくらいの元気がいいお調子者なんだが、千夏が付喪神のことを嫌いと聞いてから、人に嫌われたくないと臆病になっちまったのさ」


「何もジョークスだけじゃないさ。ここにいる連中、皆多かれ少なかれ人には嫌われたくないと思っている奴らばかり。中には捨てられていた道具だっているんだ。だから、本心から仲良くして貰いたいものなんだよ」


弥都さんの言葉。入った時の賑やかさはどこに行ってしまったのか。まるで先日まで行われていた葬儀の場みたいに静まり返ってしまった。


「ちょっと貸して」


私はおじいちゃんの手からラジオを渡してもらう。


「ハーイ、ジョークス。私は千夏の娘の栞よ。これからお世話になるわ。よければ仲良くして貰いたいんやけど、どうかな?」


「……本当に?あなたは、付喪神なんかの僕と友達になってくれるの?」


機械音声ではなく、先程まで話していた少年の声でそう尋ねられる。


「ええ、ええ。姿は似ているのかもしれないけれど、私はお母さんと一緒じゃないわ。今だって不思議な体験にドキドキしているんだもの」


最初はどんなものかと怖かったけれど。よくよく考えてみたら小さい頃から見ていたアニメで、おもちゃ達が活き活きと動いていたのを見て、私の知らない合間に自分のおもちゃ達も実は動いていたらと期待していたものだ。目の前の付喪神達は、まさしくそんな世界の住人に感じることができた。


「……なーんだ!友達になりたかったのは僕だけじゃなかったんだね!よろしく、栞!」


ボフンと少年の姿になったジョークスは、そのまま私を力一杯抱きしめて、頬にそっとキスをしてきた。


「あー!ジョークスお前!」


「じゃあ、また後でね栞!へっへーん、ここまでおいでー!」


突然のジョークスの蛮行に、周りの付喪神が彼を捕まえようと動き出した。私が目を白黒させている間に捕まらないようにと何処かへと走って行ってしまった。


「ハア……栞は奴らに凄くモテそうだなぁ」


おじいちゃんが大きく溜息を吐いた。

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